第99話 セイリーレからセレステへ

 その後、俺はタクトに『未完成の方陣』が描かれていた石板を預けた。

 もしかして、こいつならいつか『完成』させられるんじゃないかと思ったからだ。

 まぁ……できなかったとしても、こいつが作る『新しい方陣』って奴に使えるんじゃないかとは思う。


「いいのか? 俺が持ってて」

「ああ。実を言うと、そいつ重くてな。重いものがあり過ぎると【収納魔法】は魔力が多めにいるんだ」

「軽い方がいいなら……この袋、使うか?」


 そう言われて渡されたのは『入れた物の重さが軽くなる袋』だそうだ。

 しかも浄化とか劣化防止まで……あの菓子袋みたいな効果も付いてるとかぬかしやがる。


 本当に、何者なの?

 こいつ……

 なんでこうも簡単に、全然知らないような魔法を作り出せるんだよ?

 てか、そういう方陣、作ってくれ。


「んー……じゃあ、ガイエスが送ってきた物次第で、欲しい方陣を作ってやるよ」

 成功報酬が方陣ってことか。

 これは、やる気が出る。

「他にも攻撃系じゃなければ、いいものが送られてきたら作ってやるから。頑張ってな」


 相変わらず、よく笑う奴だ。

 不思議なくらい、全然含みのない笑顔なんだよな、こいつ。

 絶対に、俺より年下に違いない。

 ……でも、成人してすぐの奴がここまで魔法が使えるってのも、おかしいか。

 よく解んねぇ奴だな、やっぱり。


 そして、俺は上手いことこいつに乗せられて、思惑通りに動いている気がする……

 ま、現時点で損している訳じゃねぇから……いいんだが。

 俺も精々、利用してやるからな!



 セイリーレで二日過ごし、保存食と菓子を買い込み、東市場であらゆる物を取りそろえてから俺はセーラントに向けて出発した。

 カバロは絶好調で、一刻もせずにエデルスに着いた。


 そして、エデルスに着いてから思いだした……セイリーレの教会に行くの忘れた……

 でも多分、教会の方陣より、タクトが作るものの方が有用性が高くて強力な気がする。

 あ、でも攻撃系は……探さねぇと。

 新しい方陣を見つけたら、タクトに書き直してもらった方がいいかもな。

 本気であいつの気に入る岩石、探そう。


 エデルス魔法師組合に挨拶をして、組合長からガンガンに背中を叩かれるという手荒い歓迎を受け、最近手に入れたという魔道具を自慢された。

 ……あの『魔虫殲滅光』が搭載された『閃光仗』とかいうもので、セイリーレ製。


 絶対、タクトが作ったものだろう。

 そうか、畑の魔虫駆除用に作った魔法なのか。

 確かに燃やせねぇもんな、畑だと。


 ついでに方陣札を作る仕事を請け負って、今度はタクトが直してくれた方陣で大量に札を作った。

 ……魔力は、九割ほど入れておいた。

 出された乾酪の焼き菓子が、めちゃくちゃ旨かったせいだ……

 あの店で買った菓子の中にも、乾酪のものがあったな。

 楽しみだぜ。


 そして組合長からも、マイウリアの現状を聞いた。

 もの凄く心配してくれていたみたいで、今戻って来てくれてよかったよ、と微笑む。

『戻って』……か。



 エデルスから、ロンドストとの越領門近くまで方陣魔法でカバロと共に移動した。

 あいつの作った『長距離用』という方陣では、使用魔力が二百もかからずに俺とカバロが難なく移動できた。

 王都に寄って宝石類を売ろうかと思ったが、今は特に金に困ってはいない。

 態々税金を払って王都入りする理由が他にないので、今回も立ち寄らなかった。

 そして、エルエラへ移動し、セーラントに入ってから更にセレステまで。

 たった一日であっという間に。


 しかも魔力は、三回の長距離移動で五百も使っていない……

 この距離って多分、俺がストレステ国境門からセイリーレに移動した時とあんまり変わらないぞ?

