第46話 先輩、颯太が足りない。そして、波乱の昼休みの予感


 それは三時間目が終わった後の休み時間の事だった。


 演劇部部長のお嬢様、皇城すめらぎ綾乃に頼み込まれ、演劇部の発表会の中で女装を披露する事になった和樹。


 美少女揃いの出演者に引けを取らない可憐さと凛々しさを曝け出してしまった和樹は、昨日の今日という事もあり、男女関係なく熱い視線を浴び続ける要因となってしまい辟易している。


 そこに。


 赤いブレザーが一人、教室へと迫っていた。



「な、何か熱気がすごいね……和樹への視線が半端ない」

「……こんな事になるなら、綾乃さんに頼み込まれた時に断るべきだった。でも常日頃から蘭姉え主家みたいに他家のちかや僕の事を気に掛けてくれてるし……役に立ちたかったんだよ……」


 眉をしかめ、いかにも『無念!』という表情を浮かべる和樹に、颯太は首を捻る。


「でも、それだけみんなの関心を引くのは、和樹が普段からどれだけ人気があるのかって事だと思う。和樹の事が気になる人がクラスのほとんど……本当にすごいよ《さすが》和樹」

「……ありがとう。ま、颯太には負けるけどね」

「僕に?あはは!からかおうってつもりだろうけど、そうはいかないよ!」

「そういうとこ」


 唇を尖らせる颯太にリラックスした笑顔を見せる和樹。

 会話に入っていきたくても参加できない傍観者達のは募っていくばかり。




(あ、ああ、青空!ほんの少し、ほんの少しだけ!夜乃院和樹の笑顔を分けてくれえ)

かじゅき和樹くんかじゅきくんかじゅきくん……はにゅっ!!)

(アンタはもういっそ失神してていいよぉ!白目、何回も怖いんだってばっ!)

(なあ、夜乃院。スク水はまだか?) 

(……だ、だめ、我慢ができない……!よ。横のお腹痛い!ひい、苦しい……あだっ?!)




 『どうしよう、抜け駆けしちゃおうかな!可愛いあの人を独り占め!』などと牽制しあうクラスメイト達と、和樹の投擲した消しゴムが頭に直撃して悶絶する右京院羽遊良はゆら


 そこで、来訪者がやってきた。

 

 

 がらがらっ!

 ビッターン!!


 




 びっくぅ!!!






 大きな音を立てて開いた教室の扉に驚く生徒達。






「「……ええ?!」」






 振り向いた颯太と和樹の声が重なった。

 まさかの、本日二度目の蘭のご登場である。


 蘭が始業前と昼休みにやってくる事は最近の日課のようなものだったが、昼を目前にして中途半端な時間帯に来ることは稀であった。


「せ、先輩?!どうしたんですかこんな時間に!」

「蘭だ!いやな?急遽姉上の代理で式典に参加せねばいけなくなった。日課にしている颯太との乳繰り合いができなくなってしまったのだ。すまん、あんなに楽しみにしておったのに」

「僕が乳繰り合いを心待ちにしていた、みたいな事を言わないで下さいよ!」


 蘭の物言いに顔を青くさせる颯太。

 が、お構いなしの蘭は続ける。


「それでな。昼餉時は由布院のプライベートジェットで食べる予定なのだがな。やはり弟子の私への愛情迸る、颯太の弁当が……颯太のが、欲しいのだ」




(きゃあ!いやあ、ドキドキしちゃう!)

(何か!何かぁ!ちょっとエッチ!)

(リア充め このリア充め リア充め……青空、貴様!)

(ふひひ……『乳繰り合いを心待ちにしていた』頂いた。これで今日も……)




 ひそひそ、こそこそ!

 最後の言葉は、颯太関連のもので夜の一人大運動会をする羽遊良である。


「誤解を招くような発言を矢継ぎ早にするの、やめてもらえますか?!」

「む?本当の事ではないか」


 蘭がそう言って、唇を尖らせる。

 そこで、颯太はようやく気付いた。


「あ、まさか。お弁当取りに来たんですか?」

「うむ!隣で食べれぬ寂しさ、弁当で慰めてもらおう」

「もう、そんな事ばっかり!誤解されちゃいますよ?」


 顔を真っ赤にしながらもカバンから弁当を取り出した颯太は、両手を大きく差し出している蘭に手渡そうとする。




 むぎゅ。




 弁当をスルーして、蘭が颯太にハグをした。

 背中を触り触りしながら、颯太の髪に顔を埋めている。


 教室内に響き渡るクラスメイトの悲鳴、絶叫。

 

「な、何で抱きつくんですかあ!みんな見てますよ!」


 顔を赤く青くさせる颯太。

 その耳元で、蘭は。


「ここのところ、すぐに颯太がのだ。すまぬな」


 そう呟いて、にっこりと笑った。


「もう!もう!そんな風にまた、からかって!」

「続きは、明日の昼休みだな。間に合うように戻る。中庭で待っているのだぞ?」

「続きは置いといて……はい!お気をつけて!」

「うむ!颯太もな」


 蘭が、くるり!と背を向けて颯爽と立ち去っていく。


「いってらっしゃーい!」



 颯太が机に戻ると、頬杖を突きながら楽し気に見ていた和樹と目が合う。


「あはは、颯太に甘々のベタベタだね。蘭姉えは本当に颯太が……んん!げほごほ!」

「本当に、何?」


 真面目な顔で首を傾げる颯太。

 和樹はお口チャックをするジェスチャーをしてから、颯太に言った。


「あはは、そのうち教えてもらえるんじゃないかな?蘭姉えに直接さ。楽しみにしてれば?」

「全然わかんないよ!あー!和樹も僕をからかおうとしてるでしょ!教えてよぉ!」

「だーめ!はいはい、次の授業の準備しないと」

「もう!」


 

 興奮冷めやらぬ教室内。

 怒涛の展開と二人のやり取りに、顔を赤らめたり羨ましそうに眺めるクラスメイト達。

 

 が。

 別の視点でこの出来事に注目する人間がいた。


(昼休み、そー君の横に座るチャンス!那佳、これはお嬢に知らせねぶあああ!)

!落ち着きなさい!)

(うふ。少しだけ、お嬢が来る前にクンカクンカ……)

(そ、颯太さんの笑顔を正面から久しぶりに、とか。お、お嬢様、ほんの少しだけ!)


 そんな乙女心に、互いの肩をばっしん!ばっしん!と叩く、近の御付き付き人の笹の葉と那佳だったが、颯太の事をチェックしているのは那佳と笹の葉だけではなかった。




 波乱のお昼休みが、幕を開ける。


  



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