二の鐘 そこは中庭ではなく、『中庭空間』

第15話 羽遊良、突き出す。そして謎のポッキー。


 キーン、コーン。カーン、コーン。


 四時限目の終わりを告げる鐘が鳴り、わいわい、がやがや、と思い思いに昼の準備を始めるクラスメイト達の中。


 ぽこん。


 和樹のスマホが鳴った。

 画面を見た和樹は入口をちらちらと見る颯太に告げる。


「蘭姉ぇ、綾乃さんの所に寄ってから中庭行くってさ」


(僕をメッセンジャーにし始めたよ、蘭姉ぇ……)


 直接颯太に言いなよ!と思った和樹だが、蘭が教室に来ても、蘭と颯太が連絡先交換するにしても、颯太が更に大変な事になりそうなので、グッとこらえる。


「そうなんだ!また、バーンっ!!て教室に入ってくるのかと思って、ビクビクしてたよ僕……じゃあご飯は和樹と食べてもいいのかな?」

「『今日の弁当も、楽しみにしている!』ってさ……ほんと、ごめん」

「うわわ!和樹、謝らないでよ!大丈夫大丈夫!……じゃあ、先輩半分じゃ足りなそうだったから売店寄ろうかな」

「いや、待ちなよ颯太。それは受け入れちゃ駄目だ……」


 そんな事を言い出し始めた颯太に、和樹は目を剝く。


「颯太、お人好しすぎ。何か将来が心配になってきた……蘭姉ぇには言っておくから今日は悪いけど、この弁当を食べてくれるとありがたいな」


 和樹は、手元に置いてあった弁当を包みに入れ直し、颯太に差し出した。

 

「今日の献立は苦手なものが多くてさ。悪いけど食べてほしいんだ、ごめん」

「……和樹は持ってきたお弁当、残した事ないよね。いつも嬉しそうに大事そうに食べてる。もう……ダメだよ?気持ちはめちゃめちゃ嬉しいから、ちゃんと食べなよ」

「颯太……」


 そんな二人のやり取りに、クラスメイトは。


 弁当を握り、渡すタイミングを窺う者。

 尊い、と目頭や鼻を押さえる者。

 興味深そうに観察している者。

 違った意味で、二人のやり取りに鼻を押さえる者。

 はあはあ、と息を荒げる者。


 そして、他の生徒も含め、次の展開を伺っている。



 すると。



 豪奢な包みに、挟み込まれた雅な箸箱。


 それが颯太の胸に勢いよく、がすっ!と当たる。

 つかつかと颯太の側に歩いてきた羽遊良が、無表情で弁当箱を突き出したのだ。


「あいたぁ?!う、右京院さん?!」

「騒がしい。珍妙なBL展開の小芝居を見せられて、皆がやきもきしている。そう…そっ?!そう、んなお前は、たまたま。たまたま!誤って弁当を二つ作った、私の、わ・た・し・の!弁当でも持って、とっとと行け」

「そんな!申し訳ないよ!頂けません!」


 颯太が慌てて、そうっと弁当を押し返す。


 そんなやり取りを見ていた男子達が、手を挙げた。


 が。


 じゃあ、俺がその弁当……え、何?

 で、出遅れたぁ……。まーまー。今は右京院さんのターンだよ?邪魔しないの!

 俺、弁当忘れ、ぐあ?!

 これでも食っとけ。おもしれえとこ、邪魔すんな。


 言い出しっぺの男子は、女子達にズルズルと引っ張っていかれ。

 弁当忘れ男子は、サランラップに包まれた超特大握り飯を掴んだパンチが頬に直撃し、悶絶する。


 そんな動きをちらり、と見た羽遊良は攻勢をかけた。


「お前が食べないというのであれば、この愚かな私によって作りだされた弁当は持ち帰るしかない。私は弁当を二つも食べられない。かと言って、おいそれと人に披露できるような代物でもない。今困っているお前なら些少の不出来は見逃してくれると踏んだ。もしお前が必要がないというのであれば、丹精込めて作り上げられた食材と、命の育みが込められたこの弁当はゆっくりと傷んで朽ち果て、哀れ、生ごみと化す。廃棄されるのは、果たして弁当というものなのか、弛まぬ努力と命なのか。そこには如何いかような意味があるのか。儚く短く無駄に散らせていいものか」


 うっすらと頬に紅を差す羽遊良の長台詞に、颯太は目を白黒させた。


 そして。


「右京院さん意外とスッゴい喋るんですね!……確かに、僕もお話を聞いていたら、思う所があります。じゃ、じゃあ……ありがたく頂いてもいいですか?」

「敬語は止めろ。鬱陶しい……手を出せ」


 颯太は羽遊良に目を白黒させつつも、おずおずと両手を差し出した。

 羽遊良の瞳に、ほんの僅かに喜色が浮かび、消えた。


(こっちの方が小芝居なんだけど……こんなに喋る右京なんて初めてだ)


 席に座り、机に頬杖をついて見ていた呆れ顔の和樹。


 そして、その流れを見ていたクラスメイト達は。

 ワイワイきゃあきゃあと騒ぐ者達、ブツブツと呟く者達、様々であった。

 

 くぅ……!い、いや!この流れなら明日もチャンス!

 ああ、手作り弁当食いたかっ…デカお握り、うっま!

 颯×和×羽!颯×和×羽!

 右京院さんって!右京院さんって……!

