第14話 アンドレイと私と
あっという間に週末が訪れた。
そして今、アンドレイとの約束通り、王城に来ている。
馬車の扉が開くと、そこにアンドレイが待っていた。そういえば何だかんだ言いつつ、いつもエスコートに来てくれていた。
「ありがとう、アンドレイ」
「っ、何、今さら」
「そうなんだけどね」
今までを振り返ってお礼をすると、ちょっと可愛げのない返事がきた。いつもなら、もう!とか思うけど、よく見ると耳が赤くて、照れてくれているのが分かってしまった。
何だか、私まで気恥ずかしくなってくる。
「と、ともかく行こう。庭にティーセットを準備したんだ。薔薇が見頃なんだ」
「わ、ありがとう!楽しみ」
「……ダリシア嬢?」
二人でもじもじしていても仕方ないので、何とか会話して歩きだそうとした所で後ろから声が掛かる。
この、声は。
「ルーエン様……」
「城で会うのはお久しぶりですね?今日は…と、これは失礼致しました、王太子殿下。柱の陰で気づけず」
ルーエン様がこちらに向かって歩いて来た所で、アンドレイに気付いて慌てて頭を下げる。ちょうど見えなかったようだ。
「構わないよ。ルーエン。今日も仕事かい?忙しいね」
「ええ、少し片付けることがありまして」
「そうか」
二人とも笑顔なのに、少し空気がピリピリしているのは気のせいだろうか。口も挟みづらい。
「……城でお二人を見かけるのは久しぶりですね」
「そうか?母上と研究の話し合いの時には会っていたが」
あなた邪魔ばかりしてましたけどね。
「そうでしたか。研究のついででしたから見かけなかったのですね」
んん?!何だかルーエン様、珍しく嫌味な感じ?気のせい?
「私にとっては、研究がついでだよ。貴殿と違って」
アンドレイまで?どうしたの?
私はオロオロするしかなくて、二人の顔を見る。
視線に気づいた二人が、困ったように笑う。
「ああ、そろそろ失礼するよ、ルーエン。……ダリシアは君のお見合い相手で妹のように思っているのだろうけれど、今日は私のために来てもらったんだ」
わあ、その含みのある言い方~!
「そ、う、ですね。……大事な、妹です。よろしくお願い致します、殿下」
ルーエン様は、何かを思い出したかのように、噛み締めるようにそう言って。
私はやっぱり妹なのだと痛感する。
「……ダリシア嬢も、私のことは気にせず楽しんでくださいね。では、失礼致します」
軽く頭を下げ、去っていくルーエン様。
「ル……!」
一瞬、呼び止めようとしてしまう。呼び止めてどうするの?私は何を言うつもりなの?
私は無意識にルーエン様の後ろ姿を見つめる。
「ダリシア?もう行こう」
「え、ええ」
アンドレイの声で我に帰る。
一緒にいるのに、別の事を考えてしまった。失礼だ。
「行きましょう」
笑顔で言ったつもりの私に、アンドレイは少し困ったような笑顔でエスコートの手を差し出す。そして結局は気持ちがどこかに向いてしまっていた私は、それに気付かずにいて。
「ここで会うとか、何だよ……」
彼の焦るような一人言にも、気付かなかった。
案内された庭園の薔薇は、本当に見事で。
凝った装飾の美しいガーデンテーブルには、私の好きなお菓子がたくさん並べてある。
アンドレイの心遣いがこそばゆい。きっとそう、私の為に準備してくれたのだ。それは嬉しい、嬉しい事のはずなのに。
こんなにお天気にも恵まれて、こんなに素敵な庭園にいるのに。どこか気持ちが落ちてしまっているのは、どうしてだろう。
「……ダリシア?大丈夫か?」
アンドレイが気遣ったように声をかけてくれる。
しまった、またぼんやりしてしまった。失礼過ぎる。しゃんとしろ、私!
