+ 中級魔導士: 美しさは損


※土の中級魔導士のダリアン視点です。

 同じ日の夜ですが、芽芽めめが召喚される少し前まで巻き戻ります。


*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*




苦しくて苦しくて息が出来ない。


僕が幼少期に発症した魔素過剰は、この国の英雄グウェンフォール様が発明した循環魔道具のおかげで完治したはずなのに。上級魔導士になったらお礼を言うんだって夢見て、がむしゃらに精進したんだ。


道半ばにして、わざわざ反吐が出るような悪事になんて加担させないでよ。


「ダリアン、喜べ! 昇進の機会をお前に与えてやるよ」


秋の土の月、水の週半ばの風の日、深夜まであと一刻。ヴァーレッフェ王都の東端にそびえる神殿の奥。


腐敗しきった職場の幹部だけが利用できる『黄金倶楽部クラブ』の豪華な私室で、僕は長年恐れていた事態に直面していた。


神殿で善人のままいたければ、閑職に追いやられるしかない。でもそれだと仲間を守れないし、少しでも有用だと奴らに判断されたら、姑息こそくな手段で結局は取り込まれてしまう。


家族を人質に取られたり、やってもいない横領の証拠を捏造ねつぞうされたり、朝起きれば会ったことのない人間が裸で自分の横にいたり。それが生きた成人独身異性ならまだマシ。貧民街からさらった子どもの死体である確率のほうが高いのだ。


「前に紹介したよな? 朝焼けの街カハルサーレのハゲ領主。そいつを誘惑して始末しろ。

主治医は買収してあるから、腹上死として処理される。酒にこれを数滴混ぜておけば、後から解剖しても誤魔化せる。

デブ好きな秘書姫なら、どうってことないだろ?」


毛虫みたいな焦げ茶の太い眉毛がくねくね動く。帝都風のニセ金髪と違法魔薬で若作りした貧弱男。上司のルキヌスが薄っぺらい笑顔のまま、僕の前に赤黒い瓶を差し出してくる。


外側は市井に出回っている栄養魔素液ポーションそっくり。すり替えた中身は恐らく、即効性の媚薬びやくに遅効性の心臓毒。帝国の暗殺ギルド『黄金月』に用意させたものだろう。


「再来週末の星祭り、宮廷舞踏会で犬どもが理由をでっち上げて、ハゲ領主を不当逮捕するらしい。王侯貴族の面前で公開処刑だってよ、ゲスいよなー」


ゲスいのはアンタだろ、と言いたいのを必死に堪える。


マズイな。竜騎士の捜査情報がコイツらにれている。魔導士にとって、自分たちの取り締まり権限を持つ竜騎士は天敵。表向きは「犬」と罵って、すぐに見下す。でも裏では恐喝や賄賂で隙あらば懐柔している。


そして霊山裏手の領主は、神殿長がびへつらう帝国魔導士幹部の世話役。


つい先日、風の竜騎士ディルムッドの主導で、小児性愛にふけっていた魔導士が他国籍も含めて現行犯逮捕された。


カハルサーレの領主を首謀者に仕立て上げ、幕引きを図るつもりか。夏の王都児童連続失踪事件が発端だから、その程度で竜騎士が諦めるわけないのに。下手したらコレ、僕も捨て駒にされそう。


「か、考えてあげても……いい、です、けど、せめて王都一の宿の一等室くらいは経費で落としてくださるんでしょうね?」


堂々としてろ、ビクつくな。足元を見られでもしたら、ネヴィンみたいに病むまで追い詰められるんだぞ。


「来週のどっかで現地にしけこむってのは――」


「――絶・対・に・イ・ヤ、です! 僕は王都生まれの王都育ちですよ? しかもこの美貌! 霊山裏なんてド田舎で僕みたいな美少年が歩いていたら、悪目立ちしちゃうに決まってるじゃないですか。

ま、荒くれ男たちに取り囲まれて、代わる代わる相手するってシチュは捨てがたいですけど」


想像するだけでうっとり、って表情を作る。大丈夫、演技は得意だ。魔導学院の頃から先輩魔導士連中に何度も襲われかけ、身をもって学んだ。


魔導士の多数派に正義なんてない。性悪なフリをしないと生きていけない。


「奥方辺りが、星祭り用の服をあつらえるために王都に来るはずでは? その時に領主も来させてくださいよ。神殿長様が声を掛ければ済むでしょ」


「お前なー、モスガモン様まで顎でコキ使う気かよ」


「だって世の中の男はみ~んな、可愛い僕の奴隷だもん」


腰に手をあてて、「うふふん」と小悪魔アピール。


正直、この年で『美少年』とか自分で言っちゃうなんて痛すぎって自覚しているよ。これだけで定年まで逃げ切れるわけないだろうけど……でも小手先の時間稼ぎくらいしか思いつかないんだってば。


「とりあえず今夜はデートなので、残業はここまでにさせてください」


「また例の三人と? お盛んだねー」


職場では、『性欲が激しすぎて同時に複数人の男希望』って豪語してる。おまけに『竜騎士は大キライだけど特殊な体位の都合で必ず一人は混じってないと』ってワガママ言って。お酒の席では、『やりすぎて下半身がかゆいのですけど』って愚痴る。『で血便が』って自己申告もする。(※全部うそだけど!)


