第10話 私は、自分の病を自覚している
× × ×
「会長、ちょっと」
「なんだ、チヅル」
中間テストの終わった、翌日の生徒会室。
チヅルは、私の目の前でお兄ちゃんを呼び出して、コソコソと話をしていた。
何の話だろうか。
多分、業務的な理由なんだろうけど。それ以外に、お兄ちゃんが女と話す理由なんて一つも見つからないけど。
「ねぇ」
お兄ちゃんが、女と二人きりになっていい理由にはならない。
「何の話?」
「あなたには関係ない」
「ねぇ、コウ。何の話?」
「……夏休みのスケジューリングだ。割ける人員も限られてるし、他学校との兼ね合いもある」
ふぅん。
「課外活動って、何をするの?」
「付近の風紀パトロールと、海浜公園のゴミ拾い。あと、林間学校のサポートに、中学生向けオープンキャンパスの手伝い」
「あぁ、有志を募ってるっていう」
「俺は、全て参加するからな」
この尽く屋さんめ。
「チヅルにも協力を仰いで、他のメンツのスケジュールを把握――」
「なんでその女なの?」
「私が一番使えるからに決まってるでしょう」
「あんたには聞いてない」
「分からない? 会長の口を煩わせる言葉じゃないって言ってるの」
「落ち着け、お前ら」
お兄ちゃんには、チヅルとサクラの事をバラしている。間違いなく、お兄ちゃんの事が好きだと伝えている。
だって、そうすればまた、私だけを見てくれると思ったんだもん。
……でも。
「ミコ、生徒会を不必要に掻き回しちゃダメだ」
お兄ちゃんは、私が冷静じゃないからって聞き入れてくれなかった。
「今聞いてくれないとイヤ」
「ちょっと、ブラコン過ぎない?」
「あんたは黙ってて。大体、コウは兄貴でもなんでもない」
「……え? いや、それは意味がわからない」
「ややこしいんだ。あまり、気にしないでくれ」
首を傾げるチヅルを横目に、お兄ちゃんの手帳を引ったくって中身を見た。
「おいおい、それは良くないだろ」
「なんで? 何か、見られちゃいけない情報でもあるの?」
「あるに決まってるだろ、手帳なんだから」
無視してパラパラと捲ると、9月の生徒会引退までビッチリと予定が詰められていた。
どうやら、デートの予約は入っていないらしい。
「許す」
まぁ、入っていたら相手の女を抹殺しなければならないところだった。お兄ちゃんも逮捕されたんだし、私だって一回くらい罪を犯す覚悟は出来てる。
本気で。
「会長、ミコはどうしたんですか? 最近、性格変わりましたよね」
「少し、熱がある。目下、治療中だ」
「病んでるんですか?」
「その言い方は、好きじゃないな」
「……すみません」
ほら、変なこと言うから叱られた。
「ざまぁ」
「こら、ミコも黙って」
そもそも、命の恩人を好きにならない方がおかしい。自分の人生を台無しにしてまで救ってくれた人に、惚れない方が間違ってる。
おまけに、私たちは義理の兄妹。民法の734条を読めば分かるけど、養子縁組同士の結婚に法的な問題は存在しないのだ。
どうせ、あんたは知らなかったでしょ。
「でも、治療とは?」
「その方法も、模索中だ」
「また、会長の仕事が増えたんですね」
「構わない」
会話を小耳に挟みながら、手帳を捲っていた。取り上げられないということは、つまり私を信用してくれてるということだ。
しっかり、把握しておかないと。
「……ん」
すると、一番後ろのページに、何枚かのチェキが挟まっているのに気が付いた。
お父さんと、多分お兄ちゃんを生んだ人だ。裏面には、それぞれの日付が書いてある。
最後の日の笑顔も、お母さんと同じ理由で離婚した夫婦には見えなかった。
……。
「とにかく、こいつに加えて引き継ぎの資料も作らなければならない。夏休みは、忙しくなる」
「分かりました」
「ミコ」
「なによ」
「お前にも、手伝ってもらいたいと思ってる。同じ家に住んでるし、他の奴より頼ることになるが。それでもいいか?」
うへへ。
「まぁ、いいけど」
……今の私の理由は、これだ。
チヅルの言うとおり、私はおかしくなってると思う。
言葉を当てはめるなら、『病んでる』というのは正しいのだろう。精神は暴走気味だし、好意を隠そうなんて考えられなくなってるし。
今まで裏返しになっていた片想いが、更に返って表になったのだから、当然と言えば当然だ。
それに。
明らかに、独占欲が強くなり過ぎだ。
お兄ちゃんの一挙手一投足に興味があるし、女と話せば不安で仕方なくなるし、何なら二人でお兄ちゃんの罪を共有したいとすら思っている。
でも、お兄ちゃんは、それをコントロールしている。
私の心が破裂しそうになると、仕事や願い事で責任感を与えてくれる。
だから、私はギリギリのところで踏みとどまってしまう。
……極論、精神を病むのは心細いからだ。
ならば、逆説的に
お兄ちゃんは、そうやって私を支えている。
私だって、お兄ちゃんの精神を支配してみたいとか。私以外の事、考えられなくしたいとか。何とか押さえつけて、何なら犯してしまいたいとか。
そう、思った。
だから、たくさん策を練った。あらゆる逃げ道を潰して、私に誘導した。余裕を持てなくなるような状況を作り出して、男的に抱かざるを得なく仕向けた。
つーか、お風呂に乱入したり、寝てる布団に潜り込んだり、裸で抱き着いたりもしたけど。
……でも、勝てない。
お兄ちゃんは、私を拒否するワケでもなく、かと言って受け入れるワケでもなく。
私の額を小突くだけで、上手にその場を受け流す。傷付けず、肯定した上で優しく諭す。私の病を、否定する。
最後のブレーキをかけて、歯止めを
冷静にさせて、こうして思考を
……あり得ない。
そんなことをされれば、誰だって狂いきれないに決まってる。
「それでは、今日は解散。後日、詳しい話をまとめよう」
「分かりました」
本当に、人間じゃないよ。
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