第34話 味方ですからね?

 薄暗闇の中で、誰かの泣き声が聞こえる。

 多分、私の声だ。


 何も見えない灰色の空間の中でひとり、幼い私が蹲(うずくま)り泣いている。


 そんな私を真っ黒な人型のシルエットたちがぐるりと囲っている。


 “お前なんか生まれなければ”


 “お前に存在価値などない”


 “お前なんて消えてしまえばいいんだ”


 そんな罵詈雑言を浴びせられて、私は顔を上げる。


 その目にもはや、光は宿っていなかった。


 ──そうね、皆の言う通り。


 ──私は生まれちゃいけなかった。


 ──私なんて、消えて無くなってしまえば……。


 思考が闇に引き摺り込まれようとしたその時……一筋の光が差した。


 その光はひとつ、またひとつと増えていき、しまいにはあたりを明るく照らした。

 黒いシルエットたちが幾重もの粒子となって消えていく。


 私のものではない、落ち着く低音の声が鼓膜を震わせる。


 ──そんなことはない。


 ──俺には、お前が必要なんだ。


 光の中から差し出される手。

 見覚えのある、大きな手だ。


 その手に、私も自分の手を伸ばす。

 

 やがて指先が触れ合い、その手をしっかりと握った瞬間。


 私の目にも光が宿って──。


 腰に手を回されて、抱き抱えられる。


 眼前に迫る端正な顔立ちが、優しく微笑む。

 鼻先をくすぐる長めに切り揃えた銀髪。

 吸い込まれるようなブルーの瞳。


 いつもはむすっとしている口元が緩んで、言葉を紡ぐ。

  


 ──俺と、ずっと一緒にいてくれ。



 いつの間にか大人の姿になっていた私はこくりと頷き、彼の唇に自分のそれを近づけ──。







「──────っ」


 弾かれるようにアメリアは半身を起こした。

 背中、首元、いや、全身が熱い!!


「…………っっっ」


 息を止めていたことに気づいて慌てて深呼吸をする。

 バクバクと高鳴る心臓を宥める。

 何度か深呼吸をしてようやく落ち着いてきたが、相変わらず全身が熱い。


 自分のいる場所がヘルンベルク家の自室であることを認識してからも、アメリアはあわあわと慌てに慌てていた。

 

「な、なんで私あんな夢……!!」


 くっきりと覚えている。

 いや、覚えてしまっている。

 

 暗闇を照らす光の中から現れたローガンに抱き抱えられて、見つめ合い、そして……。


(ローガン様と……ローガン様と……!!)


 ぼんっと、顔が茹で上がって爆発したその時。


 ──コンコンッ。


「ぴゃいっ!?」

「失礼します」


 シルフィは入室するなり眉を顰めた。

 

「おはようございます。……ひよこがずっこけたような声が聞こえた気がしましたが、気のせいでしょうか?

「ききき、気のせいじゃないかしらね……?」


 あはは……と誤魔化すように笑うアメリアを見て、シルフィが怪訝そうに眉を顰めた。

 

「凄い寝汗ですね。また、怖い夢でも見たのですか?」

「怖い夢……」


 では、ないけど……。

 恥ずい夢、ではあった。


 思い出すだけでも息が上がってしまう。

 内容を口にしようものなら、のぼせて再び夢の世界行きだろう。


 あの夢の続きから始まってしまったら、一生目が覚めない気がする。


(うう〜……心臓がバクバクして止まんないわ……)


 俯き、胸を押さえたアメリアが次の言葉を続けられない。

 その姿を見て、シルフィは何を思ったのか。

 

「アメリア様にどんな過去があったのかは存じ上げないのですが……」


 シルフィはベッドのそばに膝をついて、アメリアの手をぎゅっと握りしめる。


「シ、シルフィ……?」

「私は、アメリア様の味方ですからね?」


 じっと、真剣な瞳でアメリアを見つめシルフィが言った。


(あ……これ多分、勘違いされたやつ……)


 ローガンと同じように、シルフィ自身もアメリアに対し何か深い訳ありがあると察していたのだろう。

 それと絡んだ悪夢を見たのだと、シルフィは思ったのだ。


 ……別に、悪夢に魘(うな)されていたというわけではない。

 むしろその逆の夢だった。


 だけど……。


 ──この屋敷にいる者は皆、君の味方だ。シルフィも、オスカーも、もちろん俺も。


 昨日の、ローガンの言葉を思い出す。

 勘違いさせてしまったことを申し訳ないと思いつつも、シルフィの気持ちを嬉しく思った。


 彼女は、私の味方だ。


「ありがとう、シルフィ。とても、心強いわ」


 アメリアが微笑んで言うと、シルフィもほんのり笑って頷いた。

 

「さて……とりあえず、お風呂に致しますか?」

「ええ、そうね……」


 自分が思った以上に汗びっしょりであることに気づき、アメリアは苦笑いで答えるのであった。


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