銀狗亭営業日誌
ヤミノツキシ
大雪の降った日
2月10日
このエリアには非常に珍しく大雪が振り続け、ついには入り口の扉を開くのも一苦労なほど積もってしまった。
朝、快晴。その扉をどうにか開けた時にシロが飛び出して行って雪に埋もれた。
丘の上から広がる景色はまさに銀世界。
時折、勢いよくシロが雪から飛び出してはまた埋もれて行く姿が見える。元気だなあいつ。
今日は連泊している客以外、誰も訪問が無かった。まぁ、そりゃそうか。
2月15日
先日の雪が溶けもしないうちに、また大雪が降る。
おかしい。
この銀狗亭のあるエリアは非常に小さいが、とても安定していたはず。
そりゃ確かに、周りのエリアの影響が出ることもあるが、こんなに短期間に何度もというのはそうそうあることじゃない。
とりあえず除雪しないと行商人が来れなくなる。は~~。面倒だなぁ。
2月18日
雪は強まったり弱まったりするものの、あれから止むことなく降り続いている。
週に一度のペースで来る行商人が二日遅れてやってきた。
話を聞くと、どうやらこのエリアに接しているエリアの内、三つのエリアで大規模な寒波が荒れ狂っているらしい。
原因は魔女同士の抗争、封印されていたアイスドラゴンが目覚めたこと、まれにみる星の並びによる自然災害など様々だ。そりゃあここにも影響が出ても仕方ない。
行商人に情報量代わりにと寒さ対策の水薬と塗り薬を渡したところ、取引のリストに組み込まれてしまった。材料がなくてそんなに用意できないからと断ろうとしたが、需要が多すぎて少しでもいいから欲しいらしい。
来週までにカイロでも量産しておこうかな?
2月21日
連日の雪にうんざりしながら除雪作業をしていると、西のエリアのほうから目が覚めるような美人がやってきた。
青い髪と瞳の女性はすらりとした長身を折るように頭を下げると、俺に協力を要請してきた。
とりあえず建物の中に入れ、酒場スペースで詳しい話を聞くと、なんと彼女は例の封印されていたアイスドラゴンだというのだ。
「我の封印を解いてその力を奪おうとした不届き者が、失敗した挙句、代わりに我が至宝を奪ってこの次元に向かったことは分かっておる」
ようはその犯人捜しをしていて、心当たりはないかということだ。俺が疑われているのかと思ったがそうではないらしい。残り香が一切しないから、らしいが。
「お主は高名な錬金術師と聞く。どうにかならんかの?」
誰だそんな適当なこと吹き込んだの。
至宝がどんなものかを聞くと、それは彼女の高密度の魔力が結晶化した魔石だというのだ。そんなものが俺の感知内にあればすぐに分かるはずだ。
俺は力になれないことを伝えたが、彼女はしばらくここにとどまることにしたようだ。
このエリアにあるのは気配で間違いないと断言するので、俺は好きにさせることにした。客なら客として扱おう。
「ようこそ、銀狗亭へ」
2月22日。
アイスドラゴンが来た翌日、信じられないほどの暴風雪。さすがに今日は除雪も休んだ。
そんな中、なんと客が来た。
こんな天気の中で訪れたというのにまったく服も髪も乱れずにやってきた二人の魔女。
喧嘩をしたら大事になってしまい、自分たちの住むエリアの気象が大変なことになって困っているらしい。
このエリアに住む錬金術師に頼むといいと聞いたので来たというのだ。
お前らか! と説教していると二階からアイスドラゴンが降りてきて話を聞きたがった。
話を聞いたアイスドラゴンいうには、彼女の至宝があれば気象を落ち着かせるのも可能だと言う。
どうやらその至宝を探すのに本腰を入れなければならなさそうだ。もういい加減、除雪作業ばっかりやってられないのだ。客も来ないし。いや来たけどさ。
2月24日
久々の快晴。
結局二人の魔女も宿に泊っている。
アイスドラゴンの魔力を借りて宿の周りの除雪を終わらせると、シロがまた雪に突撃していった。数日外に出れなかったからな。
魔女とアイスドラゴンは連日打ち合わせをしながら試行錯誤しているようだが、結果は芳しくない。
俺も魔道具をいくつか貸与したり知恵を貸したりしたものの、どうにもうまくいってない。
なにかが探し物を覆い隠しているような、そんな感覚がある。
夜。
このエリアでも今日は特別な星の並びだ。
失せ物探しに使うには少々大げさだが、せっかくの機会なのでめったにできない儀式を行うことになった。
これで見つかれば良し。見つからなければ……どうしようか?
