いつからか

私は夢を見ていた。

とても幸せで、穏やかだった。


時々は物々しい時もあったけど、それを補う程には平和だった。


来る日も来る日も夢を見ては、些細な現実と仲直りもした。


そこにはなにがあったのか、私はなにを持っていたのか、今となっては知るすべもない。


ただ一つ言えること、それは確かに夢だった。


気付くとたくさんの夢を見るようになっていて、私はあちこちから引っ張りだこになっていた。


どの夢も穏やかで、例外なく私を満たしていく。


そう、ずっと夢を見ていたかった。


もちろん相変わらず、現実とも仲良くしていた。


現実はとても寂しがり屋で、少しでも離れるとすぐに私を呼び戻す。


それでも私には、たくさんの夢の相手をするという使命がある。

現実ばかりを構っていられない。


…ついに飽きられてしまったのか、少しずつ夢が減っていった。


始めは見て見ぬふりをしていたが、もう半分も残っていない。


私は呼び止めた。


行かないでっ…!!


伸ばした手はなにに触れることもなく、ただ現実だけが握り返してくれるだけとなった。


いつからか、私は夢を見なくなった。


顔の無い人影も、絵に描いたような夕暮れも、あの美しい夜空すら見えなくなった。


抜け殻のような私を、私の手を、現実だけが握り、引いてくれる。


かつて突き放した私の縋るような握力に、ただただ応えるように握り返してくれる。


誰も居ない街で、唯一私を認めてくれる。


もう後悔もない。

私は私のしたいことをした。

存分に生きたのだ。


これでもかと言う程に自分の無力を知り、幾度となく抗ってみたが…もうその動機もない。


…しかし、現実は私を離そうとしない。


だから私は生きていける。


そうして今日も現実と肩を並べながら歩み、確かな一歩を積み重ねた。

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