第97話 白い森の狩猟小屋-3

 目が覚めたのは、一刻ほど経ってかららしい。

 タクトが机の上に広げた迷宮の魔具を見て、腕組みをしていた。

 俺に気付き、なんか食べられそうかい? と保存食をいくつか出してくれる。

 態々、取りに戻ってくれたのか?


 差し出された保存食はどれも旨そうだったが、俺の目が釘付けになったのは『焼き鰆と赤茄子煮』だった。

 鰆と赤茄子なんて、そんな夢みたいな料理作りやがって!

 一口、口に含んだだけで、たちまち幸福感に覆われる。


「旨い……やっぱ、おまえの所の食堂のが、一番美味しい……」

「そりゃ、よかった。今晩はここで眠って、明日の朝にセイリーレに入った方がいいと思う。多分、今日はろくに歩けないだろうし」


 タクトは笑顔でそう言うと、保存食だけでなく菓子まで持ってきてくれている。

 ……新しい焼き菓子がある……!

 絶対に、明日買いに行くっ!


「体力回復には食べないと、な」

「すまん、何から何まで……そこに出してあるもので欲しいもの、ないのか? 好きなものを持って行ってくれ」


 本当に、こいつには世話になりっぱなしだ。

 このままじゃ俺の気が済まないんだが、こいつにとって『対価』として価値のあるものがこの中にあるんだろうか。


「じゃあ、この琥珀の奴を貰うよ。種子の入ったものは貴重だからな」

「へぇ……そうなのか。宝石としてはあまり高額にならない奴だが」

 ……やっぱり、全然価値基準が解らない。


 琥珀に混ざりものがある奴は、宝石としては殆ど値が付かないものだ。

『珍しさ』という点でも、たいして注目を集めないし魔石として使用もできない。

 ストレステの冒険者組合でだって、あの琥珀の香炉はもの凄く安価だった。

 なんかそれだけじゃ申し訳なかったので、不殺の魔竜の鱗を二枚ほど渡した。


 ……変な笑い方してやがるが……

 あ、突然無表情に戻った。

 そっか、驚いたり動揺したりってのが照れくさいのか?

 割とガキっぽいんだな。


 これ以上何か貰ったりしたらどうしていいか解んねぇってのに、迷宮品をしまう袋に使えって、あの魔法付与がされている袋を何枚か出してきやがった。

 この町ではホントにこれ、どこにでもあるものなんだろうな……

 ストレステで売ったら一枚で、魔賤鳥五羽分くらいにはなりそうな魔法が付与されているんだぞ?

 まぁ……貰っとくけど。


 そしてタクトは、いくつかの方陣がどこにあったのかと尋ねてきた。

 聞かれるままに答えたが、何故そんなことが知りたいのか不思議だ。

 どこにあろうと、意味が変わるものでもなかろうに。

 そして、殆どの方陣の描き直しまで終わっているからと、説明をしてくれた。


 ……『門』だけじゃなくて、全部直していやがる。

 くそーっ、他にもなんか持って行けよっ!


「描き直したものはこっち。これは全部使えるよ。注意書きを裏に書いたから、読んでから使ってくれ。それとこっちのは『方陣としては未完成』だね。これらは魔力を流しても使えない。それと特定の条件が揃わないと使えないものもあったけど、なんのためのどういう方陣かさえ解らないから、発動させるのは無理かも」


 そう言われたのは、セレステの教会とカルースの塔にあったものや、二枚の石板に書かれていた方陣だ。

 石板の方も、完成品じゃなかったのか……

 そうだよな、使えるものだとしたら、俺が読み取った時点で試せていたはずだからな。


 完成していない方陣まで覚えている必要はないし、描き出しはしておかない方がいいだろう。

 うっかり使えるものと勘違いして魔力を入れて、下手に発動したら……危ないかもしれない。


 ここまでしてもらって対価なしはやっぱり気持ち悪いので、半ば無理矢理選ばせたら日数計とか全然価格のつかなかった道具類ばっか持っていきやがる。

 ……こいつには、宝石や貴石ってのは『好きな石』に含まれないのか?

 もしかして、皇国で宝石類が高く売れるっての……ストレステの奴等の思い違いなのか?


「あ、そうだ。地面とか壁に描かれているような方陣や、やたら古くて読めない方陣は不用意に触るなよ。突然、大量の魔力を吸い取られることがあるから。倒れるだけじゃなくて、死ぬことだってあるからな」


 なんだよ、それっ!

 ……カルースの物とか……なんともなくて本当によかった……!

 次からは気をつけよう。

 それにしても、前回会った時に『方陣を見たことがない』って言ってたはずなのにこんなに詳しい知識があるのか。

 あの後、興味が出て調べたのか?


「なぁ、光の剣、役に立ったか?」

 不意にそう聞かれた。

 そっか、気になるよな。

 自分の作ったものだから、どう使われたか。


「ああ! 勿論だ! あれがなかったら、俺はひとつも迷宮を踏破できていない」

「そっかー、よかったー……でも『不殺の迷宮』以外で、どう役に立ったんだ?」

「あ……実は……偶然なんだが、あれを発動したまま【雷光魔法】を一緒に打ち込むと、一撃で全部の魔虫を麻痺させることができたんだ」


 うわ。

 予想以上に驚いた顔をしている。

 ……そして、こいつは瞬きが多くなって表情がなくなる……のか。

 面白い。


 俺はその【雷光魔法】と、光の剣の組み合わせが如何に役にたったかを語ったのだが、思いっきり溜息を吐かれた。

 そりゃあ、そうだよな。

 更に魔法を上乗せして使うことなんて、考えていなかったはずだからなぁ。

 でも、それで壊れないってのは、ホント、凄いって!


