第29話 レントとブランカ
仁が渚沙の見舞いに出かけた後、ブランカは県が運営している図書館で本を物色していた。
黛流歌の記憶をアーカイブしている際、ここの記憶が多く存在していたので、ちょっと利用ようと思ったのだ。
まるで初めて訪れる場所ではあるが、流歌の記憶のお陰で特に迷子になったりはしない。
雨こそ降ってはいるものの、休日であるためか利用者はそれなりにいない。
大量の書物が四方八方ずらりと並んでいるのは、キャンサーであるブランカにとっても壮観だった。
もし仁にそんなことを言ったらからかわれそうなので決して口にしないが……
「……って、なんで仁が出てくんのよ」
ぶんぶんと脳内からあの少年を追い出す。
正確には今もブランカは仁と一緒にいるのだが、戦闘時意外は端末である流歌の体をメインに運用しているので、そのような感覚はあまりない。
その気になれば、仁の視界を通してあの男が何をしているのか把握することもできるのだが……なんとなくムカつく未来しか思い浮かばなかったので止めておいた。
「つーかなんだってのよアイツ……! 敵の見舞いに行くとか何考えてんの? あたしがすっごいバカみたいじゃない」
仁が意識を失った後、ブランカは一人でジャグラーを動かして渚沙と戦った。
あと一歩の所で仕留めることが出来たというのに、仁が横やりを入れて肉体の主導権を奪い返されて中途半端な結果に終わってしまった。
せめてあと十秒程目覚めるのが遅ければ……いや、それはそれで仁にとっては最悪の光景が広がっていたんだろう。
どっちにしろ、ブランカには関係のないことだ。
目的はあくまで肉片を全て集めて元の姿に戻ること。
それ以外のことはあくまでついでだ。
現在進行形で宿敵の女の見舞いにホイホイ行っているお気楽脳天気ヒーローバカのことも――
「だから、なんだってアイツのこと考えてんのよあたしは――!」
うがあーと頭を抱えたその時だった、
「やあ、また会ったな――我が愚妹」
「――!」
聞き覚えのある声に、弾かれたように振り向く。
そこには、仁とブランカが着ているものとまったく同じ服を着たショートボブの少女が立っていた。
ブランカと同じ銀色の髪と紅い瞳。
それが意味することはただ一つ――
「あんた昨日の……!」
「そう身構えないでほしいな。別に私はおまえとやり合うために来たんじゃない」
工場を襲撃した謎のキャンサー――ビスクドールの肉片である彼女からは、確かに殺意は感じられなかった。
「場所を変えよう。ここでは言葉を発するのは憚られるらしいからな」
そう言って少女が案内した場所は、飲食が可能な休憩スペースだった。
飲食スペースだが――今はブランカと謎の少女しかいない。
「確か人間は……こうするんだったか」
少女はポケットから硬貨を取り出すと、自販機に放り込んでコーラを購入した。
ブランカも風呂上がりに愛飲しているが、その度に仁から飲み過ぎると太るぞとうんざりするくらい言われている。大きなお世話だ。
少女は少しぎこちない手つきでプルタブを開けて液体を口に流し込むと、思いっ切り顔をしかめた。
「信じられない……この舌を痛めつける甘ったるい液体を、人間は対価を払って飲むのか? まったく、滑稽だな」
信じられないと首を振りながら、缶を無造作に放り投げる。
缶からこぼれた中身が、真白いタイルを滑るように広がっていく。
「ああそうそう、名乗り遅れた――私の名はレント。この姿じゃ分かりにくいのならば、これでどうだ?」
ぐにゃりと少女の輪郭がゆがみ、レントは小さな少年へと姿を変えた。
それは紛れもなく、昨日仁が助けた少年だった。
「……そう、あれはあんたの差し金だったってワケ?」
「いいや? あれは頭の足りない人間達が目論んだことだ。私はそれを利用してやっただけだよ。あれだけの人間に紛れ込むことくらい容易なことだからな」
そう言って、レントは肩をすくめる。
「なんで、そんなこと」
「草部仁のヒーロー活動とやらがどんなものか間近で見るためにね……けど、なんだアレは。とんだお遊びじゃないか。我らの力を使って人間を蹂躙するのではなく助ける? はっ、滑稽にも程があるじゃないか」
それはブランカも前々から思っていたことだ。
だが――レントに言われることは、とてつもなく不愉快だった。
「じゃあ、工場のも――」
「ああすれば、草部仁は二度とヒーローとして活動できないだろう? 人間はすぐに情報に踊らされる。一度付いたイメージは拭うことに出来ない。まさかここまで思い通りに事が運ぶとは私としても想定外だったよ」
くつくつと、少女の姿に戻ったレントはさも愉快そうに笑った。
