195 ポーレの結婚式⑤旅立つとき
「ああだんだん列車の用意ができそうね」
先に旅立つリューミンが時計を見て言う。
「え、もうそんな時間!」
「うわ、リューミンと次に会えるのいつかしら……」
テンダーは肩を落とす。
リューミンはその肩に手を伸ばし。
「いつだって貴女は私のところに来れるでしょう? お父様も貴女やセレをいつだって待ってるわ」
「私達は?」
そう言うヘリテージュ達には。
「貴女方が忙しすぎるのがいけないの! 罰として、いつかできる帝都直行の特急線に最初に乗ってもらうから!」
北西辺境領から帝都への直行線計画は未だ始まったばかりではある。
だがその様子を見に来る余裕くらいはあるだろう、というのがリューミンの笑みの中にはあった。
「直行か…… それは確かに興味深いよね」
エンジュは大きく頷く。
地方の変化は記事になる。
編集長の彼女にしてみれば、行く理由はその辺りに山ほどあるというものだった。
「そうね、直行便の件は夫も気にしていたし……」
国軍関係にとっても帝都と北西を結ぶ便ができるということは大切なことだった。
現在は未だ何も起こってはいないが、もし海の向こうの国との関係が難しくなった時、北西との行き来がしやすくなるに越したことはない。
それだけではない。
帝都、中央政府からすると貴重な北西辺境領自体が切り離された存在であることから解放されるのだ。
それも辺境領の提案と資金で!
北東は鉄道の代わりに元々平坦な地であったことから舗装道路が昔から発達している。
だが北西はそうではない。
それだけにこの話は大きなものなのだ。
もっともヘリテージュは夫からそれ以上深くは聞いていない。
そのようなことに活用されない様に、そしてできたならその区間を楽しむことができる様に祈るばかりだった。
やがて時間が近づき、皆で見送りに乗降場へと向かう。
「本当に、また来てね。待ってるから」
「伯母様いつも忙しそうだったから、今度は僕等の生活も見に来て」
甥姪達もそう言う。
なお今回は彼等の父親も同行するということだった。
「辺境伯は本当に大きな人だ…… 領主として見習うことが実に大きい……」
こんなところにもつながりが出来ていたのか、とテンダーが驚いた程である。
「それじゃ」
リューミンは友人一人一人に抱きつくと、列車に乗り込み個室へと入っていった。
*
そしてこの日のメインである南西への便もそろそろ出ることとなった。
「テンダー様何回ため息ついているんですか」
ポーレは呆れた様に言う。
この日の帽子は、ポーレ自身があらかじめ作っておいた、花嫁衣装と同じ花を飾ったものだった。
「……だってポーレが行ってしまうんだもの」
「子供ですか貴女は」
「そんなこと言ったって」
テンダーは軽くむくれる。
周囲の皆はテンダーがこんな顔するんだ、と今更の様に驚いた。
当のポーレと、その他一名を除き。
「ヒドゥンさん驚かないんですね?」
「そらまあ」
さらりとこの婚約者は言ってのける。
それは仕方がない。何だかんだと言って彼等はそれぞれの愚痴の吐き場所でもあったのだから。
「さすが婚約者様ですねー妬けますねー」
「何言ってるの奥様方。羨ましい?」
くすくす、と彼はやや胸を張ってみせる。
「あーもう。そういうとこなんですね全く」
「そうなんですよ。だから私も安心して行けるんですよ」
「おやポーレさん、俺のことそんなに評価してくれていた?」
「当然ですよ」
そのやりとりを当事者であるテンダーばかりは何だ何だという顔で眺めていた。
「まあ、テンダーもお姉ちゃんが結婚して出て行くのは寂しいんだね。仕方ないさ」
セレはざっくりそうまとめた。
すると。
「そうよ、だってポーレは私にとっての家族だったんだもの。小さな頃からの。頼りになって、甘えられて、しっかりして……」
そこまで言って堪えられずにテンダーはポーレにしがみついて泣き出した。
ポーレはちょい、と帽子の位置を直すとテンダーの頭をぽんぽんと叩き。
「別に二度と会えない訳じゃないんですから」
「それは分かってるけど!」
「お好きな料理やお菓子のレシピ、それにお茶を出すタイミングなどはちゃんと伝授しておきました。何ならノートも作っておいてきました。母のところに行けば同じものも作ってくれますよ」
「けどねえ……」
「手紙も書きますから」
ね、とポーレはテンダーをそっと離した。
時間が迫っているのだ。
*
やがて同様に南東組が列車に乗り込み――窓からぎりぎりまで別れを惜しみ――やがてゆっくりと、列車は動き出した。
「行ってしまったなあ」
ぽんぽん、と鳥打ち帽でヒドゥンはテンダーの肩を叩いた。
「愚痴なら聞くし」
「今日はいいわ」
「じゃ、そのうち」
テンダーは大きく頷いた。
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