俺が終わらせる
「ジーガル! ゼルネス!」
急いでパン屋に向かうと、店の前では大量の《
「大丈夫――あれ?」
そこには地面に飛び散った《
「チョージか」
「ジーガル! 大丈夫なの⁉」
近くに大きな軍刀を持ったジーガルが立っている。彼は無事だったのか?
「俺はパン屋だ。こんな化け物に負ける程、愚かではない」
「え、いや、その――」
「俺はパン屋だ」
「あ、はい……」
そうだ。ジーガルは今でこそ三流のパン屋。しかし昔は一流の軍人だったことを思い出した。彼の実力なら化け物退治くらいお手の物だったのだろう。
「ぜ、ゼルネスは?」
「あいつはあそこだ」
ジーガルが指す方向を見ると、ゼルネスがフライパンを片手に《
「よ、良かった」
冷静に考えればこの二人は商店街の腕相撲大会で優勝したこともある最強の夫婦だ、こんな化け物に襲われて震えるような人間ではない。それを忘れていた。
「リカルド・シャンクティは?」
「ヤツなら俺が倒した」
「ぐっ……」
もう立ち上がる気力すらないのだろう、リカルドは呻き、倒れたままだ。
「チョージ!」
「ジャーニー!」
第四騎士隊のジャーニーとマリナがこちらに駆け寄ってくる。
「お父様!」
「マリナ……」
マリナがリカルドに近づこうとするがそれをジャーニーが止める。
「まだ《
「でも!」
マリナは泣いていた。その姿を見て、僕は胸が痛くなった。マリナのことは嫌いなのに、そんな彼女が泣いているという事実が許せなかった。
「リカルド・シャンクティ。どうして反乱を起こしたの」
彼女の代わりに僕がリカルドに尋ねることにした。彼は何故こんなことを? 野心家だから? 《
「どこから話せばいいものか」
ゆっくりと口を開くリカルドから敵意を感じることはない。戦う意思が消えている。
「チョージ・ワラヅカ。貴様は《
「可愛い女の子だよ」
「ふん……流石王都一の変態を自称するだけはあるな」
「違うの?」
「ああ、違う。《
「負の遺産? リール達が、そんなはず――」
「《
そうか、そういうことか。
「お前は兵器が――戦争が嫌いだったんだね」
「お父様……」
「私の妻は……兵器に殺された!」
リカルドがゆっくりと立ち上がり始める。
「ロストテクノロジなんて研究する馬鹿共のせいで、私の妻は死んだ!」
頭を抱え、狂った笑みを浮かべながら饒舌に話し始めるリカルド。
「私は憎い! ロストテクノロジに関わる全てが憎い!」
「リカルド……貴様」
「フライパー元大将なら理解してくれますよね⁉ 娘さんをあの戦争で――ロストテクノロジで亡くしたあなたなら!」
「お断りだ」
「何故です⁉」
「確かに俺の娘は――イザベラは敵国に捕まって死んだ。ロストテクノロジの実験体にされて死んだ。人としての尊厳を奪われて死んだ」
そうだ。イザベラさんも実験体にされて死んだ。だからジーガルは同じ実験体だった僕のことをすごく大切に育ててくれた。もう子ども達に悲しい思いをさせないために。
「だが、娘は帰ってきた。姿や声は変わったものの、帰ってきてくれた。大勢の姉妹を連れて、帰ってきてくれたのだ」
「え?」
ちょ、ちょっと待ってよ?
イザベラさん帰ってきたの? 生きていたの? どういうこと?
「今だってそこにいる」
え――そこにいるのって、
「やはり、気づいていたのか」
フーロさんじゃん! ど、どういうことさ⁉
「ジーガル⁉ どういうことさ! フーロさんがイザベラさんだったの⁉」
「そうだ」
そんな冷静な顔で言わなくてもいいじゃん。もっと喜んでよ! 娘との再会だよ⁉
「そういうことなら早く言ってよ! こっちにも心の準備が!」
「だってチョージ。あんただってリールやシェルちゃんのことで忙しかったじゃない」
「ゼルネス! お前もかぁ!」
そうか。ゼルネスの娘だったからパンの味に詳しかったのか。あ、納得――
「納得できるかぁ⁉」
「チョージくん。少しうるさいぞ、静かにしたまえ」
「フーロさん! ジーガル達のこと覚えていたならもっと早く言ってよ⁉」
「いや、だって照れ臭いじゃないか。な?」
「親子そろってなんだよ、もう!」
「つまり、イザベラさんの人格データをベースに誕生したのがフーロということか」
「そうみたいだね、パスタちゃん……」
きっとガーデルピアの技術者達がイザベラさんの遺体を使ってロストテクノロジのデータを収集したのだろう。マッドサイエンティストの気持ちはよくわからないね。
「そういうわけだ」
叫び過ぎて息を切らす僕を放置して、ジーガルが話を続ける。
「ロストテクノロジは再び娘と会わせてくれた。だから俺はこれを憎んでいない」
「そもそもロストテクノロジが無ければ戦争なんて――」
「違う。戦争を起こしたのは、俺達人間だ」
「あ……」
「全てを旧文明の遺産のせいにするな。俺達は今の時代の人間だ。何でも昔のせいにせず、明日のパンのことだけ考えていれば、俺は幸せだと思うがな」
「あ、ああ……」
「ロストテクノロジのせい? じゃあ何で貴様はその負の象徴とも言える《
「わ、私は毒を以て毒を制するつもりで――」
「違う。お前は強がっているだけだ」
「そ、そんなはずは……」
「お前は仮面を着けている。それで強くなったフリをしているだけだ」
そうか。やはり、リカルド・シャンクティも僕と同じだったんだ。
「リカルド。お前はもう強がる必要はない。周りをよく見てみろ」
リカルドが顔を上げる。周りを見渡す。
「マリ、ナ……」
そこには確かに彼の娘、マリナ・シャンクティが立っていた。
「お父様、申し訳ございません」
「マリナ? 何故お前が謝る……」
「私、自分のことばかりでお父様の気持ちを考えたことがありませんでした」
「マリナ……」
リカルドから《
「シャンクティ大佐。ご同行、よろしいですね」
「ああ」
さて。後のことはジャーニー達、第四騎士隊に任せるとするかな。
「チョージ」
「ん?」
何だいリール? ああ、事件が解決したから僕に抱きしめてほしいのかい。
「そんなこと、言っている場合じゃない」
「え――」
リールの視線の先を追う。そうだ、黒幕は一人じゃなかった。
「あいつ!」
シェルルの背中を斬りつけたローブの男が残っている。そいつは屋根の上だ。
「フッ――」
その男が手にしている物、それは――
「指揮杖、だと⁉」
男はそれをリカルドに向かって、投げ飛ばしてくる。
「危ない! 避けて!」
「な――」
僕の声が届いたからだろうか。間一髪ジャーニーがそれを剣で弾いた。
「《スマイルマン》。お前の笑劇は俺が終わらせる」
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