第40話 高級ホテルでドッキリ

「もぉ、お兄さんたら一人でニヤニヤして気持ち悪い……ちゃんと聞いてる?」


 何故か五感が少し鋭敏になってきたのでステータスを確認したら功績値が6点増えてることが発覚し、思わぬ収穫にひとり悦に入っていると、スマホ直撃の窮地から救ってあげたマリアちゃんが礼を言っても生返事しかしない僕に業を煮やして、腕を揺すりながら遺憾の意を表してきました。


「あ、ゴメンゴメン、実はちょっと不思議なことになってるんだ────」


 僕はマリアちゃんとサツキさんに現状を説明し始めました。

 分かりやすくするために、ノートにステータス表示を書き示しながら。


天篠兵露於(アマシノ ヘイロオ) レベル2

体力21/27 

気力6/12 

魔力324/324 

栄養21/21

SP6/9 

功績値13/18

<スキル> フラグ破壊 回復S 治癒A 

<ジョブ> 行商人 闇医者


 もちろん、スキル如意棒とジョブ竿師と精力3/3は消しておきました。 

 マリアちゃんは、五感のことより日本で功績値が増えたことに興味を示し、明日の治療でどうなるかを確認して検証しましょうと現実的な意見を述べました。

 一方、サツキさんは、ケタ違いの魔力に注目したようです。


「治癒の魔法を使ったのに、魔力は減ってないんですね?」


「治癒は、魔法ではなくスキルという扱いで、減るのはSPなんです」


「そうなんですかぁ。でも、それじゃあ魔力は何の為にあるんでしょう?」


「僕が向こうの世界で凍死したりしないためですかね」


「フーン、だからお兄さんはもう直ぐ冬だっていうのに、Tシャツと短パンなんて寒そうな格好でも平気なのね」


 隣に座ってるマリアちゃんが、僕のTシャツを引っ張りながら突っ込む。

 だけど、言われてみればそうでした。

 もう秋も深まってるので、室内とはいえこんな格好で寒くないのは明らかに魔力のお陰でしたよ。今回は日本に帰って来てからまだ一度も射精してません。

 絶望で落ち込んでたり、マリア母娘がいたりしましたから。

 

 そんな訳で、今、体内にいる子種は、異世界産の魔力持ちのままなのですよ。


 あっ、もしかしてそれが五感が鋭くなってる原因なんじゃ………!?


 レベルアップした時に魔力が216から324と5割増しになった。

 これが影響して僕の身体能力を覚醒させようとしてるのかもしれない。

 となると、またレベルアップすれば魔力も増えてさらに僕の体が強化されるってことか………おおぅ、これは夢が広がりますね!

