裏切り

何故こんなことになってしまったのだろう…


気が付くと、私は彼のベッドで寝てしまっていたみたいだ。


肝心の主の居ない部屋に、静寂と時計の音だけが鳴り響く。


カチッ…カチッ…カチッ…


私はまどろみの中を彷徨い、また目を閉じてしまった。


…っ危ない危ない


彼の匂いに包まれながら、おもむろに時計を確認する。


…セーフ、まだ彼は帰って来ない


今日は彼の誕生日だ。

なんの約束も話もしていないが、こっそりとお祝いの準備をしておこうと思う。


内心では、


「私はなんて献身的で健気な彼女なのだろう」


なんて、すこしドヤ顔で自分に酔っている。


…すっかり日が暮れた


そろそろ彼が帰ってくる頃だろう。


彼の好きな食事を用意し、プレゼントのネクタイもある。

彼によく似合う、少し深めの赤いネクタイ。


もちろんケーキだって買ってある。


そろそろ帰ってくる彼を、今か今かとワクワクしながら待っていると…


ガチャガチャッ…ガチャ


扉を開ける音が聞こえた。


帰ってきた!


…が、

なにやら彼以外の声も聞こえる。


女の声だ


私は楽しそうに聞こえる声に突然不安になり、呼吸の仕方も忘れていた。


「…それであいつがまた馬鹿なこと言ってさぁ〜」


彼が入ってきた。

と、同時に一瞬で固まった。


この反応は黒だ


私は彼が口を開く前に先手を取った。


「おかえりなさい」


彼は答える。


「え、あ、はい…ただいま…?」


なんなんだ、この「態度は白々しいくせに、結論は明らかな黒」とでも言わんばかりの反応は。


「今日、あなたの誕生日でしょ?だから私、言ってなかったのも悪かったのかもしれないけど、いろいろと準備したの」


彼は部屋を見回してから答える


「あぁ…そうだね、なんかいろいろとありがとうございます…凄く良い匂いもするし、なに作ったの?」


はぁ…


内心でため息を零しながらも私は答えた


「あなたの好きなもの、私が知らないわけないでしょ?」


続け様に


「ところで…今誰と帰ってきたの?」


彼は狼狽えつつも答える


「いや、その…職場でいつもお世話になってる上司だけど…」


あーあの女か

お昼になるといつも彼の近くでご飯を食べ、なにかと話かけてくるって言っていた。


「で…なんでそんな人と帰ってきたの?」


彼は少し憤慨したように


「そんな人ってなんだよ、俺が上司と食事してなにがいけないんだ?」


と答えた


だから私もついカッとなってしまい


「私には連絡もくれないのに、その上司の女とは自分の誕生日にお夕食!?私がどんな思いで用意してたかわかる!?」


と、少し声を荒げてしまった


すると彼はどこか呆れたように


「いや…そりゃ当然わからないよ。だって俺、君が誰かも知らないんだよ?こんなことされて良い迷惑だ、すぐに通報しなかっただけでも感謝されたいぐらいだよ…で、君は一体どこのどなた?」


そこで私は目を覚ました。


っはぁ…はぁ…はぁ…

びっくりした、夢か…


感情的になり過ぎて、涙が頬を伝っていた。

でも良かった、ただの夢だったみたい。


そう思うとまた眠気が襲ってきたため、時計を確認し、彼の匂いに包まれながらまた瞼を閉じた。


一つの想いを胸に…


大丈夫、現実では失敗しない

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