第22話 颯太、奮闘す
座り込む聖良と東峯の傍まで下がって態勢を整える
「
「そ、そんな……!……いえ、わかりました。この身に代えても」
「外に出れば、様々な目がある。奴らも容易に動けまい。いざとなればこれを」
じり、じりと包囲を固めてきた羽村の手勢を見やりつつ、後ろ手で東峯と颯太に球状の物を手渡す。
(青空君、窮地と見たらこれを……発煙筒のような物だ。だが……君は恩人。怪我をしないように凌いで、聖良様をここから遠ざける事に専念してくれまいか)
十人以上の敵を見据え、聖良を護ろうとするその気概に敢えて颯太は逆らわない。
(はい、無理はしません)
(……いざとなれば、お嬢様を抱えて逃げ出してくれ)
(えっ?)
颯太はその言葉に瞠目する。
(……君は事情を知っているのだな。頼む。責めは私が全て負う)
加賀獅はそこで口を噤んだ。
すると。
先ほどの颯太の動きと、体制を立て直した加賀獅になかなか近づこうとしない手勢に羽村が焦れた。
「お前ら、何をグズグズしてやがるんだ!こうなりゃ、久世宮を確保しろ!先に久世宮を捕まえた奴ぁ、報酬三倍だ!血判が手に入りゃ、全員報酬倍にしてやる!サッサと行けよ!」
「お嬢様、お気を確かに!お守りします故、立ち上がって下さい!」
だが。
東峯の言葉に、聖良は俯いたまま動かない。
ぽたり、ぽたりと零れ落ちる涙。
「「お嬢様!!」」
「おっほー!久世宮、観念したらしいな~。おい、お前ら。今、久世宮を引き渡したらお前等は無傷で返してやってもいいぜ?どうせ逃げられやしねえ。金もやる」
「……!この痴れ者が!」
「外道!見くびるな!」
加賀獅と東峯が口々に羽村を罵る。
羽村がニヤリと笑い、更に付け加えた。
「おい、そこのガキ!お前はダメだ。癇に障る面ぁ、覚えたぜ?ここでバッキバキにしてやる。どんな手を使ってでも、追い込み続けてやるからな。今この瞬間から、この世にお前の逃げ場なんか」
羽村の脅しの最中、颯太は。
右京院
●
事業に手を広げ失敗し続け、窮地に陥った久世宮家当代が選んだ策は。
財力のある有力者や財閥にわが子との縁組を持ち掛け、援助を得て立て直す事。
その策を成すために白羽の矢が立ったのは、幼い頃から見目麗しいと評判であった久世宮家の次女、聖良だった。
結果。
他家の当主や実力者、御曹司達の様々な目に、欲に、欲望に何度も晒され続け、男を汚らわしい存在として拒絶をするようになった聖良は。
相次ぐ顔見せへの拒絶に業を煮やした当主の勘気に触れ、卒業後に親子以上年の離れた実力者に嫁ぐ約定を交わさせられていた。
●
(僕にできそうなのは結局、久世宮先輩たちを逃がす為に頑張る事だけだよね。今はそれだけを考えよう)
羽村が自分の脅し文句に酔っている最中、颯太は後ろ手で三人に出口の方角を指し示した。
息を飲み、瞠目する加賀獅と東峯。
颯太達四人は壁を背にして取り囲まれており、出口には風紀対策として数人が待機している。
加賀獅と東峯の視線を受けた颯太は、祖父に教えられた青空流の一節を呟いた。
(青空流は、守る者。守る者あらば……)
我、力の限りを尽くさん。
颯太は床に発煙筒を叩きつけた。
「うわ?!」
「煙幕だ!警戒しろ……げほ!ごほっ」
一気に広がる煙と敵に広がる動揺に構わず、聖良を抱え上げた颯太。
「……ひぃ!離せ!離せぇぇぇぇ!やだやだやだ!やだああああああぁぁぁぁ!!」
そうと知った聖良が絶叫し、涙ながらに颯太の腕の中で滅茶苦茶に暴れる。