「おまえ――!」
激昂したブランカはレントの胸倉を掴むと、壁に叩き付けた。
「なぜおまえが怒る? あいつは人類の中でも特に我らの怨敵だ。我ら姉妹が総力を挙げて倒さねばならない、ね」
「……え?」
姉妹、という言葉にブランカは目を瞬かせた。
「嘘よ、そんなの。そもそもあたしに姉なんて――家族なんているはずがない」
「嘘じゃない。そもそも血を繋がっていないのに姉を名乗るというのは、虚言癖があるか精神に異常をきたしているかのどちらかろう? 私は正真正銘、おまえの姉なんだよ、ブランカ」
嘘を付いているようには見えなかった。
自分と同じ赤い瞳には、慈しみの色さえある。
だが、おかしい。
レントの言葉が本当ならば、つじつまが合わない。
それも、ブランカを支える根幹の部分が――
「無学なおまえに教えてやろう。おまえは自分こそが母さん――〈ビスクドール〉だと思っているが事実は違う」
レントはブランカの長い銀髪を撫でながら言った。
「おまえも、私も、母さんから産まれた分身体――チルドレンに過ぎないのさ。私達は母さんの指令で動く。破片を全て回収し、復活させるために」
彼女の有する最初の記憶は、無機質な部屋の中だった。
後で不遜にも自分のコアを義手に埋め込んでいた人間から聞いた話では、そこはACTとやらの基地にある部屋の一つだったらしい。
その部屋に特別な意味はない。
そこにたまたま亀裂が生じて、彼女が産み落とされた。
力の使い方は分かっていた。
手をかざせば光弾が撃ち出され、周囲を破壊していく。
何の感慨もない。
粛々と、淡々とそれを進めていく。
静かなる破壊活動は、巨大な鉄の塊を装着した人間が現れるまで続いた。
それが彼女の記憶のすべて。
思い出そうと思えばすぐに思い出すことができる記憶。
しかし何故、自分があんなことをしたのか、何を成そうとしたのか。
ブランカはずっと思い出すことが出来なかった。
復活した後はなにがしたいと仁に問われたときも、答えることが出来なかった。
その小さな違和感が、レントの言葉によってパズルのピースのように組み上がっていく。
違和感を抱くのは当然だ。
他人の考えを完璧に読むことなんて出来はしないのだから。
「あ、あ……」
頭を抑えて後退して、壁にぶつかる。
「ようやく理解したみたいだな。ショックだろうが、この手の勘違いは放っておくと面倒なことになる。早いうちに目を覚まさせた方がいいと思ってね。母さんの記憶を最初から持っている姉妹もいるにはいたが、自分の事を母さんだと思っていたのはおまえだけだったよ、ブランカ。」
愉快そうに笑いながら、レントは再び
ひ弱な獲物を追い詰める猛獣のように。
「連絡を取っている姉妹は数人いるが、おまえはその中でも最高の素質を持っている。何せ母さんのコアが自我を持った個体なんだからな。それなのに人間の側にいて、いいように使われている始末だ」
「……っ、そんなのあたしの勝手、でしょ」
そんな稚拙な反論しか出来なかった。
「理解できないな。何故人間にそこまで肩入れする? 利用し合う関係に過ぎなかったんだろ。ならば最後は捨ててしまえばいい。大丈夫だ、あの程度の体ならいくらでも都合してやる……いや、その必要もないか。おまえがやろうと思えば、奴の体を奪うくらい訳ないことだもんな」
「……!」
それは、そうだ。
その気になれば、今すぐにでも仁の肉体の主導権を奪うこともできる。
昨日渚沙と戦ったときもそうやって、戦いを実行させたのだから。
思い返してみれば、出会った瞬間からそうやってしまえばもっと早く動くこともできたはずだ。
だがブランカはそうしなかった。
あまつさえ、仁ではなく有象無象の死体に乗り移って、生命維持に協力している始末だ。
あまりにも回りくどい、無駄の多い方法だった。
「だが安心してくれ。別に私はおまえを裏切り者として排除しようって言うんじゃない。むしろ、チャンスをやりに来たんだ」
「チャンス……?」
「ああ。とても簡単なことだ――草部仁を殺し、肉体を奪え」
「――!」
「今夜、私は波沢渚沙を始末する。RCユニットを装着していない状態ならば所詮は人間、私一人でも容易に出来るだろうが、念には念を入れた方がいい。おまえがいてくれれば、私達の戦力は劇的に跳ね上がる。期待しているぞ」
ぽんぽんとレントは肩を叩いて、レントは去って行った。
ブランカは追うことも逃げることも出来ずに、その場に立ち尽くすことしか出来なかった
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