「はぁー……とにかく、迷宮の外で使わなくてよかったよ……」

「いや、一回……二回ほど、使った」

「は?」


 あ、言わなきゃよかったかも。

「魔虫が迷宮から溢れて一度に全部落とさなきゃいけなかった時と、複数人に魔法やら弓やらで攻撃されそうになって……」


 ……そんなに、頭を抱えるようなことでもないだろう?

 巻き込んでいたとしてもあの剣からの雷光じゃ死なないし、怪我もしないし。

 なんだって身を守って呆れられてるのか、見当もつかん。


 まぁ、こいつなりに心配してくれているんだろうが……

 こいつ……絶対に俺より年下だよな?

 そして、溜息を吐きつつも納得だけはしてくれたみたいだ。


「……改良してやる。【雷光魔法】を使うことを想定して。それと、屋外での魔虫に対しては、専用の殲滅光が出るようにしてやるから」

「殲滅、光?」


 は?

『殲滅』って、こいつめちゃくちゃ怖ろしいことを、平気で言いやがるな。


「ああ。迷宮以外で、他に植物や生き物がいる場所で魔虫を退治する時は、不用意に燃やせないだろう? だから、魔虫を麻痺させて落とすのではなく、光が当たると分解できるように作ったんだよ」


 一撃で跡形もなく、だと?

 いやいや、意味が解らないぞ?

 そんな魔法が組めるものなのか?


「使ってみれば解るよ、ほらっ! それ、貸して!」

 タクトは半ば無理矢理、俺の光の剣を奪い取ってあっという間に改造しやがった。


 なんだ、これ……魔虫殲滅用と、対人用の麻痺撃?

 切替器が付けられ、片手で簡単に使い分けできる仕様になった。

 麻痺撃は、魔獣や魔虫にも有効みたいだ。

 あ、光の色が違う。

 解りやすい。


 こいつの錬成、絶対に普通じゃない。

 魔法も俺が知ってるものとは、絶対に違うものだ。


「明日、必ずうちに食事に来いよ。いいな!」

 そう言ってタクトはカバロにだけは愛想良く、またなー、などと笑いかけて去っていった。


 ……なんつー、目まぐるしい。

 それにしたって……魔虫に余程、怨みがあるんだなー。

『殲滅』まで言い出す奴、初めてだぞ。


 渡された『使える方陣』を眺める。

 凄いな、本当に全く無駄がない。

 なんて綺麗な文字なんだろう……古代語まで完璧じゃないか。


 これが『長距離用』か。

 かなり違うけど、タクトが描き直したものはやたらさっぱりしてて、本当にこれで魔力保持ができているのか心配になるくらいだ。


 試しに魔力を通すと、信じられないくらい均等に行き渡る。

 方陣の文字は効力の指示と魔力を保持するために書かれているが、大抵は文字の全てに魔力が通ることはない。

 なのに、タクトの作ったものは、全部の文字に完璧に魔力が注ぎ込まれている。


 無駄がないから、これだけで済んでるってことなんだな。

 ……方陣魔法師である俺より、後から方陣を知った奴の方が完璧とか……ちょっと悔しい。

 だが、皇国には他国の者が知り得ない知識がかなりある。

 この国で訪れた教会にあった本を見ただけでも、それは充分に伺えるが魔法師であるならば更に多くの知識を有しているのだろう。


 親父からもらった方陣まで、描き替えてあるぞ。

 ……あの訳が解らん文字も読めるんだな……流石『皇国の魔法師』だ。

『祝福支援』?

 これは『常時発動型』で、【収納魔法】内で開いているだけで俺の魔力を使って発動している……らしい。


『仲閒と認めた者達と自身を、持っている技能・方陣を使用して支援・強化する』方陣。

 つまり、俺の全ての技能や方陣での支援が常時発動していた、と?

 リーチェス達にも、この方陣の効果があったのだとしたら……あいつ等がそこそこ強かったのって、もしかしてこの方陣の支援が常にかかっていたから……とか?


 でも、どうやら俺が魔力を入れたものを身に着けていないと、支援が掛からないように作り替えたみたいなことが書かれていた。

 ……てことは、今はカバロだけか。

 あ、いや、あの魔竜も……か?

 うわ、ちょっとヤバイかも……今度、様子見に行った時に確認しておこう……


「ん、どうした? カバロ」

 やたら鼻を押しつけて……あ、馬具からも全部魔力が抜けてる?

 俺は慌てて、額の徽章や全ての馬具を点検した。

 全く魔力がなくなっている。

 うわー……蹄鉄まで……


「ごめんな、無茶させちまって」

 危なかった……

 俺の浅はかな行動で、カバロを失ってしまうところだった。


 馬具と徽章に魔力を通しながら、俺は不思議な気分になっていた。

『失う』ことが……怖い、と感じている自分に少し困惑している。


 旅を続けたら、俺はもっと『失いたくないもの』に出会えるだろうか。

 カバロに、出会ったみたいに。




 *********


『カリグラファーの美文字異世界生活』第330話と連動しております。

 別視点のお話も是非w

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