11話 高見からの感想は非常に感じが悪いですね

「バカやろ。こっちだって暇じゃねえんだぞ……」


 その日の夜、いつもの日課を一通り終えると俺はスマホを睨んだ。

 そこには米倉真智から送られてきたURLがあった。草田可南子の書いた小説……小説と言えるものかどうかすら怪しい限りではあるが……を載せたURLだ。

 サイトは例によって俺の最も親しんだカクヨムだった。


(……まあ、一応読むだけ読んでみるか……)


 少しの葛藤の末、俺はそう結論付けた。

 本来ならばカリスマレビュワーとしての自分の流儀に反することではある。作品の内容(タイトルや紹介文)で興味を持ったもの以外は読まないのが俺の流儀ではあったのだが……まあ、いつまでも自分の決めたことに縛られておくのもなんだし、米倉は俺との約束が成立したと思っているだろうし、それに今また経験の浅い筆者の作品をあえて読んでみることも自分にとって何か発見があるかもしれない……という気はしたのだ。


(うわ、モロだな……)


 可南子の小説のタイトルは『君との永遠の時間』だった。

 内容は、まさに『キミヒト』のモロパクリ。……いや、というか描写が拙いのと、物語が2話合計4000字程度までしか書かれていないので、パクリという水準にも達していない。俺がパクリだと判断出来たのは、可南子がキミヒトにハマっているという情報を事前に知っていたからだ。何も知らない人間がこれを読んでキミヒトを想起するか……というのは微妙なところだろう。


(……はぁ、まあ何とも……)


 PV数は合計10。ブクマは0だった。

 ワイワイ話していた彼女の周囲の友人たちは5人ほどいたはずだ。アイツらみたいな陽キャがまさかあの場でしか話題に上げないとは考えにくい。他所でも誰彼構わず宣伝していたに違いない。

 となると実際の友人たちも全員は閲覧はしていないのか、それとも紙で見たもので満足してしまったのだろうか。

 当然レビュー・★もゼロだった。カクヨムのシステムを熟知していない初心者はそういった機能があることも理解出来ていないだろうし、それがどれだけ重要かももちろん知らないだろう。


(まあ、そんなもんだろうな……)


 星の数ほどあるほとんど誰にも読まれない作品だ。言うまでもなく俺がどうこう言うような代物ではない。






「ね、読んだ? 読んだんでしょ?」


 次の日も講義を受けに大学に行くと、朝イチで米倉が話しかけてきた。

 今日は夏を先取りしたかのような白いショートパンツが眩しい。


「……お前な、イチイチ教室で話しかけてくるなよ……」


 3日連続でコイツの方から俺に話しかけてきている様を周囲の学生たちは目にしているのだ。俺とコイツとの関係性を多くの者は好奇の目で見ているのだろう。周囲の視線が痛い。


「あら私は別に気にしないわよ?」


「……こっちが気にするんだっての。文脈を読み取れ。文脈を読み取るのはお前の得意分野だろ?」


 だが俺が言った皮肉も米倉には通用しなかったようだ。

 余裕の笑みで俺の隣の席に座ってきた。どうやらこのままコイツも講義を受けるつもりのようだ。


「まあそんなことどうでも良いからさ、読んだんでしょ? 感想を聞かせなさいよ。カリスマレビュワーの」


「お前な……一応確認しておくけど、俺の感想をアイツ本人に伝えるのか?」


「そうね、どうかしらね? むしろどうして欲しい? 伝えない方が良いのかしら?」


 俺の問いに米倉も問いで返して来た。しかしこの場合は妥当なものだろう。あの作品に対する俺の感想が絶賛になるわけもないし、それを草田可南子本人が直接聞いて何の意味があるのだろう。


「そりゃそうだろ。アイツが俺の感想を聞いても反感を抱くだけだ。恐らく俺の批判の意味も理解されない」


「わかったわ。あの子には内緒にしておくわ。これは約束ね」


 そう言うと米倉はニコリと微笑んで俺に話すように促した。


「はあ……まあ仕方ないか。とりあえずこれ以上講義をサボらせるのは勘弁してくれ。昼休みにでも」


 俺はため息を一つ吐いて、昼休みまでコイツと一緒に過ごすことを約束してしまった。




 昼休みになり、俺と米倉は大学の食堂に移動していた。

 教室よりも食堂の方が開けた場所だ。やはり誰からもジロジロと見られている気がする。明らかな一軍女子の米倉と冴えない陰キャ丸出しの俺との対比が奇妙なのだろう。


「……まあ、正直言って特に語るところがあるような作品ではないな。アイツが自分で言っていた通りキミヒトのもろパクリ。その割には描写も浅いし、基本的な文章力がそもそも低い。てにをはの間違いなんて小学生でも分かるのに、それすら直していないってのは推敲を全然していないってことだ。あと、初日に2話4000字書いて以降全然更新されていない。……話にならん作品だろ。まあ特に執筆の経験もなく書いたのならこんなものかもしれないけどな」


「あら、好きな子相手でも毒舌なのは変わらないのね? 流石にカリスマレビュワーとしてのプライドかしら?」


 俺の言葉を聞いて米倉はそう笑った。


「……お前はどう感じたんだよ? お前こそ文芸誌にも載ったプロの作家だろ? プロの目から見てどうなんだよ?」


 俺の言葉に今度は米倉が苦笑した。


「まあ、私も彼女の基本的レベルが低いのは認めざるを得ないわ。……でも、題材は今時珍しい純愛をテーマにしたものでしょ? キミヒトだっけ? そのドラマを見ていないから私は詳しくは語れないけど、テーマ的には王道だし良いんじゃないかしら? それに彼女の文章、欠点が多いのも確かだけど心情描写に関してはハッとさせられるものを感じたわ。このテーマと彼女の作風は合っているし、ここからの展開次第では人気が出て来る可能性もあるんじゃない?」


 心情描写については俺も少し感じていた点だ。米倉の見る目は流石に確かだ。文芸誌掲載経験があるというのは伊達ではないのだろう。


 だが……


「あのな……ネット小説ってのはそんなに簡単な世界じゃないんだよ」



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