第39話 あわや朝池

 翌日。


 アメリアはいつもより早く起き、シルフィが来る前に部屋を出た。

 部屋には書き置きをしてきたため、『アメリア様が行方不明!』という事態にはならないだろう。


「ふあ……」


 眠気目を擦りながら、キャロルに指定された場所にアメリアは足を運ぶ。


 屋敷を出てトコトコと歩きやってきたその場所は、ただっぴろい庭園のとある一角。

 背の高い木にぐるりと囲まれた、大きな池だった。


 なぜこの場所を指定されたのかアメリアは一瞬疑問に思ったが、目の前に現れた池を前にした途端考えは吹き飛んだ。


 ついでに眠気も吹き飛んだ。


「たまには早起きもしてみるものね」


 アメリアは弾んだ声で言う。

 豊富な水源が湧き出ているのか、池は透明感が高く美しい鯉が何匹も泳いでいる姿が見えた。


「きれい……」


 朝の気持ちの良い陽光が反射して、キラキラと輝く水面に対するコメント……ではない。

 その水面に浮かぶ浮草に、アメリアの視線は視線は注がれていた。


 伯爵家といえど、流石に池は実家に無かった。

 なので浮草を見るのはアメリアにとって初めてだ。

 初めてと言う事はつまり、アメリアには見たことのないご馳走に見えている。


 本日もアメリアの植物フェチは健在である。

 

「手を伸ばせば、取れそう……」


 ぽつりと呟くアメリアの瞳がきらりんと輝く。

 意識が浮草に集中し、周りの音が遮断される。


 まるで光に吸い寄せられる蛍のようにふらふらと池のほとりに足を伸ばし、しゃがみ込んで手を伸ばそうと……。


 ちりんっ。


「待たせたのう」

「わっ!」


 研ぎ澄まされた意識の外から、鈴の音と他人の声が同時に鼓膜を叩いてアメリアは飛び上がった。


「あっ……!!」


 飛び上がった拍子に軸がずれて、上半身がぐらりと池の方へ引っ張られる。


(お、落ちる……!!)


 次に襲ってくるであろう衝撃と水の冷たさを覚悟して──。


 ガシッと、手首に力強い感覚。

 手首を掴まれグイッと後ろに引かれる力に驚く間もなく、身体の軸を元に戻された。


「はあっ……はあっ……」


 呼吸が一気に浅くなる。

 バクバクと高鳴る心臓を宥めて顔を上げると。


「朝風呂に飽き足らず朝池とは、お前さん、なかなか乙な趣味を持っているな?」


 昨日ぶりの婦人……キャロルが、面白いものを見るような目でアメリアの腕を掴んでいた。

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