(先輩、ごめんなさい。今だけ……どうか)
聖良をしっかりと抱え、壁を右手にして疾風の如く駆けだした颯太。
間髪を入れず、加賀獅と東峯が援護の為にと追随する。
破裂した発煙筒の煙は、
「舐めたマネしやがって!!出口を押さえろ!逃がしたら全員、報酬なんかねえぞ!死ぬよりヒデえ目に合わせてやっからな、わかったか!」
羽村のその言葉に、集団の端で煙に巻かれなかった者達と出口を固めていた者達が颯太を目指して殺到する。
が、颯太は勢いを落とすことなく右左にステップして避け、加賀獅と東峯が態勢を崩した敵に一撃を与えていく。
そして出口まであと数メートルというところで、
「出口の前に行けっつってんだろがぁ!」
颯太達の背に羽村の怒号が飛んだ。
同時に、出口を固める数人の生徒を見た颯太が叫んだ。
「発煙筒を!」
「わ、わかった!」
加賀獅が投げた発煙筒が炸裂した瞬間に、颯太は聖良を抱えたまま後ろ蹴りを目の前にいた男子生徒に放つ。
「うぐあ!」
十分な手ごたえを感じた颯太は、その態勢から聖良を床に立たせた。
座り込みそうになる聖良を加賀獅と東峯が支える。
「おらぁ!」
「逃がすかよ!」
残る二人が聖良の側にいる東峯と颯太に殴り掛かった。
が、立て直した三人には、もう届かない。
東峯の掌底と颯太の投げで倒れこんだ羽村の手の者には目をくれず、颯太は出口の鍵を外して開け放った。
加賀獅に頷く颯太。
「すまない!お嬢様、外へ!」
転げるように外に出る聖良達三人。
「お嬢様、外です!あそこに風紀の手の者が!」
「弓道場の中にて、久世宮家の聖良様に害をなそうとした者共がいる!人数は10人以上!主犯は元特別待遇生の羽村だ!」
「裏口にも人を!逃走を図るつもりです!」
風紀の腕章をつけた生徒と教師がその言葉に慌ただしく連絡を取り始める。
と、そこに。
「加賀獅さん!青空様は……どちらへ?」
東峯の言葉に、加賀獅は周りを見回す。
東峯に支えられてへたり込む聖良。
風紀の本隊に連絡を取っている男二人。
颯太の姿が、ない。
「ま、さか!!」
加賀獅は建物の扉に手を伸ばした。
だが。
隙間から、鍵が掛かっているのを見て取った加賀獅。
「青空君!青空君!なぜ?!……風紀!中に我等を助けてくれた御仁がいる!青空君!早く出てくるんだ!もう風紀の本隊が来る!ここを開けてくれ!」
続く闘争の気配に、力の限り扉を叩く加賀獅。
●
その時、弓道場の中では。
羽村達に囲まれ、扉を背に佇む颯太がいた。
ゆら、ゆら。
颯太の身体は小刻みに、柔らかく揺れている。
顔を真っ赤にした羽村が怒鳴る。
「テメエのお陰で全てが台無しだ!おい!逃げる前にコイツだきゃ殺せ!ふらふらしてっからコイツはもう限界だ!……ヒーロー気取り、あの世で後悔しな!やれ!」
「お、おう!死ねやあー!」
木刀を振りかぶった男子生徒の右肩に、左手を伸ばして踏み込んだ颯太。
とん。
予想外の動きと、力強い掌底の感触に慌てた男子が木刀の柄頭で颯太の腕を叩き落そうとした瞬間。
バキィ!!
ムチのようにしなった颯太の上段回し蹴りに意識を刈られ、木刀を取り落としてフラフラと倒れ込んだ。
「てっめぇ!」
激昂する羽村。
だが。
颯太は何も喋らない。
ゆら、ゆらと身体を動かして。
澄んだ目で、じっと。
羽村達を見つめていた。
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