上級魔導士らのお誘いセクハラかわしたければ、なりふり構わず予防線を張らないとやってけないんだよ。


「そろそろルキヌス様も参加したくなりました?」


「脳筋トラと大豚デブと引きこもりモグラの人外と? 想像しただけで吐き気するわー、獣交とかマジ無理」


「え~残念!」


全員、はるかにマトモな人間様だよ。――心の中でにせの恋人役を引き受けてくれている三人に今日も感謝。


公私混同しまくりの上司の前は腐ってもげろ、後ろはフン詰まれ、と密かに願った。アンタのほうが生理的に無理だっての。


「だったら今ここで時間、潰さねえか? 前哨戦ぜんしょうせんも悪くないぜ」


毛虫眉が下半身を強引に密着させてきた。左足が不自由なクセに、こういう時だけ素早い。


間違っても吐きそうな顔なんてするもんか。


「ルキヌス様ぁ!」


急に入り口の扉が少しだけ開いて、新米魔導士の一人がひょこっと顔をのぞかせる。


――神殿幹部と絶対に二人っきりにならない、ならざるを得ない時は施錠させない。


四大精霊様ありがとう! 毎日、気を張りつめて習慣にしたかいがあった。


「あちゃー、見つかったか」


「ルキヌス様ったらぁ、アリス以外の男に浮気しちゃ、めっなの!」


アイリウスは舌っ足らずな話し方で、他塔の上司に腕を絡ませる。ついでに、先輩である僕を醜悪な魔物のごとくにらんできた。


唯一の自慢は親の都合で帝国育ちってとこ。役立たずのお坊ちゃま。


「失礼だな、君。もうちょっと男の数をそろえでもしてくれない限り、僕はつまみ食いなんてしませんってば。じゃ、残業も終わりってことで」


再び口説かれる前に退室しよう。わざと余裕ぶって、ひらひらと手を振る。そしてドアノブに触れたところで――何か思い出したように、世間話のついで風に、さりげなく。


「っと。今夜の集会に聖女様メルヴィーナも参加するってホント?」


情報を引き出したいときは、必殺上目遣い。『寂しいな、女になんか盗られたくないな』って雰囲気でね。アイリウスの嫉妬が凄いことになってるけど無視だ無視。


「あの女、魔力だけは無駄にあるからな。お前らも連れて行きたいけど、最上級幹部だけの特別集会だしなー」


別に連れてって欲しいわけじゃないから。こっちをチラ見しながら、もったいぶるな。歴代2位の最速で上級魔導士に昇進しただけあって、うちの上司は自惚うぬぼれがハンパない。


「今夜は霊山手前の宝物庫で、古代のめちゃくちゃ難解な魔法陣を組める実力者だけなんだよねー、ごめんなー」


てことは、地下競技場で血みどろの魔獣を戦わせる日じゃない。


「ルキヌス様、さぁすがぁ! アリスは終わるまでぇ、お外で待ってますぅ」


追々試の救済措置を監督官への色仕掛けで無理くり合格にさせた、初級ポンコツ魔導士の『アイリウス』だろ。自分で愛称呼びとか、ホントやめれ。


「じゃあ僕は、いつもの三人と、いつにも増して乱交してきま~す」


おバカな新米を見習って、きゃぴっと飛び跳ねながら部屋を後にした。




*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*




幸い、と言うべきなのかな? ちょうど財務長のペルキンが、脂ぎった巨大な腹部と乾ききった金髪かつらを揺らしながらやってきた。その後ろには、おどおどして挙動不審の司書次長グナエウスが従っている。


メルヴィーナと鉢合わせして、八つ当たりされたくないんだろうな。儀式とやらが始まるまで、黄金倶楽部クラブの部屋で待機するつもりだ。これでルキヌスは確実に足止めされるから、僕が神殿最奥部から急いで姿を消す必要もなくなった。


ちょっと気分転換してますってノリで、宝物庫の前までお散歩。


入り口は、上級魔導士でないと開けられない魔法陣で封印されている。先月終わりにルキヌスにねだって中を見せてもらったら、市場で見かける安っぽい木箱が五個転がっているだけ。


あれから同じような木箱をさらに一個搬入した。申請書類には「餌用魔獣の死体」ってあったし、竜騎士が中も検分している。


『でもさ、もしもだよ? どこにでもあるような木箱に見せかけた、魔道具だったら? 四隅だけを上げ底にして、帝国中央軍区みたいな認識阻害の魔法陣を設置すれば……』


毛虫眉上司が『引きこもりモグラ』と馬鹿にした、ネヴィンの指摘が脳裏をよぎる。同期の中でもひときわ優秀な中級魔導士なのだ。ちょっと打たれ弱くて何か月も欠勤ひきこもりしているけど、発想が柔軟で、細かい所にもよく気がつく。