円形に雪を排除した舞台に、六芒星を描くように魔道具が置かれる。
物置から久々に引っ張り出した装飾の多いローブ。そして杖。
腰のホルスターに収められた銃。
傍らに佇むシロの頭をひと撫ですると、甘えるように手に顔を擦りつけた。
「始めるぞ」
杖に魔力を込める。
魔道具が呼応してそれを増幅させていく。
星の並びがさらにをそれを増幅させていく。
三つの月が、無数の星々が煌めきを増していく。
それは奇跡に近い魔術。
『魔術師』の面目躍如ってやつだ。
杖から手を放す。眼前にゆっくりと浮かび上がり、星々の煌めきを纏っていく。
ホルスターから銃を抜き、天上に向けて構える。
シロが杖と同じ光を纏って輝き、その身を大きくさせた。そして、一つ、身震い。
引き金に指をかける。
「サーチ」
シロの遠吠えのような咆哮と共に発射された弾丸が天を貫き、そして光の塊となって上空にとどまった。
「なんだ? 失敗したか?」
本来なら探し物のほうに弾丸が飛んでいくはずだ。
と、アイスドラゴンが叫んだ。「いかん! 来るぞ!」
ばきり、と空にひびが入った。
ひびの中に光の塊は飛び込むと、そのひびは大きくなっていきやがて
ーー轟!!
世界が震えるほどの音と共に、夜の空が砕けた。
不気味な、厚い雲が覆った昼のような明るさがあたりを包んだ。
「デーモンじゃ! あやつ、我の至宝を!!」
その空に一点の黒。
おおよそは人型をしているものの、顔は四角錐を逆さにしたような形で、その背中にはうねった角のようなものが何本も突き出ている。
手足は円盤状のものがつながってできている。そして片手の円盤の先にひときわ青く輝くものが。あれが魔石か。
『よもや見つかるとは』
聞き取れないが意味だけは分かる音が耳を穿つ。めちゃめちゃ不快だ。金属音のような、ガラスをひっかいたような、赤ん坊の鳴き声のような、動物の断末魔のような、そんな音。
『仕方がない。この次元を使って実験を』
あいつが喋るだけで、どんどんと精神力が削られていく。
姿を見るだけでもだめだ。デーモンとはその存在そのものが他の全ての生命に対しての冒涜なのだ。
「おのれ!」
アイスドラゴンと魔女たちがデーモンに向かって魔法を放つ。だがデーモンが手を一振りするだけでそれらがかき消されてしまう。
デーモンは青い魔石を掲げると、その魔石が黒い靄に包まれていく。
ああ、あれはまずそうだ。
直感した俺は何とか自らを奮い立たせると、心配そうに顔を寄せてきたシロのあごを一撫で。「シロ、やるぞ」
シロが吠える。再び光に包まれたシロが、俺の持つ銃に近づくと融合した。
そこに現れたのは俺の半身を飲み込んだ大砲だった。白銀に輝く直線的なライン。背部にある放熱版が羽のように広がる。
俺はローブの内側から銀色の仮面を取り出す。顔を覆い隠すような、のっぺりとしたそれを着けると、不思議なことにそれはしっかりと俺の顔にくっついた。
ああ、世界が銀色に染まっていく。
周辺にまだ残っていた魔力を、根こそぎ羽が吸い込んでいく。
――生成、変換、そして構築。
「穿て、銀燭」
鈴のような音と共に放たれた銀色はデーモンの左半分を消し飛ばし、自らの身になにが起きたのか不思議そうに右手でそこにあったはずの半身を探すデーモン。ぽろりと魔石を取り落としたのも気づかないようだ。
デーモンが、こちらを見た。
「消え失せろ」
途端にデーモンの体は銀色に染まり、硬直し、そして
――轟!!!
先ほどよりも一回り、二回りは大きな音を立てて跡形もなく爆散したのだった。
2月25日
二日続けての快晴。というのも、アイスドラゴンの魔石の力でこのエリアの暴風雪を沈ませることが出来たからだ。
アイスドラゴンは魔石を取り戻し、魔女はそのアイスドラゴンの協力を得て自分たちのエリアの気候を落ち着かせる約束を取り付けたようだ。
雪が残っているせいでまだ空気はひんやりとしているが、日差しは暖かい。そのうちこの雪も溶けていくだろう。
善は急げとアイスドラゴンと魔女は朝食もそこそこに出立することになった。
旅支度を整えて外に出たところでくるりとこちらに向きなおし、口を開いて、閉じた。なんだ?
「ところで、お主の名前はなんというのだ?」
「我々も伺おうとしておりました」
「俺の名前、高名って話じゃなかったのかよ」
「まぁいいや。俺の名前はーー」
昼を過ぎたところで、馬車の音が聞こえる。行商人が今週もやってきたのだろう。
あの野郎、問い詰めてやらねば。
シロが庭先であくびを一つ。
今日も銀狗亭は通常営業だ。
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