170 発表会の準備③春から夏の服を秋冬に考える
日程と場所が決まったならば、何と言っても次は作る服の数と意匠だった。
それが決まらなくては材料の発注ができないし、並行している通常の仕事との割り振りも上手くいかない。
「どのくらいの時間使うの?」
この日テンダーは日程が決まった、場所はここだ、という話をヒドゥンと「123」でしていた。
「時間?」
「俺等の舞台は一幕三十分とかくらいで少し休憩が入って四幕五幕とかあるし」
「それは物語の流れとか、背景の転換のせいでは?」
「それもあるけど、観客が集中できる時間ってのがある」
その辺りのことを語り出すと、彼は普段のほわほわした口調よりやや厳しめなものになる。
「集中できる時間……」
テンダーはそこまで想像していなかったことに気付く。
何だかんだ言って彼女は舞台で見せることに関しては自分の無知さを思い知らさせる。
「確かに服を見るのは楽しいかもしれないけど、ただ見るだけでどれだけ退屈せずに済むと思う?」
彼はテンダーに想像を促す。
「……案内と見せるだけでは、駄目ということですか」
うん、と彼は大きく頷く。
「俺なら音楽をつける」
「音楽」
つ、と彼は喫茶室の一ヶ所を指さす。そこには大きな蓄音機が備え付けてある。
「あ、流れていたんですね」
テンダーは今更の様に気付く。
「うん、ずっと。いつもここではその日に合った音楽を会話の邪魔にならない様に流してる。たぶんここには今出てる交響楽の音盤が結構揃ってるんじゃないかな」
やがて曲が終わったのだろう。
従業員がそっと盤を取り替え、くるくると動力のハンドルを回していく。
「一組の客が居るだいたいの時間には同じ曲は繰り返さない様にな。場所によって音楽の使いどころは違うからなあ。舞台でも」
「ああ」
そう言えば。テンダーは思い出す。特にヒドゥンの出演する怪奇ものの場合、音楽の調子が急に変わることでびくっとしたこともあった。
「見ているだけだと退屈になってきたお客も、音楽がいい感じで鳴っていると、まあとりあえずはお茶を呑もうって感じになるしな」
「だけど音楽は私詳しくないんですが」
「まあそこはうちの音響と相談してみな。見返りは多少なりと必要だとは思うけど」
私用ではないのならば、そこは対価が必要なのだ。
前に北西に向かった時の医師や化粧師は当人達にとっても貴重な経験を安上がりに体験できるというメリットがあった。
だが今回はそういうものではない。
「そうですね。舞台そのものの装飾についても、ご助言もらいたいですし。近いうちに相談に行きます」
「だな。で、別に対価の要らない俺からの助言としては、ある程度の時間の中で、どういう流れを作るのか、ということは決めておく、ということ」
「流れ」
「どういう時の服なのかとか。何かこれだけは、って決めていることは無い?」
「〆は花嫁衣装。これは決まってるんです」
「花嫁衣装」
軽く彼の動きが止まる。
「ポーレが結婚するんで、そのためのものを作りたくて。とは言え、色違いを出そうと思うんですが」
「そぉか。ポーレさんとうとう結婚するんだな。キミのいちばん大事なひとだしな。彼女に似合うものを気合い入れて作るといいな」
「そのつもりです。学校時代以外ずっと一緒だったから、何か離れてしまうこと、なかなか想像できなかったんですが」
「それは仕方ないな」
彼は軽く目を伏せた。
「キミは自分に似合うのは考えることは無い?」
「……無いですね」
そぉか、と彼は小さく頷いた。
*
しかし流れ。
集中できる時間。
用途。
そのことで頭を抱えていたら、ポーレがすっとお茶を出し。
「ともかく出せるだけ意匠画を作ってみたらどうですか? その中で流れだの用途だのを考えてみては」
それもそうだ、とミルクのたっぷり入った甘いお茶を呑みながらテンダーは納得した。
なかなかやはり、春夏のものをこれから寒くなると言う時期に考えていくというのは厄介だな、と思いつつ。
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