第17話
何とか情報を聞き出した所によると、どうやらリーダーであるトリスは別行動しているらしい。
一緒にいるのは回復役の僧侶だということ。
聞くだけ聞いて、やはり思うところがあったのかザクロは戦士風の男を一発殴った。
先程ヴァンに話していたことはなんだったのか、と思ったイオだったが、二人の師に教えてもらった人の心は複雑怪奇であるという教えのことを改めて思い出し、何も言わなかった。
躊躇いや容赦の無さこそイオに劣るものの、ザクロは一度も飼い主たるイオにお伺いを立てることなく元仲間を殴ったのだ。
きっとイオが止めていたとしても、そして、あとで躾が待っていたとしてもきっと彼はその拳を収めることはなかったはずである。
まさに満身創痍、というよりも魔法使いの方は虫の息だったが、そんな二人を放置した。
念の為回復用のポーションなど所持していないかくまなく調べて、没収しておいた。
痛み止めの薬草すらイオは情け容赦なく巻き上げた。
聞き出した情報によると、ザクロの元仲間であり、現パーティのリーダーでもあるトリスは先に最上階で待っているらしい。
どうやら、先程の二人がザクロを含めたほかの参加者達を倒すことを信じていたようだ。
それは、イオのことを舐め腐っていたなによりの証拠であった。
ザクロがコロシアムから出てきた経緯、そしてイオが示したニュース。
さらにコロシアムの公式サイトに投稿されている、ザクロとイオの対戦動画を見て、舐めたのだろうと思われる。
動画や、実際生中継を見ていた人間ですらイオとザクロはほぼほぼ同格の強さで、殴りあっていたように見えたのだから。
トリス達がそれを確認していたとすると、もしかしたら、都合よくイオがザクロに苦戦していたように見えていたかもしれない。
と、なれば二年前ですらザクロの実力を見誤り、親戚一同という数の暴力を使って嵌めたトリスが、戦士風の男と援護役の魔法使いで十分どころか、余裕で倒せると考えた可能性がある。
現実は見ての通りだが。
「あちこちに死体があるけど、さて、あといったいどれくらい生き残ってるやら」
イオが歩きながら呟いた。
「イオさん、もういっその事最上階に行って奴隷王の元仲間を先に倒して、残りのパーティが来るの待った方がいいんじゃ?」
「まぁ、たしかにパーティ同士で潰しあってるし。
歩き回ってエンカウント待つより、もうここまで来たらそっちのほうが効率いいか」
イオもヴァンの提案に頷く。
効率云々と言っているが、正直なところ歩くことに飽きた風であった。
そこから三人は最上階へと歩を進めた。
何度か待ち伏せやら、たまたま鉢合わせしたが故の遭遇戦となったが、そこからの戦闘は九割がたイオが殴り飛ばし、残りの一割をザクロが処理する流れ作業となっていった。
ヴァンはずっと実況していたが、この階段を登れば最上階、という場所まで来て、こんなことを言い出した。
「掲示板を見ている人達からの安価で、奴隷王がボスを倒して欲しい、ということなんですけど良いかな?」
「あんかー? ってなんだ?」
聞きなれない言葉に、ザクロが首を傾げて訊ねる。
ヴァンは、自分の携帯端末の画面を見せながら、言葉の説明をした。
イオもその画面を覗き込む、そして、首を傾げた。
「この各書き込みしている人達の前に番号がついているの、わかるかな?
この番号、スレッド番号って言うんだけれど、奴隷王にして欲しいお題を募集して、指定されたスレッド番号に書き込まれたものを実行するという、まぁお遊びというか」
「なるほど、ようするに俺にして欲しいお題がトリスとの直接対決だと」
「はい。イオさんが強いのはわかったし、正直イオさんの無双に飽きてきたから、そろそろ奴隷王の活躍が見たい、というのがこの実況掲示板をROMってる人達の総意というか」
「ロム?」
またも聞きなれない単語が出てきて、ザクロが不思議そうな顔をするが、そっちの説明は無かった。
「俺がなるべく関わりたくないな、と考えてるのは無視されるわけか」
ザクロもただ呟いただけだったようで、とくに説明がなくても気にしていないようである。
「はい。安価は絶対なので」
ヴァンがにこやかに返した。
そんな訳で、最上階に着いたら先行が入れ替わることになった。
「うーん、ヴァンさんのこと守れるか自信ないなぁ」
本音なのか謙遜なのか卑屈なのか、よくわからない言葉をイオは呟いた。
「とりあえず近づいてきたら今まで見たいに殴り飛ばしておけばいいだろ」
ザクロにもしっかりと聞こえていたらしく、そう言われてしまう。
「ま、それもそっか」
そして、イオは単純なのでそのまま受け取ってしまう。
そうして、会談を上り最上階へとたどり着く。
雰囲気はほかの、展望台といったところだ。
広い通路があり、側面にはガラスが嵌め込まれいてとても見晴らしが良い。
外の景色をそれなりに楽しみながら通路を進んで行くと、やがてコテコテとした装飾が施された
そして、その扉を背もたれに暇そうにしているザクロの元仲間二名。
ザクロがゆっくりと、剣を鞘から抜いて歩いていく。
ある程度のところで、イオとヴァンは立ち止まって成り行きを見守ることにする。
「そう言えば、不思議だったんですよ」
イオがヴァンにそう話しかけるのと、ザクロの存在に気づいたトリス達が驚きの表情を浮かべるのは同時だった。
「ちょうどいいんで今聞いてもいいですか?」
ザクロとトリスの戦闘が始まる。
ヴァンはそれを見ながら、携帯端末の画面に文字を打ち込んでいく。
しかし、ちゃんとイオに返してくれた。
「何をかな?」
「なんで、ここまで俺たちに協力してくれたんですか?
いや、違う、か。
なんで、ヴァンさんはわざわざここまで着いてきたんですか?
実況のため?
なるほど、たしかに理由としては最もですけど、それならザクロはともかく俺だって携帯端末を持ってるし、リアタイの実況は出来なくても、合間合間に報告として掲示板に書き込むことくらい出来ました。
なにより、一番不思議なのはたかが犯罪奴隷と外国からきた子供に肩入れして、こんな命の危険がある場所までくっついてきたことなんですよ。
いくら冤罪かもしれないとしても、犯罪奴隷にここまで肩入れしますか?
出会ってせいぜい数時間の外国人の子どもに、特権階級、ここではスラングとして上級国民と呼ばれてる一族出身の男の罪を暴く為とはいえ、今回みたいな協力を持ちかけるなんてそもそもおかしいんですよ。
ヴァンさん、改めて問います。
なんで、ここまで着いてきたんですか?
そして、なんで嘘をついたんですか?」
「……嘘?」
ヴァンが反応したのは、イオの最後の言葉にだけだった。
それ以外には、答える気が無いようである。
「さっき、貴方がザクロに見せた掲示板。
あれはたしかに今までここの事を実況してきた掲示板でした。
でも、安価なんてそもそもやってないですよね?
ザクロはそもそも掲示板を利用したことすら無かったから、見方、この場合は読み方が分からなかったんでしょう。
だから、気づかなかった。
ザクロは、ヴァンさん、貴方の嘘に気づかなかった」
「…………」
「勘違いしないで欲しいのは、俺は貴方を責めてるんじゃないです。
ただ、不思議なんです。
そして、その不思議の答えを貴方から聞きたいなと考えているからなんです。
それと、子供を利用する大人はどこにでもいますから。
善意の仮面を被って他者を利用しようとする輩は、人生経験豊富な大人が多いですし。
」
「その口振りからするに、イオさん、全部わかってるでしょ」
「想像でいいなら話しますよ。
……復讐、ですよね。
この予選へ参加する俺たちを利用した、これは
そりゃ、貴方からすれば最愛の妹でありアーサーさんからすれば婚約者であった女性と、新しく生まれてくるはずだった命、その二つを理不尽な理由によって奪われたんですから、殺したくもなりますよね。
でも、正攻法じゃ上級国民は殺せない。逆に握りつぶされる。
権力という、別次元の実力を持つ存在へ復讐するにはどうするか、もしかしたら貴方達はずっと考えていたのかもしれないですね。
だから、絡め手である今回のやり方を考え出した。
せめて空想の中でもいいから、犯人をぶっ殺したいと妄想していたりしたんじゃないですか?」
「…………」
実況を打ち込んでいた、ヴァンの手が止まる。
「闘技大会の予選は、おそらく何もかもがちょうど良かったんじゃないですか?
だって、合法的人を殺すことの出来る、頭のおかしい大会ですから。
運が良ければ俺かザクロがあの元仲間達を手にかけるでしょうし、もし半殺しで終わったとしてもダンジョンを出れば待ってるのは社会的な制裁。
結果として、アーサーさんとヴァンさんは自分の手を汚すことなく精神的にも肉体的にも、妹さんを殺した犯人とそのお仲間を殺すことができるって寸法です。
たとえ今回の件が失敗しても、その責任を取るのはコロシアムのことで有名になった俺です。
外からきたイキった子供が痛い目を見た。
そして、消える。ただそれだけです。
さて、穴だらけで推理でもなんでもない、絵空事ですが、掠ってたりします?」
「あはは!」
唐突に、ヴァンは顔を両手で覆って笑い始めた。
ただ、少しだけ鼻声であった。
「うん、大当たりだよ。
でも、イオさん凄いね。いつの間にそこまで調べたの?
時間なんてあった?」
「調べ方はコツを知ってるので、ただ俺今朝言いましたよね?
おかげで寝不足なんです」
つまり、一晩で調べあげたのだ。
と、イオが少しだけイタズラっ子のような顔をしていまだ両手で顔を隠しているヴァンへ試すように言った。
「ところで、このやり取り
そこで、ヴァンが気づいた。
気づいてしまった。
イオは携帯端末を所持している。
そして、この帝国にも掲示板があることに驚き、そして喜んでいた。
つまり、イオは掲示板の使い方を知っていたのだ。
そして、利用するだけなら匿名性があるということも、きっとよく知っていた。
特定厨というコテハンを使用していたアーサーよりも先に、ヴァンの妹であり彼の婚約者の情報を打ち込んだ存在がいた。
アーサーもヴァンも、その辺は出来ることなら書き込むことを避けたかった。
でも、他人であり画面の向こうの人間はその辺を気にせずズカズカと踏み込んで情報をばら蒔いてしまった。
それをした者のコテハンは、【旅人】。
画面の向こうの人が、どうして目の前にいないと言えるだろう。
そう、つまりは、そういう事なのだ。
結果的には、それでよかったのだろう。
何故ならコテハン【旅人】が行ったことは、二年前ヴァンにもアーサーにも出来なかったことなのだから。
そして、その情報は他の他人へと共有され、
「あ、決着つきますよ!」
イオは、ヴァンの返答を待たず、少しだけ明るい声でザクロとトリスの方を指さした。
回復役だった僧侶は既に体力、気力、魔力と尽きていていつの間にか床へ倒れて荒く息を吐いている。
ザクロの剣が閃く。
次の瞬間には、トリスの片目が潰れ、肩から先が切り落とされて血飛沫を上げていた。
トリスの悲鳴が響く。
それを視認した僧侶の悲痛な叫びも響く。
それらを見たヴァンが、憑き物が落ちたようなサッパリとした笑顔で呟いた。
「汚ねぇ声、ざまぁみろ」
「アハハ、ヴァンさんって性格真っ黒ですね。
邪悪呼ばわりしてたアーサーさんのこと言えないですよ」
とくに引くことも怯むこともなく、イオが明るく言った。
「さて、それじゃ言質とりましょうか」
イオが携帯端末を見せながら、今だ泣き叫び続けるザクロの元仲間達に近づいていく。
そして、イオはザクロの肩をぽんぽんと叩いて声をかけた。
「お疲れ様。ザクロ、そこの僧侶さん取り押さえて」
「は?」
戸惑いながら、しかしザクロは飼い主の指示に従う。
それから、イオはこのままではまず間違いなく失血死するだろうトリスへと近づいて、落ちていた腕を近づけて背負っていたバックパックから上等な回復薬を取り出して、彼へとぶちまけた。
みるみるうちに、腕がくっついていく。
トリスの悲鳴もおさまる。
かと思いきや、イオはトリスを右足で踏んづけた。
「がっ! なにを?!」
呻いて言葉を発するトリスに、イオは言った。
「はい、それじゃそこの僧侶さんに質問です。
貴族のどら息子、こいつはザクロの母親を殺したよな?」
「なんの」
トリスが非難めいた声を上げる。
その顔を、イオが蹴りつけた。
「お前には聞いてない」
冷たいイオの声。
ザクロに拘束されている僧侶の少女は、訳が分からず顔を真っ青にしてブンブンと顔を横に振った。
「し、知らない、わたし、知らない!!」
「そうか、じゃあ質問を変えましょう。
貴方達は、その事件で捕まったザクロの金を山分けした。
違う?」
「そ、それは、だって、トリスが!!」
「あ、なるほど、そうだったそうだった。全部リーダーであるトリスさんの指示で行った。
そういう事ですね? 欠片も自分たちには非がない、と?」
「…………っ! このクソアマ!!
あとで覚えてろ!!」
トリスが僧侶を罵倒する。
「じゃ、責任とらないとですね」
実にいい笑顔でイオは言って、このダンジョン挑戦中に拾った暗殺者のナイフを取り出すと、トリスに馬乗りになってその腕を掴んで僧侶へとまるで見せびらかすようにヒラヒラさせる。
「人のものを盗むのだって犯罪ですよ。
はい、スパンっ!」
ほとんど音はしなかった。
しかし、次にはトリスの指が呆気なく落ちた。
「うわ、切れ味良すぎ。これじゃ尋問にならないや」
遅れてやってきた痛みと、イオの奇行にトリスが暴れ出すがその体は不思議なほどビクともしない。
「やめ、やめろ!
やめろやめろやめろ!!!!」
「やめて欲しいですか。なら本当のことを言ってください。
貴方はザクロの母親を殺しましたか?」
沈黙。
仕方ないので、そこからはゆっくりと痛めつける方向へやり方を変える。
それでも、トリスは口を割らなかった。
それどころか。
「俺じゃない! 殺したのはあの僧侶だ!!」
「おや、意外と口が硬い。
なら、僧侶さん、次は貴方の番です」
「え?」
「だって、主犯が自供しないんですもん。
んで、その主犯が貴方が殺したって言うんですもん。
ザクロの貯金もとってますし、両手首を落とすだけで済みますから」
「え、え??
違う、私じゃ、ない!!」
「あ、じゃあ交換条件です。
誰がザクロの母親を殺したのか、そしてザクロのお金を懐に入れたのは誰なのか、正直に言ったら貴方の手首を落とさないであげても良いですよ」
こういった尋問に慣れていないであろう少女は、呆気なく陥落した。
そこからはまさにトントン拍子で話が進んでいった。
どうやらトリス達が最後の相手だったらしく、死ぬか戦闘不能として他のパーティは処理され、結果的にイオをリーダーとするパーティ【もふもふ団】が攻略成功ということになった。
ちなみに、尋問のあと心をぶち折られたトリス達は戦闘不能と解釈された。
どこからともなくファンファーレが鳴り響き、扉がゆっくりと開いた。
中に入ると、ここのダンジョンのダンジョンマスターが流れ作業よろしく予選としての攻略の証であるメダルをくれた。
メダル入れはもっているかと訊かれ、イオが無いと答えると専用のメダル入れを渡してくれた。
そして、攻略者用の出口を指し示して、そちらから出るように言われる。
言葉に従って歩き出すと、
「よーし、じゃ、次のパーティが待ってるからチャチャッと掃除おわらせるぞー」
そんな、ダンジョンマスターがのんびりと号令が聞こえてきた。
おそらく清掃員用の通路と出入口もあるのだろう。
イオは、どこからともなく清掃員が現れてダンジョンの様々な階層に散っていく様子を思い浮かべてしまった。
なんだかおかしくて、一人笑っているとザクロが声をかけてきた。
「お前、楽しそうだな」
「まぁ、暴れ足りないんでちょっと不満だけど。
そこそこ楽しかったからね」
「あんだけえげつない拷問しておいてよく言うな」
そう喋る二人の背中を見ながら、少し遅れてヴァンが着いていく。
その表情は、やはりどこかサッパリとしていたのであった。
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