第3話 エアポケット




 フォルのにわかファンが第三校に押し寄せるようになって数日。正門前に陣取るファンの数は、日に日に増している。


 また、第三校が山の中に位置するのも良くなかったのだろう。警備の目が届きにくい山方面から第三校に侵入するマナー違反者も散見されるようになっていた。


 もともと一般人が敷地に入ることを規制していなかった第三校だ。侵入者自体は、さほど大きな問題ではない。だが、山中に入った一般人たちが滑落したり、魔獣に襲われたりする可能性があることの方が問題だった。


 結果として警備はより厳重になり、課外活動課を通じて学生に警備の依頼が行なわれる事態となっている。ファンの人々の行動が、少しずつ、第三校の在り方にも影響を及ぼし始めていた。


 そうして迎える、週末。来週にゴールデンウィークを控えたその日、シアは友人たちと共に3カフェを訪れていた。


「うっ……。今日も今日とて混んでるね」


 人でごった返す3カフェ店内を見渡して顔をしかめているのは羽鳥はねとりだ。去年からシアとクラスを同じくしており、天と一緒になってシアに様々な“知恵”を授ける悪友でもある。


 天より少し背が高い位で、一般的には小さいとされる背丈の羽鳥。背伸びをして可能な限り視線を高くし、空いている席――ではなく、空きそうな席を探す。


「この時期になると、1年生もどこの食堂がお気に入りって決まり始めるよね~。とりあえず席確保してから注文しよっか」


 羽鳥に続いて席を探し始めるのは佐藤さとう真紀まきという女子学生だ。明るい金色に染められた髪色の彼女とシアは、名前の順で前後の席となる。何度か授業でグループワークをする中で、昼食を共にする関係となっていた。


「そうですね、佐藤さん。どこかいい場所は……」


 2人の友人と共に席を探すシア。もうすぐ入学式から1か月が経つ。早くも学生たちは“天人が居る生活”に慣れ始め、シアに好奇の目を向けてくるようなことも少なくなっていた。


(言われてみれば去年も、この時期くらいから話しかけられなくなりましたね……)


 去年のこの時期はまだ優と出会っておらず、人付き合いを避けていたシアだ。物珍しさから声を掛けられることが無くなり、教室で1人黙々とお弁当を食べていた。自身の黒歴史を思い出して、つい苦笑をこぼしてしまう。


(……ふふっ! ですが天ちゃんだけは違いましたね)


 啓示の力に巻き込みたく無くて、同級生たちと淡泊な付き合いをしていたシア。だが、どれだけ突き放しても天だけは、何かとシアに話しかけ、気にかけてくれた。そうした何気ない気遣いを常日頃から感じていたからこそ、自分は最初、天にこそ運命を感じたのかもしれない。


 気もそぞろに、シアが去年の今頃の自分を振り返っていた時だ。


「んお~? シアちゃん、シアちゃん。あそこ……テラス席にいる子って……」


 羽鳥がシアの服の裾を引き、テラス席を指さす。


 もうすぐ5月で過ごしやすい気温となり、一層の人気を誇る3カフェのテラス席。今日も女子学生たちを中心に楽しそうにお昼ご飯を食べている。しかし、1か所――羽鳥が指さしたその席だけは、エアポケットのように人が居ない。