『先輩! もごご。ほれなら箱はいじらなくへも、敷き詰めた魔獣肉に裸の魔道具を押し込めば、もぐ、なんとかなりまてんか? だって、もご。魔石って元々は魔獣の体内に存在するものらし……』


いつも何か食べてはモゴモゴ言って、活舌の悪さを誤魔化そうとするポテスタスの指摘も。アイリウスと同じ初級魔導士だけど、守銭奴ペルキンみたいな蔑まれていい悪質デブじゃない。魔道具師の両親に愛されて育った、素直で善良な肥満児だ。


「――ひいいっ!」


全身が総毛立つ。いつの間にか竜騎士なみの巨漢老人が足音も立てずに背後へ周り、僕のお尻を節くれだった指でもんできた。


「うひょひょひょひょ、ダリアンじゃないか。このじじいと遊んでいくかえ?」


暗殺ギルド『黄金月』との窓口を長年引き受け、陰の神殿長と目されるアルキビアデス。なで肩を震わせ、下品な笑いをこぼしていた。


「ふん、稚児遊びは後の楽しみにせぬか」


モスガモン神殿長はそう言いながら、乾いた細唇をわざとゆっくりめる。三つ編みにした立派なヒゲは、腰まで垂れているってのに。


二人とも僕の祖父と同年代とか、ホント勘弁してよ。


ほら、背後のメルヴィーナまで老人二人に軽蔑しきった目を向けている。神殿長の実の孫らしいけど、何一つ似ていない。大きな鷲鼻わしばなを持つ祖父に対して、聖女のは細長く鼻先が完全に上を向いている。唇も厚くて大きい。


今夜は何の魔法陣を組むつもりなんだろう。魔獣闘技の研究でもなければ、失敗続きの契約獣召喚でもないってことだよね。だって聖女は生き物全般を病的に嫌う。


王都暮らしの身としては、馬舎がなくなったって関係ないけどさ。この女が鷹塔たかとうまで神殿の外に移転させたせいで、僕ら事務方はすんごい迷惑。仮措置みたいだし、いい加減、元に戻してくんないかな。


「何見てるのよ。中級魔導士風情がうろつかないでくれる?」


「これはこれは聖女様。大変失礼いたしました」


ダンスの才能に見放された彼女には出来そうもない、とびきり優雅な礼を披露して、扉の前からゆっくりと去る。


聖女付きの上級侍女、フェディラが数日前から仕事を休んでいる。そのせいで聖女の機嫌はダダ下がりだ。


癇癪かんしゃくを起こして別の上級侍女を解雇したばっかりだし、人手不足なんだよね。護衛竜騎士だったその姉のシャイラまで左遷させるとか、ホントあり得ない。


大体さ、メルヴィーナみたいなのが聖女に選ばれる時点で精霊の趣味を疑うよ。あんなワガママ厚化粧女のどこが良いわけ?


あーあ。いっそのこと隕石いんせきでも落ちないかな、神殿長室とかに。そいで神殿が崩壊したらいいのに。


貞操の危機におびえる職場なんてホント嫌なんだもん。でもシャイラの左遷先に移動願い出したら詮索されるよね。


そういえば不吉な革命彗星すいせいが接近してるんだっけ。


精霊の逆立ち運わざわいてんじてふくとなすにならないかな。




*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*




貴族街の同期ネヴィンの屋敷に着いて、深夜になって。


いきなり轟音ごうおんが響き渡る。机の上から落ちた陶器の皿が派手な音を立てる。床に積み重なった本の山が崩壊する。


「地震だ!」


毛虫眉が『脳筋トラ』と呼んだ竜騎士のパトロクロスが、手入れ中の剣を握りしめたまま立ち上がった。


それまで呑気のんきに蒸かし芋をほお張っていた後輩のポテスタスは、真っ青になって毛布を被ってしまう。ネヴィンと僕は、腰帯にぶら下げていた魔杖まじょうを頭の高さまで伸ばす。


ま、まさか僕の不穏な願いがかなっちゃったなんてこと、ない……よね?




――この時の僕は知らなかった。


数か月前から封鎖された霊山で、陰謀が進行中だったなんて。


ましてやこの地震以降、神殿長派が瓦解していくだなんて思いもしなかったんだ。







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※「1.ある日、生贄いけにえになる」で芽芽を召喚した、

神殿魔導士の様子です。ちなみに今回の登場順だと、


・「一昔前の茶毒蛾パピヨンホスト」 → 事務代理ルキヌス

・「お手々ワキワキのでっぷりかつら」 → 財務長ペルキン

・「使いっパシリのチンアナゴ」 → 司書次長グナエウス

・「なで肩のゴマフアザラシ老人」 → 陰の神殿長(結界長)アルキビアデス

・「オウム鼻の三つ編み老人」 → 神殿長モスガモン

・「残念髑髏どくろ美女」 → 火の聖女メルヴィーナ


です。

芽芽が「さびれた農場のオンドリ」と呼んでいた

副神殿長ファルヴィウスは、まだ神殿奥に到着していません。


深夜の王都地震は召喚後ですが、

白竜の手の中で意識を飛ばした際に起こったため、

芽芽は感知していません。

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