第38話 一千万円ゲットしました
「ヒール」
左手から温かい光が放たれ、左頬を中心に顔全体が光に包まれる。
すると、頬の腫れがみるみる引いていき、切れた唇の傷があっという間に塞がっていく。ほんの数秒で僕の顔は元通りになっていました。
「「「「 あ、あああ、あああああああああああああああ 」」」」
スキル治癒Aの効果を初めて見た上城家の四人は、この世のものではない奇跡に口をあんぐりと開け、言葉にならない感嘆の声を漏らして立ち尽くします。
目の前で起こったことをどう解釈すればいいのか、という答えの見つからない袋小路に心が迷い込んでいるんでしょうね。
そんな放心状態からいち早く再起動したのは、カレンでした。
ゆっくりと両手を伸ばして、椅子に座ってる僕の顔を触り始めます。
「ウッソ……いや、マジだよこれ…種も仕掛けもないよ……スゴイじゃん!」
長女の言葉で我に返った他の家族も、それぞれの思いを口にし始めました。
「ほらー、やっぱり本当だったじゃん。だからあたし言ったでしょ、万梨阿ちゃんはあたしにウソついたりしないって」
「あなた、何をしてるの? ボーッとしてないで早くお願いしてっ」
「お、おぅ……たしか、天篠君といったね。娘の治療をぜひ頼む」
「必ず治してみせましょう。ただし、高くつきますよぉ」
「奇跡の代償が金で済むなら安いもんだ。望むままとは言わんが、相応の対価を払おう。現金一括即日払いと聞いていたので念の為、用意はしておいた」
父の和希が目で合図すると、母の弥生がキッチンの戸棚からお洒落な手提げ紙袋を持ってくる。テーブルに置かれた紙袋の中身は百万円が10束、一千万円!
初めて見る大金に手が震えそうでしたが、相手に弱味を見せるわけにはいかないのでグッと堪えます。でもテーブルの下に隠れた足は震えてました。
「良いでしょう。では早速、治療を始めます。カレンさん、隣の椅子に座って下さい。服は脱がずにそのままで結構です」
「ホントにいいの~、下着姿ぐらいなら見せてあげてもいーのにぃ」
「可憐、真面目にやりなさいッ」
「は~~~い」
ペロっと舌を出しながら、茶髪の女子高生は長い足をこちらに向ける。
ミニスカとニーハイの間、いわゆる絶対領域で輝くピチピチした白い肌の自己主張が激しい。視線どころか右手まで吸い寄せられるのをかろうじて耐えます。
ふぅ、と一呼吸入れてから、絶対領域ではなく左膝の上に手を乗せました。
カレンの表情をうかがってみると、さっきまでの緩いニヤケ顔は消え失せ、緊張した面持ちで膝に置かれた僕の右手を見つめています。
そうだよね。完治を一番願っているのは、他ならない君自身だよね。
どこか投げやりで不真面目な振る舞いは、治療が失敗した時の安全弁。
少しでもショックを和らげようとしてたんだ。
今は、一生懸命にダメで元々だと自分に言い聞かせてるんでしょう。
「大丈夫だよ。絶対に治るからね」
「え~~~、今そんな期待させるようなこと言っちゃう~?」
「安心して。僕はもっと酷い怪我を治したこともあるから」
「あ~あ、アタシもう完全に期待しゃった。これでダメだったら絶対に立ち直れないよ~~~。その時は、オジサンに責任取ってもらうからねー」
「そんな仮定の話は意味ないよ。だって君は絶対に治るもの」
「……オジサン、童貞みたいな顔してるのに意外と女殺しじゃ~ん。今クラッときちゃったよ~。ホントに治ったらデートしてあげんね」
「君にそんなヒマはなくなるよ。だって明日にでもバレー部のエースに復帰できるんだから。本当に安心していいよ。僕の治療は宝くじや馬券みたいな賭けじゃない。君のためなら両親が大金を払おうとすることぐらい確実なことなんだ」
「ハァ~、ホントこのオジサンは………分かった。アタシも覚悟決めた。気功だかハンドパワーだか知らないケド、ひと思いにヤっちゃッて!」
目力が戻ったカレンの強い視線と決意を僕も両目で受け取めた。
そばで見守っている彼女の家族とマリアちゃんもいよいよだと固唾を飲む。
僕は一つになったみんなの祈りを神様に届ける魔法の呪文を唱えた。
「ミドルヒール」
右手から放たれたより強くて温かい光が、カレンの左膝を包み込んで行く。
10秒ほどで光は弾けるように霧散した。
膝をじっと見つめていたカレンが、もう大丈夫なの、と僕の顔を覗き込む。
可能な限り自信満々の笑みでゆっくりと頷いてあげました。
カレンは試すように勢いよく立ち上がる。
膝に違和感がないと分かった彼女は、軽くジャンプしたかと思ったらリビング中を走ったり、急停止したり、横跳びしたりとはしゃぎ始めました。
そして、急に立ち止まって数秒ほど動かずにいると、今度はゆっくり両膝を曲げて腰を落としていき、仕舞いにはお尻が踵にくっつきました。
「や、やった! 可憐の膝が最後まで曲がったぞぉぉおおお!」
