すれ違い

…あ、またあの人だ


電車に揺られながら窓の外を見つめる一人の女性。

神秘的にすら見えるその姿は、正に理想とも言える。


いつも確認することは、


"左手"だ。


よし、今日もなにも着けていない。

大丈夫、俺はまだやれる。


そう自分に言い聞かせ、今日も戦場に赴く。


ちなみに…

まだ話したことはない。


いや、厳密に言うなら話したことはあるが、きっと向こうは覚えて居ないだろうと思う。


そう、あれはまるでドラマだった。

電車に間に合うかどうかのギリギリでホームを急いで歩いていた時のこと、突然後ろから声を掛けられた。


急いでいたためついイラっとしながら振り返り、


「はい!?なんですか!?」


と、勢いのまま返事をしてしまった。


驚いた顔をしながらも、すぐに落ち着いた笑顔で、


「これ、落としましたよ」


と、ハンカチを手渡された。

あれからハンカチは洗っていない。


バッチリだ。


だが、まだまともに話せていない…


—————————


あ、また同じ電車…


窓に映る彼がまた、私のように外を眺めている。


電車の中、特に見るものもなく、仕方なく外を眺めてるんだろう。


時折鏡越しに目が合うような感覚にもなるけど、きっと気のせい。


なんだか今日は隣の学生に居心地悪そうにしてる…


ふふっ


あの時の驚いたような、少しイライラした顔を思い出しては、胸がチクリと痛むのを堪える。


彼はきっと私のことなんて覚えてない。

遠い昔の私だけの思い出…


それでもやっぱり嬉しくて、今日も私はコッソリと、鏡越しの彼を観察する…

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