 こんなに違うものなのか……


 もしこの方陣が馬車の大きさや重さでも移動できるのだとしたら、ガエスタとかストレステなんかの魔力が少ない者ばかりの国でも『馬車方陣』が作られるかもしれない。

 だが、他国に常設型の『方陣門』を維持できるほど、魔力を貯めておける貴石があるかどうかは……解らないが。


 タクトは【方陣魔法】を持っていないのに、自分が使える魔法を駆使して描き換えをしているのだろう。

 俺もいつかあんな風に、自分の魔法を完璧に操れるようになるだろうか。


 ミトカが言ってたっけなぁ。

『もっと知ってから動くべきだった』

 タクトのように、多くの知識を得てから旅に出る方がきっといいのだと思う。


 でも、動いたからこそ知り得たことだってあるはずだ。

 どちらを選んだとしても、全てを手にはできないのかもしれない。

 どちらが良かったかなんて、ただの結果論だ。


 ならば、俺はまず動く方がいい。


 セレステに着いてすぐに、港湾事務所に顔を出す。

 キエムが満面の笑顔で迎えてくれた。

 ここでもカバロが大人気だ。

 バイスが、もの凄くいい厩舎の宿を手配してくれた。


 その日は教会に行く暇もなく、次から次へと世話になった人達に挨拶してまわり、夜には宴会になってしまって遅くまで飲んだり食ったり騒いだり。

 ……酒は苦手なんで、俺はこっそり果実水にしていたが。

 誰かと食事をしていて『楽しい』と思えるようになったのは、セレステの奴等がいてくれたからだろう。


 そして港湾事務所の入口で、不銹鋼で作ったという船の模型が水上を走る『映像』って奴を見せられて吃驚した……

 音楽まで聞こえて、何がなんだか……しかも、同じものが繰り返し見られるなんて、どんな魔法なんだよ?


 皇国はどこもかしこも、本当に他国の人間には想像も付かないものばかりだ。

 でも、船……なかなか格好いいな。

 乗ったことないから、ちょっと乗ってみたいな。



 翌朝、俺はカバロを宿において、セレステの教会へと向かった。

「おや! ガイエスくんではありませんか!」

「久し振りです。司祭様」

「またここで働くのですか?」

「いいえ、そうではないんですが……実は、お願いがあって。えっと、取り敢えず、これを読んでもらえますか?」


 俺は途中、何度か中を見たい衝動に駆られたのだが、開かなかった推薦状を司祭に渡した。

 するり、と巻物を開いて読み始めると……みるみると司祭の表情が変わる。

 何度となく読み返し、そして、俺の方を向いてにこーーーーっと笑った。


「やっぱり君は私が思ったとおり、いえ、それ以上に素晴らしい魔法師であったようです! さぁ! 手続きに参りましょう!」


 そう言うなり、司祭はその細めの腕からは信じられないような力強さで俺をグイグイと引っ張って、役所の登録窓口へと連れて行ってくれた。

 司祭はなんと所長を呼び出し、その推薦状を読ませると所長までもがめっちゃくちゃご機嫌な表情に変わった。


「君っ! ガイエスくん! ようこそ、セレステへ! この町は、君の在籍登録を心から歓迎するよ!」

「ええ、君がこの町を選んでくれたことは、実に素晴らしいことです!」


 これって、絶対に推薦状効果だよな?

 一等位魔法師、すげーな……


 あっという間に、ほぼ審査などなしに俺の転籍帰化が終了した。

 あり得ないだろ、この速さ。

 普通なら書類出して、保証人申請して、私財証明とかして、許可が出るまで何回か審査があって、最低でも手続きだけで一ヶ月くらいはかかるってのが他国からの帰化申請ってもんじゃないのか?

