191 ポーレの結婚式①衣装の空色の花

 発表会後、その様子を書いた記事が「友」や「画報」だけでなく新聞の文化欄にも掲載されたことで「テンダー嬢の工房」に注文が殺到した。


「うわ、さすがにこんなに来るとは思わなかった!」

「会場で観覧注文した方々にしてもちゃんと順番をつけておいて良かったですね」


 工房の皆で言い合う。


「いや本当。ポーレの花嫁衣装も同時に作っておいて良かったわ……」


 テンダーはしみじみと言った。

 そう、春夏物の注文への対応も何なのだが、旅立つポーレの結婚式が目前だったのだ。

 発表会でははらはらと舞う薄紅の木の花をモチーフにしたものだったが、ポーレが選んだのは空色の花だった。

 それも花束にする様なものではなく、地面に低く咲き乱れる類いのものだった。

 季節になると一面に空を映した色の可愛らしい花が植物園の一角に広がる。

 時々合間に生える白い綿毛の様な花と共に見ると時間を忘れてしまう、と前々からポーレは言っていた。

 のだが、さすがにそれを希望するとはテンダーも思わなかった。

 何故? と問うと。


「あの空色の花が好きだ、ってこともあるんですが」


 そう言いつつ、五弁の花の飾りパーツを一つ取り出す。


「これをどれだけ組み合わせて飾りにできるかな、と思いまして」

「そっちの問題?」

「いいじゃないですか。私にとっても最後の作品ってことですし」


 ああそうか、とテンダーは思う。

 ポーレはポーレでここでの小物作りには心血を注いでいたのだ。

 その集大成として、一つのパーツの組み合わせでどれだけ自身を上手く飾ることができるのかを試したいらしい。


「それにこの素材でしたら、向こうの気候なら少し作り替えればちょっとした夜会にも着られますから」

「取っておけばいいじゃない! また自分の娘にとか」

「何言ってるんですかテンダー様、その頃は今と全く違う花嫁衣装が流行っているに決まってるでしょう? そもそもご自分がそういう流れ作っておいて何ですか」


 そう言われるとテンダーはぐっと詰まった。


「私はこの衣装をどうにでもして着倒す予定ですから」


 そうですか、とテンダーは苦笑するしかなかった。

 そしてポーレが組みだしたヴェールの飾りも袖口や裾のそれも、これでもかとばかりに盛られていた。


「あ、そうか!」


 サミューリンやキリも納得の声を上げる。


「大きな花だと応用が利かないですからね!」


 サミューリンやキリも一応色々提案したのだ。

 柑橘系のイメージで、衣装は実の色、花は白い木のそれだとか。

 いっそ大輪の薔薇、いや夏の大輪のダーリヤ、と大きな花を持ってきたり。

 だがそこはポーレの方が一枚上手だった。

 彼女は仕事や買い出しの合間、もしくは結婚相手とのデートの際にちょいちょいと花を見に出かけていた。

 単純に好きだ、ということもあるだろうが、それ以上に何かしらのモチーフにするにはどんな花がいいだろう、と常に頭にあったのだという。

 それを聞いた後輩達は。


「……デートの時まで考えてたポーレさんには一生勝てる気がしない……」

「もしかして喫茶室に飾ってあった花とかも」


 当然、という顔をするポーレには誰も何も言えなかった。


「別に花でなくてもいいでしょう? 自然物は凄く綺麗なんだし。ほら、今回スカートに蝶をモチーフにしたものもあったでしょう?」

「いやポーレさんさすがに蝶が群がっているのは嫌ですよ」


 キリの言葉に皆で笑った。

 とは言え、後に後輩達が蝶をモチーフにしたスカーフやら、無地のスカーフを留めるブローチを大きな蝶のものにするなど、それはそれで彼女達に影響を与えはしたのだ。



 そしてそう日が経たないうちに、結婚式が行わることとなった。

 その模様がまた記事にされてしまったのは、誰のせいでもない――と、エンジュは後々肩を竦めて言ったものである。

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