 その理由は、そこに唯一座っている人物が“第三校に厄介事を持って来る女子学生”だからだろう。


「アレは……フォルさん!」


 天人フォル。ここ数日、シアが探してもなかなか見つからなかった天人の友人の姿が、そこにあった。


 カフェオレをお供に小さな口で懸命にベーグルサンドを頬張っているフォル。相変わらず、きれいな顔に表情は無く、内心を読み解くことはできない。


 ただ、周りの人々が笑顔を浮かべているからこそ一層、フォルが孤独に、寂しそうに昼食をとっているようにシアには見えた。


「――リリちゃんさん、佐藤さん、すみません! ちょっと行ってきてもいいでしょうか!?」


 キュッと眉を逆立てて、友人のもとへ向かうと宣言するシア。居ても立っても居られなくなったのは、フォルの姿が去年の自分と重なって見えたからだ。


「あ~、うん、了解。頑張ってきてね、シアちゃん」

「りょー。あたしらはあたしらで、席とっとくね。いらんかったら後で連絡ヨロ~」


 理解の速い友人2人にお礼を言って、シアはフォルが待つ(?)バルコニー席へと速足で向かった。




「フォルさん?」


 シアが声をかけると、揺れる白髪と共に赤い瞳がシアに向けられる。


「ちゅぱっ……。シアちゃん。久しぶり」


 ストローから口を離したフォルがぺこりとシアに挨拶をした。


「あ、はい、お久しぶりです。ご一緒しても?」

「ううん。私、もう食べ終わったから。席譲るね?」


 言いながら食べかけのベーグルサンドの乗ったお盆を手に、席を立とうとするフォル。一目でわかる嘘をつく友人を、シアはすかさず引き留めた。


「あ、待ってください! 私と一緒にお昼ご飯、食べましょう!」


 鼻息荒く言うシアを、パチパチと赤い瞳で見つめるフォル。だが、少しして再び席に座り直すと、


「……良いの? 私と一緒にいるとシアちゃんも嫌われる、と思う」


 平坦な口調ながらもわずかに不安を覗かせて、シアを見上げてくる。


 そんなフォルの言葉に、思わず眉尻を下げてしまうシア。なぜならフォルは今「シアちゃん“も”嫌われる」と言ったのだ。


(つまりもう既にフォルさんはクラスで浮いてしまっているんですね……)


 クラスも学年も違うため、実際に周囲がフォルをどう思っているのかは分からない。だが少なくともフォル自身は、自分が嫌われている・周囲から浮いていると思っているらしい。


(理由はやはり、ファンの方々……ですよね)


 秩序を愛し混沌を嫌うシア。彼女にとっては不思議なことなのだが、誰かが問題行動を起こした時、人は当人だけでなくその背後にいる人物を攻撃することがある。


 今回で言えばフォルとファンの関係だろう。


 ここ最近、問題行動を起こしているのは行き過ぎたファン達だ。ただ、問題が数件立て続けに起きた頃からだろうか。なぜか「フォルのせいで問題が起きている」という声が、シアの耳にも届くようになっていた。


 ――フォルが居るから、ヤバいファンがこの学校にやって来ている。


 ――フォルが周囲への迷惑を考えずに歌って踊ったせいで、頭のおかしなファンが生まれてしまった。


 といった具合だ。


 これが例えば子供の問題行動に対して親の責任を問うといった内容なら、シアもまだ理解できる。だが、問題行動を起こした人々は皆、いい年をした大人だ。分別があり、自分の行動に責任を持っているはずの人々なのだ。


(なのに……っ!)


 不安そうに見上げてくるフォルを前に、拳をぎゅっと握るシア。


『ごめん! 今日は別の子と約束してて……』

『シアちゃん……。ううん、シアさん、ごめんね。でも……』


 中学1年の夏、他の女子生徒が好きだった男子生徒に告白されたシア。その翌週から実際に体験した“変化”が、否が応でもシアの脳裏によみがえる。


 学生たちも大人だ。小学校、中学校の時のように攻撃的な行動――いわゆるいじめ――に発展しているような様子は今のところないらしい。


 それでも「触らぬ神に祟りなし」とはよく言ったものだ。無視するわけではないが、それとなく距離を置かれてしまっているのがフォルを取り巻く現状だろう。


「シアちゃんは優しい、から。私に気を遣ってくれてるんだよね? でも、私は大丈夫。慣れてるから」

「――っ!」


 自分は大丈夫、など。本当に大丈夫な人が言う台詞ではないことを、シアは痛いほど知っている。


(だってその言葉を言うような場面なんて、本当に大丈夫な人には無いはずですから!)


 自身もかつて同じ言葉で自分を慰めていたシア。自分は天人なのだから、と。強くて、格好良くて、きれいであろうとし続けた。だが結局は優に迷惑をかけ、殺しかけた。強くあろうと意地になったせいで、春野を殺してしまった。


 今もシアの胸にくすぶる後悔を、かつて自分も経験している痛みと寂しさを、フォルには感じて欲しくない。


 だったら、と、シアは勢いよくフォルの真正面の席に腰を下ろす。


「ふふん……大丈夫です! 私もひとりぼっちには慣れてますので!」


 言いながら空いている席に鞄を置いて、「ご飯を食べるまで動きません!」と態度で示す。


 他人フォルを救う・助けるなどという傲慢、自分はできないだろうとシアは思っている。それでも、自分がかつて――ひょっとすると今も――優にそうしてもらったように、ちょっとした言葉でフッと気持ちが楽になることもあるのだ。


『シアさんは、どうしたいですか?』


 世間体でも一般論でもなく、シアの本心を聞いてきた優の言葉。恋する乙女の補正がかかってかなり美化されているが、今でもシアを支えてくれている大切な言葉だ。


 優と同じように、自分も誰かの力になりたい。いや、大切な友人が困っているのだ。シアとしてはぜひとも支えになってあげたいと思う。


(フォルさん、私に迷惑がかかるから、と言ってました……よね?)


 どうやらフォルはシアに気を遣って同席を嫌がったらしい。だが、今こうして座り直してくれているということは、自分と食事をすること自体は嫌がっていないのではないか。そうシアは自分に都合よく解釈することにする。


「そんなことより、ですよ! この前のライブ、すごかったです! びっくりしちゃいました!」

「うん、私からも見えてた。シアが楽しんでくれて、嬉しかった」

「あ、やっぱりそうですか!? 何度も目、合いましたもんね!」


 プリペイド機能も付いた学生証を取り出しながら、話題を振るシア。気にしていない風を前面に出して、少しでもフォルが感じている引け目を取り払いたい。ついでに、今もなおまぶたに焼き付いて離れない衝撃的なフォルのライブの興奮を、本人に届けたいとも思う。


「1曲目、フォルさんが登場した時は雰囲気が違ってびっくりしちゃいました! 挨拶の曲でしたよね、自己紹介の時のファンの皆さんの声……こーれす? もピッタリそろってて――」


 本来であれば、シアはなぜフォルがライブで権能を使っていたのかを聞き出すべきなのだろう。


 ただ、フォルに元気になって欲しい一心のシアに、打算などできるはずもない。フォルが逃げないように見張りながら昼食を買い、羽鳥達には経緯を省いて一緒できないと詫びを入れれば準備完了だ。


 席に戻ったシアは、自分の推しでもあるフォルについて、熱く饒舌に語る。


 物語を嗜むシアにとって、自身の考えや感情、感動を言語化するのはお手の物だ。ましてや大好きな事柄について話す時、人は否応なく饒舌になる。


(だって私はフォルさんを一番最初に好きなった、ファン第1号ですから!)


 天界に居た頃から知っているのだ。この地位だけは誰にも譲らないという自負と共に、フォルの歌と踊りがどれだけすごかったのかを語るシア。


 当然、お昼の時間だけで済むはずもなく、放課後は自室にフォルを呼んで消灯時間まで語り明かす。


 人によってはありがた迷惑と感じる行動だ。シアも眠る前になってようやく、自身が厄介オタクになってしまっていたことに気付く。


 それでも、シアに後悔はない。


(だってフォルさん、笑ってくれていましたから! ……愛想笑いの可能性も、ありますが!)


 少なくともフォルに邪険にされるまでは、今のアプローチを続けよう。そう心に刻むシア。


 だが、彼女の決意も虚しく、フォルを取り巻く環境はさらに悪化していく――。



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