2−6
「う、うちの体に何する気!?」
捕らわれたお色気系アクションヒロインがお約束で言いそうなセリフを思わず口にする真知。が、対する大歩は、鼻で笑うように、
「何をする、だと? されてどうにかなるような体など、元から持っていないだろう」
とっさには言い返せないでいると、今度は一層暗い面持ちになって、なんだか自嘲めいた口調で恨み節を繰り出してくる。
「全く、昨日はすっかりだまされたよ。俺も焼きが回ったもんだ。相手が男と気づかないまま、本気で口説いていたとはね」
「ああ、そ、それはまあ……悪かった、けど……」
たぶんこれまで真知のハニートラップにひっかかった男は、両手の指程度では済まないはずだが、ここまで面と向かって苦情をぶつけられた経験はない。状況が状況でもあり、つい素直に謝ってしまう真知である。
「で、でも、あの場は男と女ってことで、お互いバトってたんやし……し、仕切り直しで勝負するっちゅうんやったらわかるけどっ、何もこんな形で!」
「やかましい、言うとるやろうがぁっ」
ロングヘア女が首縄をぐいっと引っ張ったせいで、一瞬真知は絶息した。うめき声一つどころか、息の出し入れが全くできない。すぐに緩められたから窒息こそしなかったけれども、血管も圧迫されたせいで、少しだけ気が遠くなりかける。こんなことを繰り返されたらそのうちに意識が飛んでしまう。
「……気絶はさせるなよ」
真面目な顔で大歩がロングヘアへ注意した。女は緩く受け流すように、
「大丈夫やて。あたしを何やと思うてんの。拉致った子の扱いなんて、もう名人級やで。これまでやんちゃな女の子何人シメて大ちゃんに届けたった思うてんの」
「誤解を招くような言い方はよせ。そっちが勝手にボコった女を次々に俺んとこに運んできて、穴兄弟……つーか、棒姉妹? に仕立ててただけだろうがよ」
ひどくつまらなさそうに、とんでもない裏事情を大歩が語る。生々しいスラングで、あやうく真知の頭がバグりかけた。
(棒姉妹って何っ!?)
「おかげで面倒見てやらんといかん女の数が増えて増えて仕方ない。……まあ、なんでかかわいい子ばっかり連れてきれくれるんで、そこはいいけど」
「こいつ、面食いやからなあ。タイマン張る相手かて顔で選んでるしぃ」
マスカラ女がおかしそうに笑う。メガネ女は、何も言わずに傍らでニヤつくばかりだ。どうやらこの女たち、旅館街の裏でレディースか何かやってたのを、何かのきっかけで大歩とつながりができて、今はこの男の親衛隊みたいな感じになってる……とか、そういう関係?
だとしたら、少し面倒なことになる。情報機関同士なら拉致ったりボコったりするにもある程度のルールができているのだけれど、この女たちはそうじゃない。いわばボスの私兵集団だから、どの程度の暴力にさらされるかはボス次第――。
「まあいい。不愉快なことはさっさと済ませようか」
「あいよ」
「はいな」
料理の下ごしらえでも始めるような口ぶりで、レディースたちが何かの準備にかかる。依然シートの上で拘束されたまま横になっている真知の姿は、いわば捌かれるのを待つばかりのマグロそのもの。いやでも跳ね上がった恐怖感の中、真知はパニックしながら身をよじった。
「いやっ、だからっ、な、何するの!?」
「知れたこと。お前の本性を天下にあまねく知らしめる。女はもちろん男として、人としてもこの上なくひん曲がっているその心根をさらしものにするのだっ」
「……んんん?」
「ひいては、昨日のアレが端っから不正な勝負であったことを証明してくれる!」
「…………はい?」
話が見えなくて戸惑っていると、いきなり頭ごとかき抱かれて、ぶにゅっと柔らかいものに顔を押し付けられた。ムスクか何か、動物性の香りが塊になって肺に入ってきて、むせそうになる。
「!? っ!! $&*#=!」
「ほうら、感謝しいやあ。おねーさん自慢のバストや。女神様のおっぱいやでぇ。何人この胸で昇天したか、わからへんねんでぇ」
顔面越しにロングヘア女の声がわんわん響く。どうやら胸をはだけて真知の頭ごとバストのあわいに押し付けているようだ。身もだえしようとしても、背中側の誰かが後ろ手の腕と手首をがっちりつかんでいて、ほとんど身動きできない。
水責め拷問のバリエーションっ? とか一瞬考えけど、どうもそうじゃない。これはあれだ。思春期男子向けのマンガなんかでよくある、ご褒美的な? こういうことしてやったら、男はみんなへろへろになるやろ、みたいな?
「どない? 天国みたいやろ? このまま昇天してしもてもええんやでぇ」
そう言いながらも、ぎりぎり窒息しないように呼吸をさせつつ、何かの十八禁なサービスみたいに首筋とか脇とか太ももとかを微妙な手つきでさわさわ撫でまわしているお姉さんがた。どうやら切ったり焼いたりと言うような荒事をやらかすつもりはなく、真知をこの場でスケベ男子として陥落させよう……ということだろうか? で、すっかり腑抜けになってるところをビデオに撮る、とか?
なるほど、と内心で頷く。解決法としてはそこそこ平和的な一方、内容的には割と悪質な嫌がらせだ。うまくいけば執行委員側としても溜飲が下がるだろうし、宿敵の弱点も確定するし、真知本人も色仕掛け要員としてはもう使い物にならなくなるかも知れない。
が、もちろん当の真知はこんなことで腰くだけになったりはしない。というか、なれない。別に不快ではないけれども……なんだかだんだんいたたまれない気分になってくる。
三分か五分か、結構な時間真知の体をいいようにもてあそんでから、仕上げの確認のつもりだったのか、一人がしれっと真知のスカートの中に手を差し入れてくる。途端に。
「! ちょっと、あかんで。この子、全然反応してへんで」
「はぁっ!?」
ロングヘア女が突き飛ばすように真知を胸から引きはがした。どういう表情をすればいいのかわからなくて、真知はただどぎまぎした。
「何なんあんたっ!? 女の子のおっぱいに顔うずめて嬉しゅうないんかいなっ!?」
「いや、その」
「我慢せんでええやないかっ。情報部かなんか知らんけど、こういう時は役得や思うてノリノリにならんとあかんでっ?」
「あー、我慢とかやなくて、テンションが全然上がってへんわ、この子」
背後からメガネ女の声がした。
「脈も平常そのまんまやし、体温かて別段」
医療系の心得でもあるのか、ただ押さえつけているように見せて、しっかり真知の体の変化をモニターしていたらしい。ロングヘアが「ええー?」という顔になった。横から、小柄なマスカラ女が割り込んでくる。
「デカ乳に拒否反応があるんとちゃう? じゃあ交代」
そういう彼女はいわゆるロリ体型で、確かにそっちの属性持ち相手だとそこそこの破壊力を発揮しそうだった。それなりに経験もあるのか、シャツを脱いでタンクトップだけになって真知とぴったり添い寝するように、濃厚なお触り攻撃を仕掛けてむんむんな雰囲気を演出する。
五分後。
「なんでっ!? なんなん、あんた、病気なん!?」
「いや、そういうわけじゃ――」
「二次元やないと興奮せえへんタイプとか!?」
「そ、そういうのとも違うんですけど」
「女全般が嫌いなんっ!? 女の子の体に触れて嬉しくないん!?」
「そんなことは……あの、別に、触れ合うのがいやなわけじゃ……でも、ただ……女の子同士、っていう意識しか」
沈黙が下りた。一方的な被害者のはずなのに、なぜだか真知は申し訳なくて仕方がない。どうやら彼女たちは、真知のようなタイプと向き合ったことが今までになかったらしい。滝多緒のハニートラッパーなど、外見が女そっくりなだけで、中身はスケベな男子高校生だと決めつけて疑わなかったのか。
実際のところ、真知自身は自分がどれだけレアな男の娘キャラなのかなんて知らない。狭い滝多緒では幼い頃から「そういう人間」としてただやり過ごされてきたけれど……こういう誤解ってあるもんなんだなあと、人と人とが解りあうことの難しさを改めてかみしめる真知であった。
が、それだと女たちが収まらない。なんだか激しくプライドを傷つけられて、でもその怒りの持って行き場がどこにもない、という状況だ。
「大ちゃん、話が違う!」
「この子、中身も女やん! ビアンっぽいノリも全然ないし!」
子飼いの親衛隊に反乱を起こされたもんだから、大歩は目に見えて慌てた。
「そ、そんなはず……お、俺はゲイのやつだって何人か知ってるんだよ? か、関係まではないけど……あいつらの感触ならわかる。視線とか、空気感とか――でも、こいつはゲイじゃない! あまりに違う……だったら、演技力だけで女をやってる男としか――」
「いや、そこは演技力じゃなくて、ナチュラルに中身が女の子やったってことでええんとちゃうの?」
冷静にロングヘアが指摘する。もろに判断の死角だったようで、大歩は「うっ」と返事に詰まった。マスカラ女とメガネ女も束になって綻びをつつきにかかる。
「見かけの性と中身が違うっていう典型的なケースやん」
「LGBTQを装った悪質な詐欺とか聞いてましたけど、そのまんまじゃないですか。確認は念を入れてやっておいてもらわないと」
「うううう」
追い詰められた大歩は、しかし、だんっと運転シートの背中を叩くと、逆ギレ気味に反論を展開した。
「だとしたら! やはり間違ってるだろう! チートだろう! そういうキャラは最初からカミングアウトして、部屋の中でドレスでも着ていればいいんだよ! なんで女の子のふりして俺を口説きに出張ってくるのさ!?」
「え、何その論法。っていうか、ただの負け惜しみじゃ」
「負け惜しみじゃない! こいつは持つべきものがないんだ! 女の子がみんな持ってる大事なものって言うのが、最初からない! だったら、こいつは昨日、いったい何を賭けて俺と勝負してた!? 男ってのは究極的に、みんな女の子からお宝をもらうため全身全霊かけてナンパの腕を磨くんだ! 女の子はそうやって自分のお宝を最高の価値に高めて、男に少しの間わけてやる、それが駆け引きってもんだろう! 言ってみろよ、こいつは何を差し出す覚悟で俺と勝負してたんだ!? 何もないじゃないか!!」
女たちが微妙に渋い顔を返している気配がする。大歩の言い分は、要するに「男が真剣に口説いたんだからヤらせろ、ヤらせるものがないのなら参戦するな」である。もっともらしいことを言ってはいるが、つきつめて言えば「ヤらせない女に価値はない」であり、まあナンパ師柳堂大歩としてはそういう本音も出てくるのだろうけど、女性の側として聞いていてあまり愉快な言葉ではないだろう。
という反感が真知を弁護したい気分になったのかどうか、ロングヘア女がついぽろっと言う感じで、
「…………いや、単純に穴があるないって意味やったら、この子かて一応」
「ここでびぃえるの話をするなあぁぁぁぁ!!」
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