第23話 その口調どうよ?
「……ふう、まあこんなところかな」
報道や警察の人達から充分距離を取った後、僕は人気の無い路地裏でジャグラーのアーマーを義手に戻してほっと息をついた。
五分ほど歩いてアパートに帰ると、ブランカはテレビを付けっぱなしにしながら、僕のベッドに寝っ転がって文庫本を読んでいた。
今流れているのはニュース番組らしい。
すでに僕にとってはおなじみの光景である……異性が自分のベッドに寝ているという夢のイベントに何の感情も抱かなくなってしまったのが少し悲しい。
この家にも随分と本が増えた。
ブランカが定期的に本を黛の家から持ってくるので、このままだと足の踏み場も無くなってくるんじゃないかと少し危惧している。
ブランカは小説を読みつつも、時折テレビ画面をちらりと見ている。
ながら見はどちらも中途半端になってよくないということを聞いたことがあるが、ブランカの場合は方の情報を問題なく処理することができるんだとか。
どうでもいいことで人間より優れた部分が分かるのはなんともはやだけど。
「ただいま」
「?」
声をかけると、変なものを見るような目でこっちを見てきた。
「ただいまって、ずっと一緒にいたじゃない」
確かにブランカのコアは、僕の義手の中にあるんだけど……
「でもテレパシーよりも、こんな風に話している方が話してるって感じがするんだよな」
「それはあんたの主観の問題でしょ。それで、今日の独善的なヒーロー活動とやらは終わり?」
「まあね。ある意味今日は一番ヒーローっぽかったかも」
「ふーん……」
ブランカはつまらなそうに声を漏らす。
「どうかしたのか?」
「……なんていうか、思ってたのと違うって言うか、すっごい地味じゃない? テロリストを殲滅するとか敵の星を木っ端微塵にするとか、あんたが好んで見ている映画もだいたそんな感じじゃない」
「ヒーロー活動はどうでもいいんじゃなかったのか?」
今日の銀行強盗事件は結構派手だったと思うんだけど……
「やるんだったら派手な方がいいでしょ。あの無駄にでっかいACT基地をぶっ壊すとか」
「ヒーローじゃなくてテロリストの所業だそれは! 立て直したばっかりなんだからそっとしといてやれよ!」
二年前、ACT基地を破壊した張本人からは反省の色はまるで見られなかった。
「派手とか地味とか言うけどさ、困っている人を助けるってことには変わりないだろ」
「残された稼働時間が少なそうな人間を助けてなんの得があるっていうのよ?」
「……それ、この前の道に迷ってたお婆さんのことか?」
間違ってはいないのかもしれないが、ネットに上げれば確実に袋叩きにあいそうな言葉のチョイスだった。
「思えばちゃんとお礼言われたのはあれが初めてだったな。飴貰えたし」
お婆さんはジャグラーを見て、昔飼っていた犬にそっくりだとか言ってた。
どんな犬だったんだろうか。
ちなみに貰った黒飴は、僕ではなくブランカの胃袋に収まった。
「だから、なんのためによ。飴のため? こんな地味な活動で自己満足してるあんたの動機はなに?」
「なんのためにって……人を助けるために人を助けてるんだろ。別に見返りは求めていないよ」
富とか名声とか、その手の報酬にまるで興味がないと言えば嘘になるが、それがヒーロー活動をしている動機ではない。
「なんていうか、助けられるだけの力を持っているんだから使おうって、ただそれだけだよ」
「やっぱり理解できないわね……」
「安心しろ。僕もブランカを理解できないことは結構あるし」
人間同士だって、完全に理解し合うことはかなり難しい。
人間とキャンサーであれば尚更だ。
「あともう一つ」
「まだあるのか……」
「あの気持ち悪い口調なんとかして」
「気持ち悪い!?」
「うん、すっごい寒気がする。痛々しいとも言うわね」
「ぐけぼっ」
心がぐしゃりと潰された音がして、がっくりと膝をついた
「で、でも変身前と後でテンションが違うっていうのは、正体はバレにくくなるんじゃないか。それにこういう軽口って、ヒーローものの鉄板だろ……?」
「近くで聞いてるとコアが鳥肌立ちそうになんのよ」
またキャンサーについて知らなくてもいい情報が増えた。
「そこは我慢してくれよ……かなりショックな情報だ……」
ずーんと気持ちが沈む。
「あと、あたしの破片を集めるのも忘れるんじゃないわよ」
「それくらい覚えているって。そう簡単に見つからないことは分かってたことじゃないか」
むうとブランカは頬を膨らませる。
ブランカの破片収集は、ばっちり難航していた。
半月以上経過しても成果はゼロ。
最初からポンポン手に入るものじゃないと分かっていたから、そこまで焦ってはいない――まあ、ブランカは結構ご不満らしいけど。
そんなことを考えていると、ぎゅるるとお腹のなる音が聞こえてきた。
「……」
「ああ、そろそろお昼の時間だっけ。待ってて、何か作るから」
「そこはスルーしなさいよこのバカ仁!」
「いや、でもお腹空いたんだろ?」
「空いてるけど、確かに空いてるけど! だけどなんかこう……あるでしょ!?」
もしかしてデリカシーが無いってことを言いたいのか?