 あぁ、ますます明日の治療が楽しみに、待ち切れなくなってきましたよ。




「えーっ、怪我が三か所もあるんですかっ? 聞いてませんよぉぉぉぉぉ」


 翌日の午後2時、都内某所の高級ホテルの一室で僕とマリアちゃんは上城和希氏に紹介されてJ1オレツエー東京の武者野拓哉選手と対面した。

 素性は明かしたくないので、気功師のHですとだけ僕は言ったのですが、そんな怪しさ満載の自己紹介に、武者野選手は軽く笑って自分も名乗ってくれました。

 その後、患部は何処ですかと聞いたら、驚きの答えが返ってきたところです。


「武者野君、それは私も聞いてなかったぞ。先に行ってくれないと困るよ」


「上城さーん、故障の詳細は企業秘密に決まってるじゃないですか。クラブにすら伝えてませんよ。言っちゃったら試合から外されてしまうんで」


 なるほどねえ。サッカー選手ってのは個人事業主なんだなぁ。

 所属クラブとは、雇用されてるというより取引してるから、弱味は見せられないんですよ。干されたり、契約を切られたりされそうですもんね。


「そちらの事情は分かりましたが、僕もあなたと同じ個人企業のプロなんです。治療1回分の契約で3回の治療をする訳にはいきません」


「そりゃそーだよな。じゃあ今回は、一番酷い股関節の治療を頼みたい」


「股関節……ですか」


「グロインペイン症候群って知ってるかい?」


「いえ、聞いたことがないですね」


「そうか、ま、気功師ならしょーがないだろ。とにかく、下腹部から股間にかけて酷い痛みがあるってことだよ」


「分かりました。それだけ聞けば十分です」


「お、頼もしいね。そういうの嫌いじゃないよ」


 武者野選手は、勝負師のような不敵な笑顔で褒めてくれた。

 僕のほうもこの人が気に入っていました。

 大都会の東京を本拠地とするJリーグ屈指のメガクラブのスター選手なのに、気功師を名乗る胡散臭い若造の僕を見下さずに対等に接してくれる。

 それだけでも称賛に値する人物です。力になってあげたくなります。


「では早速、治療を始めましょう。そのままベッドで横になって下さい」


 武者野選手は、了解と言って服を着たままベッドで仰向けになる。

 僕はベッドの前で腰を落とし両膝立ちになると、彼の下腹部に手をかざす。

 チラっと武者野選手の表情をうかがうと、さすがに緊張の色が隠せてない。


「いくつになっても診療台の上ってのは嫌なもんだ。歯医者ほどじゃないが」

 

 僕の視線を感じ取った武者野選手がおどけてみせる。

 その声色にほんの少しだけ不安と焦燥が透けて見えました。

 まぁ、当然ですよね。

 選手生命を脅かす大怪我を、得体の知れない気功師にこれから治療されようとしてるのですから。治るどころか悪化するかもと心配だってするでしょう。


「僕の治療は全く痛みがありませんし1分とかかりません。死なない程度の怪我なら確実に治せます。気を楽にして少し寝ていて下さい。その間に終わります」


「ワリーな。上城さんから娘が奇跡的に治った話は聞いてるし、その担当医から確認も取ってるんだが、いざとなるとやっぱり……怖いもんだ…」


「それは僕としては有難いですね。その恐怖と不安が大きければ大きいだけ、治した後により感謝されますから。今の内に好きなだけ怖がっていて下さい」


「おおぅ、スゲー自信だな。お陰で覚悟が決まったよ。さあ、やってくれ」


 武者野選手は顔を天井に向けて静かに両目を閉じました。

 僕も彼の下腹部にかざした右手に集中して静かに深呼吸をしました。


「ヘイロオ兄さん、頑張ってね」

「そうだ、頑張ってくれ。頼んだぞ天篠君!」


 気功師Hを名乗った意味...

 それはさておき、これは責任重大ですね。

 上客を紹介してくれた上城さんの顔を潰すことはできません。

 選手生命を僕に賭けてくれた武者野選手の期待にも応えたい。

 そして何よりも、大切なマリアちゃんのために、ムシャタクに信用と貸しを作っておかなければいけません。今の僕にはそれができる!


 僕はJリーガー武者野拓哉選手からサインをゲットする魔法の呪文を唱えた。


「ミドルヒール」


 僕の右手から放たれた強くて温かい光が、患者の腰から股間、太ももにかけて広がって包み込んで行く。

 その不思議な輝きは20秒ほどで不意に消失した。

 カレンの時と何かちょっと違いますね。

 グロイなんちゃら症候群ってのは想像以上に重傷なのかも……

 