 それが、ものの四半刻……


 俺は渡された身分証を眺め、驚いた。

『銅証』だ。

 帰化民でこの色は、かなり珍しい。

 今までだって、俺はその下の『鉄証』だったんだから。


 普通の帰化民は『鈍鉄証にびてつしょう』が当たり前、良心的な国でも『鉄証』だろう。

 しかも、『銅証』は元々この国で暮らす『無位臣民』っていう魔法師でない一般人より上の階位だという。


「君は『帰・従三位魔法師』という階位になります。もし今後、聖魔法が顕現した場合は『従二位』に上がりますので、その時は必ず教会にお越しくださいね」

「え? 帰化民なのに、上位になれるのか?」

「はい。魔法師ですからね。そして、君には一等位魔法師殿からの指名依頼調査における地位が与えられていますので、皇国内どの領地でも調査の協力要請ができます」


 一等位魔法師って、ここまで権力があるのかよ。

 帰化民に『地位』だと?

 見ると『特別派遣採掘員』……と、あいつが口走ったおかしな称号が書き加えられていた。

 ……凄いのか凄くないのか、まったく解らない。


「一等位魔法師殿からの直接依頼をされた方がこのセレステ在籍者とは、実に誇らしいことですぞ!」

 所長は終始、満面の笑顔だ。


 流石、魔法と魔力量ですべてが決まる国だ。

 あいつは自分が、一等位魔法師ってのが、どれほど力があるか知ってて『利用』しているんだろう。

 ただのお人好しって訳じゃないんだろうが……やっぱりこの国の奴等は、人がよすぎる。


 確認した身分証の魔力が、二千五百六十になってて更に吃驚した。

 なんでだ?

 あの無茶な方陣門の移動のせいか?

 不殺の初踏破と比べたって、上がり過ぎなんだが……

 いや、不殺も厳密には……『初』じゃないのかな?

 魔法もらえたからってのもあると思うけど、誰も入り込んでなかったのは、六階層分だけだもんなぁ。


 職業が『魔剣士』から『方陣魔剣士』になってるし、【方陣魔法】は第一位になっていた。

 あ、【耐性魔法】も第二位になってる。


「あなたはとても良い『縁』に恵まれていらっしゃる。幸運は決して偶然だけでも施しでもなく、あなたの全てをご覧になっている神々の采配。あなたがこの国に必要だからこそ、数々の出逢いがあったのだと思いますよ」


 司祭の言葉は、俺の気が楽になるように言ってくれたものだろう。

『恩』を感じて雁字搦めになることはない、幸運をくれたのは神々なのだから感謝だけすればいい……と。

「……ありがとう。この国に来られて、良かった、と思っている」


 その後、司祭に引き連れられて行った港湾事務所で、また大騒ぎの宴会になった。

 ここでも、キエムにマイウリアのことをどう言い出すか悩んでいたと言われた。

 そして『セレステを選んでくれて嬉しい』……と。

 彼等は俺を『同じ町の民』として、受け入れてくれたのだ。


 俺はずっとひとりで、ガエスタで出会ったリーチェス達に初めて『仲間』と言われて嬉しかった。

 だが、多分仲間だと思っていたのは俺ひとりだ。

 俺はそう思うことで、あいつ等の嫌なところも納得できなかったところも無理矢理目を瞑った。

 勝手に理由をつけて、いい方に解釈することが『仲間を信じること』なんだと思っていた。

 そうしないと『仲間』でいられなくなる、と……怯えていた。

 今なら、なんて馬鹿だったんだろうって思えるが、あの頃の俺にとっては……大切だったんだ。


 ひとりになって、仲間なんてものは幻想に過ぎないと諦めたのに、今ここにいる彼等が『なくしたくないもの』になっている。

 もしかしたら、仲間、と呼んでもいいのかもしれない……と思っている。

 そして、そう思えるようになったのが、嬉しいと感じている。


 また港で働かないかと言われたが、俺は旅を続けたいから、と断った。

 ただ、また絶対にここに戻るよ、と……今度は『約束』をした。


 身分証の在籍地が『なくなってしまった町』から『セレステ』に変わっているのを眺め、俺はやっと『帰る場所』を得た気分になった。

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