「ごめんなさい、薔薇があまりに見事で、見とれてしまったわ。……お菓子も、私の好きなものがいっぱいね。ありがとう、アンドレイ」
「ん"ん"っ、まあ、な。付き合いも長いしな、それくらいは……」
アンドレイが横を向いて言う。こんな所は変わらない。照れているときのアンドレイの癖だ。可愛いと思う。そう、やっぱり弟として。大事な人には変わりないのだ。変わりないのだけれど。
……ルーエン様も、私に対してそんな感情なのでしょうね。ああ、今、そんなことを改めて気付いてショックを受けている。私は、やっぱり……
「ダリシア食べなよ、お菓子」
「は、あり、がとう。いただきます」
しまった、また意識を飛ばしてしまった。
「いつも美味しい!このソフトクッキーは王城名物にしたいくらいよね」
「それは良かった。ダリシアが大好きなのを知ってるし、シェフも喜ぶよ」
アンドレイも手を伸ばし、少しの間二人で黙ってお茶をいただく。
さわさわと、二人の間を流れる風が心地いい。
「なあ、ダリシア。今、何を考えてる?」
「え、何、って」
そんな空気を破るようにアンドレイに聞かれて、思わず少し焦ってしまう私。
そんな私にとても優しい微笑みを向けて、アンドレイは話を続ける。
「俺はダリシアのことを考えているよ。どうしたら喜んでくれるかな、とか。……この間の話を聞いて、どう思ってくれたかな、とか。いろいろ」
「アン…ドレイ」
「正直に言ってよ、ダリシア。今、誰のことを考えていた?」
アンドレイが泣きそうな笑顔で、そんなことを言う。
そして、こんなことを言わせているのは、私だ。
自分の気持ちも自覚していなかった……私だ。
「ご、めん、なさ…アンドレイ、ごめん……」
泣くな。今ここで泣くのは卑怯だ。堪えろ、私。
「謝らなくていいよ。……ルーエンだよね?」
「……!!」
堪えきれずに、涙が溢れる。ダメだ、卑怯だ。そう思うのに、次から次へと溢れてきて止まらない。
「ごめん、泣かせて。……やっぱり俺は、ダリシアを困らせてばかりだな」
アンドレイが涙を拭ってくれながら、そんなことを言う。私は必死に首を横に振る。
「ちが、ちがうの、私が……ごめんなさい。私が泣く、なんて、ダメ、なのに」
アンドレイは悪くないのに。謝らないで。
「アン、ドレイに、気持ちを、もらって……驚いた、けれど、嬉しかったの。本当に、嬉しかったの……でも」
きちんと、伝えなくては。
「やっぱり私は……ルーエン様、が好き、なんだって、気付いたの。この、前は、はっきりっ、言えっ、言えなくて、ごめんなさい……!」
言いながら、また涙が溢れてしまう。もう、もう!!本当にダメなのに!止めようとすると、余計に溢れてきてしまう。
卑怯な私は、アンドレイの顔が見られない。
「うん。分かったよ、ダリシア。……ダリシアも、謝らないで?顔を上げてよ」
アンドレイに優しく諭されて、私は顔を上げる。
アンドレイは……とても、とてもとても優しい顔をしていた。
「俺の気持ちを、嬉しく思ってくれてありがとう。……それだけでも、俺は嬉しい」
「アンドレイ……」
そんなことを言われたら、ますます泣けてしまう。
「……正直、ダリシアがルーエンと再会する前に言えていたら、とも思ってしまうけれど。……俺も、ずっと逃げていたから」
アンドレイはそこまで言って、大きく深呼吸をして。
「ダリシアの幸せを祈ってるよ。大事な弟として!」
なんて、とびきりの笑顔で。
王子だ。王子様だ。アンドレイのクセに、アンドレイのくせに……格好良すぎる。
「……格好良すぎるわ、アンドレイ」
「お、見直した?惚れそう?」
「……それは、ごめんなさい」
やっぱりダリシアはそうでなくっちゃと、大事な幼馴染みは最後まで笑顔でいてくれた。
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