「本当に治ったんだわぁ………夢じゃないのね………うぅ…うぅぅぅ」
「すごいよ万梨阿ちゃん! ほんとに治っちゃった!」
「玲奈ちゃん、このくらいヘイロオ兄さんなら当然よ」
マリアちゃんがドヤ顔でレナちゃんに答えてるけど、治療の瞬間は冷や汗を流していたのを僕は見たよ。失敗したら大切な友達を失うかもしれなかったんだ。
内心は、メチャクチャ不安だったはずですよ。
だけど、僕のためにマリアちゃんは危険な橋を渡ってくれた。
この恩は絶対に忘れないからね。
何度も屈伸を繰り返して膝が完治したのを確信したカレンは、家族に向けて晴れ晴れとした笑顔でVサインを突き出した。
その姿は、額縁に入れて飾っておきたいほど見ていて元気になる光景でした。
「おおっ、本当に良く来てくれた。さあ、入ってくれ」
カレンの膝をスキル治癒Aレベル2で治した後、父親は速攻で娘を病院に連れて行った。残った母の弥生に聞いたところ、MRI検査の予約を入れてたとか。
病院から帰ってくるまで待ってて欲しいと頼まれましたが、サツキさんをずっと独りにはできないので、午後にまた来ますからと告げて帰宅しました。
今は、諸々の用事を済ませてマリアちゃんと上城宅を再訪問したところです。
「あ、オジサ~ン待ってたよ~ん、完璧に治っててもぉマジ感謝! レントゲン見た医者もビックリしてたよ~」
「可憐、レントゲンじゃなくてMRIだぞ」
「いっしょいっしょ」
「可憐、オジサンなんて失礼ですよッ」
「うぇ~い、じゃあアマシノ・ヘイロオだから……アヘオさんで」
「ママぁ、どうでもいいから用意してるお菓子早くだそうよ」
30分以上並ばないと買えないらしいお洒落なケーキを食べながら、上城ファミリーから何度もしつこいほどお礼を言われました。
十分な報酬をもらいましたからそこまで感謝してくれなくてもと言ったのですが、お礼のマシンガントークがしばらく続きました。
そんな会話の序盤がひと段落すると、和希からやっと別の話題が出てきます。
「ところで天篠君、サッカーは好きかな?」
「たまにテレビで観る程度ですね。それも日本代表の試合ぐらいです」
「それは良くないな。だが、地元J1クラブのオレツエー東京くらいは知ってるだろう。今期も破竹の勢いで優勝したばかりで大いに盛り上がったじゃないか!」
「もちろんチーム自体は知ってますけど、ファンではないですね」
「そこはクラブとサポーターと言って欲しいな。しかし、せっかく地元にこんな素晴らしいクラブがあるのに関わろうとしないなんて、人生損をしてるぞ」
「あなた、話が逸れていますよ」
「おっ、スマンスマン、青い鳥が目の前にいることに気付いてない若者を見ると、つい教えてやりたくなる。ま、この話は改めてゆっくりとな」
「パパ~、その辺にしときなよ。アヘオさん困ってンじゃーん」
困るってほどのことじゃないけど、長時間サツキさんを独りにしたくない。
なるはやで帰り隊。異世界に行く準備もまだ終わってないですしね。
「たしかに、そろそろ本題に入ってもらえると助かります」
「分かった────実は、ある人物を治療してやってほしいんだ」
「別の仕事の依頼でしたか。有難く受けさせて頂きたいところですが、その人はこちらの条件を間違いなく飲んでくれるんですか?」
「現金一括即日払い、領収書無し、詮索無用、他言無用、この四つだったな。それなら問題無い。彼は絶対に条件を守ってくれる。私が保証しよう」
「では、お受けします」
「おおっ、ありがとう! じゃあ早速、連絡を入れるが、最短でいつなら治療が可能か教えてくれ。早ければ早いほど良い!」
「それなら、明日の日曜ですね」
「明日!? そりゃ最高だっ。直ぐに電話してやらんと。ちょっと失礼する」
家主の和希はダイニングテーブルから同じ室内になるリビングのソファーへ移動し、スマホとメモ帳を取り出してから電話をかけ始めた。
3分ほど相手と話していた和希が電話を切って戻って来ると、アポが取れたので明日の午後からで頼むと言われました。
「了解です。ところで、僕が治療する人は誰なんですか?」
不動産屋の社長のコネクションとなると、土建屋の社長とかゴルフ場のオーナーってところですかね。何れにしろ、土日に一千万からの金を用意しろと言われて翌日には現金でポンと出せる人たちです。ある意味、堅気じゃありませんよ。
ホント、ものほんのヤクザとかだけは勘弁してほしい……
そんな勝手な妄想をしてたのですけど、すべて大外れでした。
予想外にも本当の患者はもっと若くて健康的な、ある意味、セレブでした。
「聞いて驚けっ────J1オレツエー東京の司令塔、武者野拓哉だ!」
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