173 発表会の準備⑥南東辺境領にて

 こっちよ、と駅のホームで懐かしい顔が手を振った。

 南東辺境領都ランミャンの中央駅、大陸横断鉄道の東の終着点にテンダーは降り立った。


「久しぶり、キリューテリャ!」

「ええ久しぶり! 貴女がこっちに来るのも久しぶり!」


 そう言って抱きついてくるキリューテリャは帝都で会う時には見ることのできない格好となっていた。


「直々に布を見に来るなんてやるじゃない」


 そう言って早速キリューテリャは常のお供と一緒にテンダーを市場へと連れて行く。


「帽子? 駄目駄目。そんなのじゃ市場では舐められるって」


 そう言ってキリューテリャはテンダーに大きな布をすっぽりとかぶせた。


「本当はその上着も着替えた方が汗にならなくていいと思うのだけど、それはまた後でね」


 分かってはいたが、やはり実際に来てみるとこちらと帝都の気候の違いに驚く。

 じっとしているだけでじっとりと汗ばんでくる。

 普段からっとした晴れの日が多い帝都とは大違いだ。


「貴女が昔、何かと肌が乾燥するって言ってた意味が分かるわ……」

「でしょう!」


 そんな軽口を叩きながら市場の中へとテンダーは進んで行く。


「広いのね」

「そりゃあね。誰でも安い場所代で店を出せるのが市場のいいところ」


 時期を決めて店を出す様な者も多いのだという。


「布はこっち。織りやら染め付けやら刺繍やら、色々あるけれど、今回は確か、染め付けの方で見たかったんだったわね」


 学生の時よりざっくばらんな口調で、キリューテリャはどんどんテンダーを進ませて行く。

 人々の声、遠くで聞こえる聞き慣れない音楽、鳥の声、香の匂い……

 なまりのある言葉で「見ていってくれ」「安いよ」「お似合いだ」と呼びかけてくる声。


「ぱっと目に入る柄ものが第一。それから小さな可愛い柄のものも」

「用途は?」

「スカート」

「なるほど、つまりこういう感じを帝都でも流行らせようっていうことね」


 キリューテリャは自身や侍女のそれを指す。


「さすがにこっちの様に巻きスカートという訳にはいかないから、腰にベルトはつけるけど。それでも私、こっちのそういう布はたっぷりしたスカートに良く合うと思うの」

「帝都も夏は暑い日もあるしね。制服はまだましだったけど、ドレスとなると大変だったなあ」


 言いつつも足は止まらない。

 ――と。

 テンダーはそれを止めた。


「何かあった?」


 そこ、と一つの雑多な古着を置いている店を指した。


「ここは古着屋よ、生地じゃないでしょ?」

「うーん、そうじゃなくて」


 テンダーは古着屋の屋台へと身体を進めて行く。


「これ。こんな感じの」


 濃い藍地に桃色のグラデーションが美しい花が描かれた巻きスカートが吊されていた。


「成る程! 『そういう感じ』ね」


 キリューテリャの理解は早かった。


「それと」


 小さな水玉や小花柄がやはり濃い色の地に浮き出ている様なものにテンダーは次々と手を伸ばす。


「こういう感じの布が色々ある程度の量欲しいし、――染め付けできる職人にお願いしたいの」


 キリューテリャは大きく頷いた。


「そして発表会の後には大量に必要になる訳ね」

「なる『かも』だけど」


 するとキリューテリャはテンダーの背中をぱん、と音がする程叩いた。


「何言ってるの! 必要にするのよ!」


 昔はこうではなかったけどなあ、とテンダーは思う。

 まあそれだけ時間は自分達の間で経過しているのだろう、とも。



「こちらは私のお仕えする一姫様」

「テンダー・ウッドマンズです。お初にお目にかかれて光栄です」


 市場巡りのあと、キリューテリャはテンダーを自分の主人である辺境伯の一姫のもとに連れていった。


「キリーのお友達の! 素敵な服を作る方ね! 私来年から帝都の学校に行きますの。きっとその時にはそちらで普段着を注文しますね!」

「あ、来年の春に新作発表会を致しますので、是非」


 そのようなやりとりや布の流通経路の話、南東の珍しい果物だのスパイスの効いた料理だのの堪能など、短くも濃い期間を過ごし、テンダーは南東を後にした。

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