ブランカがそう言う事を気にするようになるなんて、ちょっと意外だ。
ある意味成長……なのか?
「察しろって言われてもな……コミュニケーション不足は関係破綻の原因ってよく言うだろ」
相手の心境を察するということはかなり難しい、むしろ察したと思ってたらそれが大きな誤解だった、みたいなことになったら目も当てられない。
「関係破綻って、あたしとあんた、どんな関係なのよ……」
「それは……」
あれ、言ってはみたものの確かに僕達の関係ってどんなものなんだ?
渚沙は幼なじみ(姉弟じゃないぞ断じて)だし、黛は友達だ。
けど、ブランカの場合ははっきりしない。
人間とキャンサーだから、普通は敵対関係ってところなんだろうけど、敵対してたら一緒に生活してないし、友人って程打ち解けているのかどうかは分からない。
僕はそう思っていたとしても、あちらは何とも思っていないって言うのもあるし……多分思われてなさそう。
「ブランカはどう思う?」
「ペットと飼い主とか?」
「自分を卑下するのはよくないぞ」
「逆に決まってるでしょうが!」
うがあと突っかかってきた。
「じゃあ友達」
「あたしはそう思ってないけど」
「あ、はい」
薄々分かってはいたけど、面と向かって言われるとかなりショックだね。
「そんなの考えたって意味なくない? 破片を全部手に入れたらあんたはもう用済みなんだから。こんな狭っ苦しい体もね」
人の体を『狭い』と表現する奴も中々珍しい。
「それまでに、黛が回復してくれるといいんだけど……今の所はどうなんだ?」
「反応はないわ。いつも通り、ぐーすか寝てるんじゃない?」
「そんな呑気な感じなのかよ」
布団でぐがーと寝ている黛の姿を想像してみる。
見たことは一度もない……が、黛の体で寝ているブランカが見たことは何度もあるわけで、ああ紛らわしい。
「知らない。気になるなら当人に聞いてみたら?」
それが無理だから今こんなことになっているんだが……
けど、黛の声で彼女とは全然違う存在が喋っているという異常極まり状況にも慣れてきてしまっていることもまた事実だ。
ブランカと出会ってから約半月が経過している。
思い返してみれば、どれもいい思い出ばかり……じゃないな。
むしろ勘弁してくれって事が現在進行形であるぞ。
素っ裸で風呂場から出てくるところとか、食費が滅茶苦茶圧迫しているところとか。
ダイジェストでお送りする草部仁の災難譚をプレイバックしながら、もう一つ疑問を投げかける。
「その後は、どうするんだ?」
「は?」
「いやだから、体を取り戻すってゴールじゃなくてスタートだろ? 体を取り戻した後、ブランカは何をするんだって話」
体を手に入れた瞬間全てが終わるという訳じゃない。
むしろ体を手に入れてようやくスタートラインだ。
そう考えると、完全復活っていうのは一件ちゃんとした目的のようで、凄まじく曖昧だ。
パソコンが欲しいのは分かったけど、なんのためにパソコンを使うんだいという話と似ている。
僕は勿論、家でイラストをさらにがっつり描くためだ。
でも高いんだよなー……ってそれは今どうでもいい。
「何を今さら。そんなの決まってるじゃない――」
決まっていると言ったのに、続きが出て来なかった。
「ブランカ……?」
「おかしい……なんで、どうして」
ゆるゆると首を振りながら、うわごとのように呟いている。
火を止めて、ブランカに駆け寄る。
ブランカは僕を見ていない。
瞳に浮かぶのは疑問、混乱……恐怖?
なんにせよ穏やかな状態じゃない。
「しっかりしろブランカ、落ち着くんだ」
肩を揺すってみても、ブランカはあらぬ方向に視線をさまよわせたままだ。
一体何故……いや、僕が原因だよな多分これ。
何気ない質問だったはずなのに、まさかここまでブランカが混乱するとは思わなかった。
どうしたらいいんだと頭を抱えそうになった瞬間、義手が脈動を始めた。
「……!」
キャンサー出現の合図だ。
それに呼応したように、ブランカは顔を上げた。
既に怯えの色は、好戦的ものに塗りつぶされている。
「行くわよ、仁」
「……ああ分かった。じゃあ、行ってくる」
「あたしも行くっつってんでしょ!」
分かっているんだけど、ついつい言っちゃうんだよな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます