0−11
滝多緒のライダー部隊が乱入して、事態が収束するまでは、あっという間だった。
千津川のカチコミ隊はことごとく拘束され、そのまま無様な姿で冷たい地面に転がされるのかと思いきや、すぐに拘束は外され、その代わりに頑丈なネックレスみたいなのが全員に付けられる。
彼らが不審そうに首輪を眺めていると、パトカーが赤ランプをくるくる回しながら現れた。
「なんだか若い人たちが暴れてるって通報があったんですけど、みなさん、こちらは?」
「映画の撮影です」
いつの間にか野球帽など頭に載せている峰間大伍が臆面もなく即答するのを見て、セシルは仰天した。
「ええと、どういう映画……」
「須楼君、見せてやってくれ」
「うす」
蓮がタブレットを警官に手渡す。どのすきま時間でそれらしい映像を作り上げたのか知らないけど、素材には事欠かなかったのだろう。実際、警官は感心したようにため息をついた。
「すごい迫力ですねえ。つまり、乱闘シーンか何かの撮影、ということで?」
「まあそんなものですね。まだ作りかけですが」
「ええと、ですが、ここは旅館の一応敷地内ということですんで、本来なら許可などが」
「あ、許可なら取ってますよ。鹿戸さん、ちょっと来てー」
おどおどした様子の鹿戸が引っ張ってこられた。幸い、警官は彼が何者かすぐに分かったようだ。ひとしきりのやり取りがあり、そこは間違いなく、やんちゃな高校生たちの自主制作映画撮影現場であると認定された。
「社長がいるんなら問題ないですね。失礼しました。一応、これも職務ですので」
「いえいえ、ご苦労さまです」
赤ランプを見送る一団の先頭で、翔雄が軽く伸びをして言った。
「よしっ、これで進行表通りだ」
「は? まさか、あの警察呼んだん、あんた?」
「そうだけど?」
胡乱な顔でセシルを見返す翔雄。セシルはちょっと焦って、
「え、なんでわざわざそんなこと」
「警察は一度来たら、少々の騒ぎでも続けては来ない。不意打ちで来られることを避けたいなら、先にこちらから呼んでやればいいんだ。通報一つで来てくれるんだから」
「まったく、相変わらずセコいことばっか考えてるな、トビ助よ」
威圧感のある銀色のバイクにまたがった、赤と緑のモヒカンヘアの滝多緒の制服が、冷やかすように声を上げた。
「んな細けえ心配ばっかだと、三年まで持たねえぞ」
「三年の四月で、上がりたての一年生を新議長へ強行指名した
「なんだよ恨んでるのかよー」
他のライダーたちが、ぎゃはははは、と下品に笑った。セシルは目が点になるのをやっとのことで自重した。まさかとは思うが……こんなゾクの首領が先代の評議会議長?
「ま、今のボスはお前だ。好きにしたらいいさ」
「先輩、進学じゃないんでしょう? 少しは手伝いに来てくださいよ」
「来てやったじゃねえか。こういう手伝いなら、いつでも歓迎だぜ。あ、学園長、今日のガソリン代、あとで請求に回しますんで。じゃな、トビ助」
帰ってもいいともダメとも言わないうちから、滝多緒のオートバイ愚連隊はさわやかにバックファイアを轟かせ、やたら無調っぽいエスニックだかプログレだかをガンガンに流しながら去っていった。後に残ったのは、微かな虚脱感と、排気ガス。
なにか言わなきゃと思って、言葉を探し探し、セシルが感想を口にする。
「あ、ええっと、その、なんか中身はええ人っぽい人……やね」
「人はいいんだけど、あの人の代に、評議会は悪い意味でアバウトになった。おかげで現場での対応力はついたけれども」
「へえ」
「先々代が部下を育てるってことを全然考えない人間だったんでね。その影響かな」
「そ、そうなんや」
「全く、何で僕ばかりこんな苦労を」
「ぼやく前にお前の義務を果たせ」
いつの間にか横に並んでいた大伍が、無慈悲に突き放した。
「厄介事が一通り終わったんなら協議の再開だ。いくぞ」
駐車場外縁の中ほどにコンクリのベンチが設置してあり、鹿戸はそこで疲弊しきったように座り込んでいた。ちょうどいい具合に外灯の明かりもある。
翔雄と大伍とセシルが鹿戸の前に歩み寄るのを見て、他の協議メンバーも再集結してきた。その外側には野次馬の形でその他全員が同心円を描く。もう敵の襲来はないはずだから、バスに閉じこもる必要もないのだ。
「なあなあ、この人らどうするん?」
真知が片手で捕われのカチコミ隊を示しながら訊いた。十人ほどのライダー服が、バスからいちばん離れた駐車場の一角に、頑丈な金属首輪付きの状態で座り込んでいた。
「こちらへ。近くに寄せてくれんかね。そう、その辺にいてもらおう」
