第10話 ヒーロー

「ちょっとどう言うこと!? あたしそんなの一言も聞いてないんだけど!」

「だから今言ったんじゃないか」

「駄目ボツ却下! この絵をあたしの力でこれを立体化しろって? 冗談じゃないわよそんなの!」


 あくまで仮説の域を出なかったんだけど、義手を思い通りに変形させること自体はやっぱり可能なのか。


「昨日言ったでしょ。あたしの目的は破片を回収することなのよ。そんな下らない脇道に逸れてる暇なんてあると思ってんの?」

「少なくとも学生生活をエンジョイするくらいにはあるんじゃないかな」

「こんなのただの時間つぶしよ。とにかく駄目絶対に駄目、そんな一ミリも得のないことに、あたしが力を貸すとでも思ってんの?」


「得はあるよ。少なくとも街の人からの信頼を得ることが出来る。何も知らない人達にとっては、僕達はただのキャンサーでしかない。けど人助けをして、信用を積み重ねれば結構やりやすくなると思うんだけどな」


 僕達の損害が露呈するのは恐らく時間の問題だ。

 特にキャンサーを捕食する『食事』はACT隊員とニアミスすることは避けられない。


 ならば人助けで信用度と知名度を積み重ねて、『謎のキャンサー』より『人助けをする謎のヒーローみたいなキャンサー』と印象づけるのだ。


「どっちにしたってキャンサー扱いじゃない」

「コアが活性化したときに発生する信号は隠しようがないからな……ならいっそのことキャンサーですって開き直った方がいい。簡単なことじゃないのは百も承知だけどさ」

「……一応あんたの言いたいことは理解した」

「分かってくれたのか?」

「けど協力するとは一言も言ってない」

「ぐぬっ……」


 やっぱりそうなるか……


「あんただけがやるのは勝手だけど、こっちにまるで得がないのにあたしの力を使おうなんて図々しすぎるでしょ」

「それを言ったらブランカのパーツを集めるのだって似たようなもんじゃないのかよ」

「あんたがあたしの体吹っ飛ばしたのが悪いんじゃない!」

「おまえだって僕の右腕吹っ飛ばしたじゃないか!」


 やはりこの話をしたら完全に堂々巡りになるな。

 しばらく睨み合っていた僕達だったが、意外にも先に折れたのはブランカの方だった。


「分かった……い・ち・お・う、協力してくれるんだからそれくらいの褒美はくれてやるわよ」


 凄まじく上から目線なのは気になるけど、ちゃんとブランカの了承も得られた。


「でも最優先事項はあたしの破片だからね。そこんとこ、忘れるんじゃないわよ」

「分かったよ。肝に銘じとく」


 渋々なのは火を見るよりもなんとやらだが、第一関門はクリアできた。

 じゃあ第二関門は何かというと――


「……で、このコスチュームって何か意味があるの? 見た目変えただけじゃ性能は変化しないんだけど」

「それは分かってる。けど、他の人に与える印象は大きく変わると思うんだ。正直、今までのデザインは不気味すぎてヒーローには全然見えないんだよ」


 全体的にのっぺりしていて、夜に遭遇したら確実に泣き叫ばれる自信がある。

 昨夜もう一度変身してみたけど、あの格好でヒーローと思われるのはちょっと無理がある気がする。

 素性がキャンサーだから、せめて外見くらいはちゃんとしたヒーローみたいな格好にした方がいいよね。


「……で、それがこのデザインってこと?」

「そう言うこと。どう――」

「ボツ」

「即答!?」

「当たり前でしょ。あたしが取り込んでいるのはキャンサー一体分しかないのよ? それなのにこんなの採用したら、無駄にゴテゴテした装飾の生成にパーツ食って他の所に割けなくなる。完全な見かけ倒しになってもいいワケ?」

「ぐっ……」


 理不尽なダメ出しと思いきや、ちゃんと的を射た発言だった。


「分かった。描き直す」


 結構自信があったんだけど、現実はそう甘くないということか。


 デザインはシンプルで、かつ一目でヒーローと分かるような外見にしなきゃいけない、か……うわ、思った以上に難しいぞこれ。


 あーでもないこうでもないと新しいデザインを考えている間に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ってしまった。

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