きのこ帝国の密偵

青木桃子

1話 少年はきのこ帝国の密偵

「朝よ! 起きて~遅刻するわよ!」


 ギリギリまで寝ている主人公の小学五年生の長男・コナラを母が叩き起こす。小二の次男・クヌギと違ってマイペースな小五の息子。いつも朝は一分一秒を争う。


「さあ、あと十五分で食べちゃって」


 父は会社員、すでに出勤している。母の佐藤有希子さとうゆきこは週五でパートをしているが、食べ盛りの子ども達のために朝はバランスの取れた献立を心掛けている。

 食パン、レタス、ベランダ自家栽培プチトマト、クラムチャウダー、椎茸入りのスクランブルエッグが今日の朝食だ。


 次男のクヌギは朝食をペロッと平らげ野菜ジュースを飲んでいる。すると長男のコナラが神妙な顔つきで話す。


「母さん、ダメだよ……。オレは今日、卵炒め食べられない」

「どうして? コナラさんは卵料理は好きでしょう?」

「違う、だって……椎茸」

「椎茸? それは――」

「話がある。母さんには言わなかったけど、実はオレ、きのこ帝国の密偵なんだ」

「密偵?」

「……ああ、実はここ一週間、帝であるポルチーニさまに依頼されて密かに調査しているんだ」

「!」

 インスタントコーヒーをマグカップに入れ、お湯を注ぐ母・有希子の手が止まる。

「それは、大変ね。ぜひ聞かせてちょうだい!」


 ――きのこ帝国は現在、三大勢力の中で覇権争いが繰り広げられている。ポルチーニ家、マツタケ家、トリュフ家がある。帝がしょくされると、次帝が選ばれる。現在はポルチーニ家から帝が選出された。


「ほぅ――それで?」

 サッサと朝食をすませ、食後のコーヒー片手に椅子に座り、母・有希子は前のめりでコナラの話を聞く。


「現帝が命を狙われているんだ」

「そうなの? 犯人は誰なのかわかる?」

「兄ちゃんスゲー! 密偵マジか⁉」

「クヌギは少し黙ってて!」

 そう言って、有希子はクヌギにswitchを与え、口を挟ませないようにする。


「犯人はおそらく、帝側近そっきんのエリンギ……」

「その根拠は?」

「母さん。順を追って話すね。先週、校外学習で、きのこ狩りがあっただろ」

「知ってる。原木しいたけ貰ってきてから、夕飯は椎茸の肉詰めにしたわ」

「……その森で、逃走中の帝のポルチーニさまに出会ったんだ。しょくされそうになっていたからオレが助けた」


「でも前帝も食されるって言わなかった? それで次帝が選ばれるって……」

「それは正規ルートの、公式に食される場合だ。きのこ帝国の象徴が簡単に民衆に食されてるべきではない」

「ほぅ――なるほど」

「だから、助けてあげたんだ。すると、一年間、月一回、ポルチーニ茸を提供する代わりに犯人を捕らえてほしいと―。」


「本当に月一でポルチーニを⁉ それは旨い話ね。犯人……、犯菌……犯茸? 言い方がよく分からないから、とりあえず犯人にしておきましょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る