大伍が指定した場所は、ほとんど特等席の位置だ。あえて協議内容を見せるのが、今後の交渉に有利と踏んだのだろうか。
「ところで、これが何なのか訊いてもいいか?」
再び地べたに座り込んだところで、リーダー格らしい男が、おずおずと首輪を指さした。横についている真知がにぃっと笑って、
「人畜無害のしろものやでぇ。特定の条件さえ満たさへんかったら、ただの愛想ないお守りや」
「その特定の条件とは?」
「まあ言うてもええけど、もしかしたらその質問自体が"特定の条件"かも知れへんなあ」
「……すみません、やっぱりいいです」
たぶん三十近い人だと思われるのだが、小娘の嫌味一つで黙り込んでしまう。ひどい恫喝や、とセシルは思った。あの返答では逃げ出すためのあらゆる試行をすべて自重せざるを得ない。
(まあでも勉強になるわ)
何だかんだ言って、今日一日で諜報業界人としての経験値が一挙に上がったのを自覚してしまう。とは言え、カチコミ隊の一部が真知の顔を見られないほど怯えているのは、現場を目の当たりにしたこともあって、実に忍びない。この人たちと後日千津川で再会することがあったら、どんな顔をすればいいものか――。
つい物思いにふけっているうち、特に合図もなく、協議は再開された。鹿戸を取り囲む形で顔を並べたメンバーの中から、大伍がベンチの鹿戸に一歩近づき、厳しめの声で警告を口にする。
「鹿戸さん。少しは懲りたでしょう。あなたがあまりに非協力的だと、強引な解決法に走ろうとする者も増える。我々は今回、あなたを守りましたが、次もそうであるとは約束できませんよ」
むっとした顔で、鹿戸が一瞬顔を上げた。よく見ると、頬とか額とかに小さな擦り傷なんかが結構あって、腕には二ヶ所絆創膏も貼ってある。
怒りたくなるのも当然ではある。さっきの騒ぎで、滝多緒は意図的に鹿戸を危険に晒した。一度さらわれてもすぐに取り返せるとの自信からだろうが、つまりは千津川のカチコミを利用して、煮えきらない鹿戸に焼きを入れたのは、誰の目にも明らかだ。次は我々が本気でこれをやるぞ、という警告の意味もあっただろう。
しかし、大伍の脅しにもかかわらず、鹿戸は意固地に黙り込んでいる。少し困ったような間が空いてから、水枯砂鳥がぼそりと呟いた。
「あんた、死ぬよ」
鹿戸に動じた様子はない。少し眉をひそめて、砂鳥はさらに調子を強めた。
「たかをくくるのもほどほどにした方がいい。損得勘定が合わなきゃ、じきに誰からもあんたは見放される。残るのはあんたに死んでほしいやつばかり」
「行き着くところがそこしかないなら、仕方ない」
不意に鹿戸が答えた。座った姿勢のままどこか遠くを見ている眼で、むしろ穏やかな声である。
「元より、死ぬ準備は出来ている。最悪、そのつもりでここにいる。その条件のオファーには、俺はサインはしない」
「はっ、金のために突っ張るのもそこまでいけば立派――」、そう砂鳥が吐き捨て、
「君、甘ったれるのもたいがいに――」、そう松器がしびれを切らしかけた時、
翔雄がざっと足音を立てて、鹿戸の正面に立った。
「……なんだね?」
セシルの位置から見た翔雄は、やたらと不機嫌そうだった。というか、なんでこんな面倒なことを、と言いたそうな顔をしている。だが一度口を開くと、翔雄のセリフにためらいはなかった。
「あなたが死を覚悟するのはいい。ですが――」
不意に翔雄が身をかがめ、鹿戸に何事かを耳うちした。ごく短い言葉だったはずだが、意外にも鹿戸の表情にはっきりと動揺が走った。
「いっ、いったい、君は……何を」
「さあね。僕らって、本物の国家スパイじゃないんで、警察とか法律はどうしてもネックになります。だから、あからさまに暗殺とか爆破とかは無理です。でも、そこは暴力団と同じで、グレーゾーンの範囲で、やれることはやりますよ」
「し、しかし」
「どうなんです? 譲渡に同意しますか? それとも――」
(何の話をしてるんやろ?)
セシルは微かにざわつく胸を抑えて、二、三歩前に出た。途端に、後ろから腕を引っ張られる。いつの間にか砂鳥が、寄り添うような位置でセシルのすぐ横にいた。
「あれ、室長?」
「ここにいろ。私から離れるな」
「え、何かあるんですか?」
鹿戸の様子が今までとは違ってきたものの、別に切迫した事態には見えない。セシルがちょっと笑って首を傾げてみせても、砂鳥は答えず、ごく小さく舌打ちしてから、独り言のように呟いた。
「――切り札を切りやがった、このガキ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます