君を奏でるために、ここへ来た
つまりドラムメジャーになってもらう
旧文明が滅び、三百年ほど経ったとされる今日。僕はベッドの上で目を覚ました。何の夢を見ていたのだろうか。どうせ、またあの夢だろう。僕は自己完結した考えを振り払う。
もう、夢は終わり。ここは新世界、《ワガ=セナーヤ》。紛れもなく、現実だ。旧文明が滅んだ後、新たな文明が築かれたこの世界を、いつしか人々はこのように呼ぶようになったらしい。僕はこの世界の西側に存在するエルレシアン大陸、その一国家であるガーデルピア王国に住んでいる。やはり紛れもなく現実だ。意識もはっきりしてきた。
あれは、ただの昔話だ。
昔、昔。エルレシアン大陸内で、ロストテクノロジと呼ばれる旧文明の遺産をめぐって大規模な戦争が起きた。僕は東洋の国からやってきた商人の息子で、ガーデルピア王国に避難する最中、馬車が砲弾の直撃を受け、両親は死亡。僕はそのまま戦争に巻き込まれた――別に、珍しくもないし、面白くもない。
戦争に巻き込まれた僕を哀れに感じるのか。理不尽な両親の死に、怒りを覚えるのか。それとも、この逆境を狂ったように笑い飛ばすのか――そんなことはどうでも良いのだ。
「僕は眠たくて、どどっぽどどっぽ」
今度は――今度こそは、良い夢を見られますように。
「それでは僕は、これから二度寝タイムだから! おやすみんみん!」
「ワラヅカ軍曹。いるなら、返事をしろ」
誰だ。誰の声だ。どこかで聞いたことがあるような気がするが、僕は眠たくて意識が既に遠いのだ。だから声の主がどこの誰なのかは、大して重要ではない。
「この扉を開けろ」
今、僕はすごく眠いのだ。気を抜けば、僕は気絶したように眠ってしまうだろう。睡眠負債が溜まっているのだ。先程見た、悪夢のせいである。そういうことにしておこう。
そういうわけで、起こさないでください。
「貴様が開けなければ、私が開けるぞ」
アケル? 鍵が掛かっているのに? 不法侵入はいけないことだ。すぐにやめてくれると助かる。鍵と扉が壊れたら、この家の主人に怒られるからさ。
「せーのっ――」
やめてください。本当に。
「はい、はい。今、開けるから。だから扉を蹴り飛ばすことはやめてくれると助かる」
睡魔に襲われ意識がはっきりしないが、どうにかしてベッドから抜け出すことに成功した僕は部屋の扉を開ける。扉を開けると、そこには同年代の少女が立っていた。
「お! パスタちゃんか、久しぶり!」
「貴様。上官に向かって何だ、その態度は」
彼女はシェルレッティ・スパーダ。僕と幼馴染であるガーデルピア軍人だ。名前がスパゲッティに似ているから、僕はパスタちゃんと呼んでいる。可愛い愛称だと思うけど、彼女は納得していないようだ。どこが悪かったのだろうか。おかしいな、おかしいな。
「あれ? 上官ってことは――パスタちゃん、出世したのか。すごいな」
「ふふん。どうだ、すごいだろ――ではなく!」
どや顔を隠し切れないパスタちゃんはミートソースのように赤くなって照れながら、話を続ける。こういうところがパスタちゃんの可愛いところだ。僕の故郷の言葉を使うのなら萌え、という感情がふさわしいだろう。ああ、きゅんきゅんしてしまう。
「貴様の新しい配属先が決まった」
へえ、僕の配属先が決まったのか――どういう風の吹き回しだ?
「ガーデルピア王国軍は人手不足なのか? 僕のような問題児をまだ軍人扱いするとは」
「確かに貴様は数か月前に任務中の行動が問題視され、謹慎中だった。だが、それも今日で終わりだ。今日からは新しい部隊に所属することになる。喜べ」
「ええー、面倒だなぁ」
「よ、ろ、こ、べ!」
「わーい。やったぜ、最高だ」
「貴様、その笑顔は私を馬鹿にしているのか?」
理不尽だ。喜べと言ったから、精一杯の笑顔を披露したというのに。注文が多いな。パスタちゃんは麺類なんだから、注文する側ではなく、注文そのものだろう。
「貴様は何を言っている! 私は麺類ではないぞ!」
そんなことは言わなくてもわかっているさ。麺類は眼鏡なんて掛けないし、巨乳でもないし、そんなイケメンボイスは出さない――あれ? よく考えなくても、パスタちゃんって萌え属性が多いような気がする。ああ! きゅんきゅんしてきたぁっ!
「貴様――今、何か邪な感情を」
「それで? 僕の新しい配属先はどこなの?」
怪しまれないように、自然体で話題を元に戻す。
危なかった。もしこの感情がバレていたら、僕は明日から麺類全般に性的興奮を覚えながら生きていかなければならなかった。そんなことをすれば僕は変態の仲間入りだ。
「ん? ああ、貴様の配属先は――」
パスタちゃんが一枚の紙を広げて僕に見せつけてくる。
そこにはこう記されていた。
『ガーデルピア王国軍 チョージ・ワラヅカ軍曹
あなたを特殊戦術鼓笛隊 隊長に任命する。
ハイス・シェンダム・ガーデルピア』
「ちょっと待ってよ。王国軍に鼓笛隊なんてあった?」
ガーデルピア王国軍に鼓笛隊が存在するなどという話は、少なくとも僕が謹慎処分を受ける以前は聞いたことがなかった。これは一体、どういうことだろう。
「ない。正確に言うなら、昨日まではなかった」
つまり、本当に今日から活動を開始する部隊なのだろう。だから、しばらく謹慎中だった僕はこのことを知らなかった。それだけの話だ。
「それで? 僕は何をするの?」
鼓笛隊ということは、楽器を演奏するのだろう。シンバルか? ドラムか?
音楽自体は好きだが、僕に楽器を演奏する才能はない。だから、何かをやったところで、不協和音が一つ増えるだけだ。きっと軍は僕を雑用として使い切ろうとしているのだ。
「隊長だ」
「え? パスタちゃん、体調不良なの?」
「そんな話はしていない。よく聞け」
パスタちゃんは紙に記されている文を指で示す。へえ、隊長。僕が。
そうか、そうか! これなら楽器を演奏できなくても、軍務を遂行できるね!
「え」
そんなわけ、あるか。
「そう。今日から貴様は鼓笛隊長、つまりドラムメジャーになってもらう」
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