 ここは念の為に、ミドルヒールの重ねがけをしときますか。

 そう決めた僕は、もう一度スキル治癒Aレベル2を使いました。

 今度は10秒ほど患部を覆ってから光は優しく霧散していきます。

 うん、たぶんこれで大丈夫。


「終わりましたよ。状態を確認してみて下さい」


「マジかっ、本当に痛みどころか触れられた感触すらなかったぞ……?」


 半信半疑の武者野選手でしたが、ベッドから下りて立ち上がった時にこれまでとの違いを感じたようでした。

 何じゃこりゃという驚きの表情でこちらを見てきます。

 僕は右腕を前に突き出しグッと親指を突き上げて大きく頷いときました。


 その後は、カレンの時と同じ光景がホテルの一室で繰り広げられます。

 壊したインテリアの数は圧倒的に武者野選手の勝ちでしたけど。



「頼む、別の怪我も今この場で治してくれないかっ!?」


 ひとしきり室内で暴れ回った武者野選手でしたが、立ち止まって腰に手を当て荒い息を整えると、僕の両肩をガッと掴み興奮した面持ちで無茶ぶりしてきました。


「それはできませんと最初にお断りしたはずです」


「そこを何とか頼む! 金は来週中に必ず用意する、信用してくれ。なぁ、上城さんからも頼んでくれよぉ」


「お、おぅ……何とかならないか、天篠君。俺もできる限りのことはするから」


 いや、そう言われてもですね、スキルには使用限度があるんですよ。

 既にミドルヒール2回でSPが5しか残ってないんです。

 これであと2つあるという怪我を治したら、SP残1になって何かあった時に対応できないんですよ。DV男がまたやらかすかもしれませんからね。

 そう考えながら、マリアちゃんの意見を視線でうかがいました。


「私たちのことはいいから武者野さんを治してあげて」


 そこまでこのスター選手が好きでしたか。正直、ちょっと妬けますね。

 だけど、この子の望みは可能な限り叶えてあげたい。


「マリアちゃんが治してというなら仕方ありませんね」


「おおぅ、ありがとなお嬢ちゃん!」

「万梨阿君ありがとう! 君はオレツエー東京を救った!凄いことだぞ!」

「いいのよ。私たちもお願いを聞いてもらうから。ね、ヘイロオ兄さん」


 天使のような小悪魔が、バチンと僕にウインクしてきました。

 なんという駆け引き上手。この絶好のパスは決めないといけませんね。


「僕も無理を聞きますから、上城さんにも無理を聞いてもらいますよぉ」


「おぅ、任せておけ! 男・上城和希に二言はない!」


「分かりました。念書が欲しいところですがその言葉を信用しましょう」


 そんな感じで、武者野選手の怪我をもう二つ治療してあげました。

 ミドルヒール1回ずつで完治したようなのでギリ何とかなったのですが、SP残1となって今日はもう1ミリもリスクを冒せなくなりましたよ。


 しかし、ここからは僕たちのターンです。


 まず、上城氏に今夜僕とマリアちゃんとサツキさんが泊まるセキュリティのしっかりしたホテルを用意してもらいます。

 彼が手配している間に、武者野選手にはサインを二枚書いてもらいました。

 サツキさんだけでなく、マリアちゃんの分も欲しかったので。

 武者野選手は、サインだけじゃ悪いからとユニフォームと来季ホーム開幕戦のチケットを送ると約束してくれました。これはマリア母娘大歓喜でしょう。


 すっかり完全体になってご満悦の武者野選手とホテルで分かれた僕たちは、上城氏の運転でアパートに戻ってサツキさんを拾い、警備ガチガチのホテルへ向かってそこのレストランでディナーを御馳走になりました。

 サツキさんの美しさは、レストランをざわつかせましたが、一流ホテルなので変な輩に絡まれることもなく、無事に会食と交渉が終わってくれましたよ。


 


「ヘイロオさん、何から何まで本当にありがとうございます」


 レストランを出て上城氏と別れ、予約してもらった部屋に入りテーブルセットに座って一息ついた途端、サツキさんが感謝の言葉を口にしました。

 何から何までというのは、上城氏に飲ませた無茶ぶりのことです。


 隣町で広い庭付き車庫付き一軒家(借家)を探すこと、サツキさんが離婚するための弁護士をつけること、サツキさんのパートを直ぐに辞められるように話をつけること、引っ越し先で使う車を用意すること。

 以上の4点を速やかに実行することを確約して頂きました。

 まぁ、不動産屋の社長ならそこまで苦労することじゃないと思います。


「僕たちみんなのためにやったことですから、気にしないで下さい」


「お兄さん、そんなことより早くステータスを確認しましょ」


 おおっ、すっかり忘れてましたよ!


 武者野選手を治療したことで、功績値を3点ゲットできてるいるのか?

 それとも1点だけで、サツキさんかカレンが特別だったのか?

 もしかしたら、武者野選手も特別で5点入ってるのか?

 それを検証しないといけないんでした。これ超重要でした。


 さあ、一体どれだけ加点されてるのか、気になる結果カモーーーン!


「ステータスオープン」


天篠兵露於(アマシノ ヘイロオ) レベル2

体力18/27 

気力4/12 

魔力324/324 

精力3/3 

栄養21/21

SP1/9 

功績値13/18

<スキル> フラグ破壊 回復S 治癒A 如意棒

<ジョブ> 行商人 竿師 闇医者


 さーて、功績値は13から何点増えてるかな………って、何じゃこりゃあ!?


「1点も増えてないやないかーい!」



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Jリーガー武者野拓哉むしゃのたくやの物語を以下で書いてます。


https://kakuyomu.jp/works/1177354055480523643


彼の現役生活最晩年を描いた作品で、完結済み。

個人的には、自分が一番好きな話だったりするのでぜひ読んでみて下さい。

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