 

 と、そこに。


 ぽこん。


 和樹のスマホが鳴った。

 画面を確認した和樹が、颯太に声を掛けた。


「颯太。蘭姉ぇが今演劇部を出るらしい。早く向かった方がいいかも」

「ありがとう!じゃあ、僕もう行くね。右京院さん、このお礼は必ず!」


 そう言って自分に頭を下げる颯太に、羽遊良は。


「鬱陶しい、気にするな。弁当箱と箸は返せ。特別な洗剤を使っている」

「あ、うん!わかった!ありがとう!」


 颯太は二つの弁当を大事そうに抱えて教室を出ていく。





「……夜乃院。なんだ、その目」


 呆れ顔で羽遊良を見ていた和樹。

 すぐに視線を落とし、再度弁当の用意をし始める。


「……手、ガッツポーズにも見えるよ」

「?!……これは、貴様の胸倉を掴む為だ」

「訳のわからないことを……」


 羽遊良の手が和樹の胸元へと向かい、ぺしり、と和樹に払い落とされる。


「まあ、驚いたよ。まさか右京が、ね。あの弁当って本当に作り間違い?」

「五月蠅い。今日は自分の夕食にならずに済んだ」


 その言葉に、和樹は首を傾げた。

 

 今日は、夕食にならずに済んだ……?


 そして。


 和樹はまさか、と。

 とある仮説に辿り着いた。


「……毎日弁当二つ作って、昼に食べなかった分は夜食べる。まさか、それ……」

「そんな訳あるか。戯け。痴れ者。その口を閉じろ。颯太様に失礼」


 和樹は、手に持ったマグボトルを落としそうになった。

 羽遊良は、ばっ!と口を押さえる。


「おい!今なんて……颯太様?!」

「感違いするな。そ、青空がラノベ好きと聞いて、合わせてやっている。戯れ。世話を焼き、主人公を追い求める、という設定は面白い。そもそも、ラノベとは……」


(右京、ツン……ヤン?デレ系でも読んだのか?……もう、颯太……!)


 聞かれてもいないことまで話し始めた羽遊良に、和樹は溜息をついた。


「……自分から聞いておいてなんだ。私は暇ではない、戯け」


 そんな和樹をジト目で見た羽遊良は、教室を出ていった。


(颯太……僕までラノベ世界に引き込まれそうだよ……)


 和樹は、ふう、と溜息をつき、思わず天井を見上げたのだった。





 一方、颯太は蘭と弁当を食べ終わった後。

 危機に見舞われていた。


 綾乃の入れ知恵で、細切れに折れたポッキーを咥え、口を突き出す蘭。


 かたや、離れたベンチで黒い麩菓子ふがしを咥え、顔を赤らめて目を瞑る那佳。

 そしてその隣でちくわを咥えて、同じように唇を突き出している笹の葉。


 颯太は、大混乱に陥っていた。


(皇城先輩、これはひどすぎますよ?!それに、遠鳴さんの付き人さん達はギャグなんですか?!ちくわと麩菓子?!絶対ここ、異世界でしょ!)


 そんな状況で一人、ラノベ空間に立ちすくんでいたのだった。





 【オ・マ・ケ】




 その夜、自室にて羽遊良は。


 颯太から返してもらった弁当箱と箸。

 傍らには、ライトノベル。

 スマホのイヤホンから流れてくる、『じゃあ、僕もう行くね』のリフレイン。


 それらを並べ、布団にくるまって大収穫祭お豆ぐりぐりを行っていた。


(また、そんなことを言って!は、早く……早く来て!颯太様、意地が悪い!早くしないとまた……私ばかりが……!)


 布団の上で颯太の使った箸を舐め、その声に身悶える羽遊良はいつもより盛大に自分の身体を弄り、盛り上がっている。


(早く……!早く来て!もう駄目!早く、早く早く早く早く!私、駄目!)


 羽遊良は箸を取り落とし、まるで颯太にそうされているように口を塞ぐ。

 そして、段々と早くなる自らの動きに、また大きく身を震わせて。

 

「……んううぅーーーーー!!」


 手を当てた口からくぐもった声が漏れ、羽遊良は腿を固く閉じて、震えた。

 想像を遥かに超えた快感に、目尻から涙が零れ落ちる。


 羽遊良は、スマホの颯太の声を切り替えた。


『もう……ダメだよ?』

「うう……ごめん、なしゃい」


 謝罪をした羽遊良の身体が、行為の余韻と新たな火種の気配に、びくん、となる。


 羽遊良が、スマホのボイスレコーダーで拾った今日の颯太の声。

 まるで颯太を置いて駆け上がるように達してしまった羽遊良を、優しく諭しているようなシチュエーションを思い描いている。



 そう。


 羽遊良はラノベの世界にドハマりしていた。


 自分は、クラスメイトを一心に思うツンデレ、という設定をしている。

 ちなみに、読んだラノベはR15であったりする。


 颯太とどうこうする以前に、見知らぬ世界と状況に酔いしれてしまった羽遊良。

 だが、思った以上に自分がラノベのキャラのようになっている事に気付かない。


 そしてその後も何度か同じ事を繰り返し、満足した羽遊良は丸まりつつ呟いた。


「滅茶苦茶気持ちがよかった……。また、新たな声とを手に入れる」


 そう思った羽遊良は、満足そうに眼を閉じた。

 





「あ、あれ?なんか寒気が……?」


 そう言って身を震わす颯太がいる事も知らずに。

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