165 次の一手を探して④頭を軽くしよう
「お噂はかねがね。うちの子の中にもそちらの今度の季節のものを楽しみにしているのがおりますのよ」
リラ・サモンは大きな鏡の前にテンダーを座らせ、大きな白い布を巻きながら話題を繰り出す。
「そうなんですか?」
「ええ! 自分のお給料で何とか手が出る新しい服というのか嬉しいと。何と言うんでしょうかね、それまでは自分の服はお下がりだったり古着屋で買ったものを少しでも今どきらしくしようと直していたようですが。やっぱり憧れが目の前にあって、手の届く範囲というのは大きいのですね」
成る程、とテンダーは思った。
考えてみれば、やってくる客の気持ちは聞いても、やってくる以前の女性達の忌憚ない声を直接聞くことは少なかった。
無論「123」で耳をそばだてる程度のことはある。
だが結局それは会話の端々から「そうではないか?」と想像するだけで、現実に切実な彼女達の思いというものは上手く届かない。
自身で働いてある程度の給料を貰っている女性達の思いというのはやはりなかなか難しいものだ、と。
「それで今日はどの様に致しましょう?」
「あ、はい。切って下さいな」
「切るのですか。どのくらいに?」
言いながリラはテンダーの髪を解き、ブラシをかけ始める。
「たっぷり豊かな御髪ですから、まとめるのは苦労では?」
「ええ、だからもういっそここまで切ってほしくて」
そうテンダーが言って手で示したのは耳の下の辺りだった。
「……そこまで、ですか?」
「ともかく仕事をしていると重くて。まとめていても結局はこのくらいに上げてしまうのだから、だったらもう切ってしまった方が楽ではないかと思って」
「……それは…… まあ、それは確かにそうですが…… でも一度切ってしまえば、もし後悔なすっても、伸びるまでは時間が……」
「ええ、だからこう……」
後ろに回した髪の毛のうち、うなじから伸びた部分以外をざっと後ろ手に上げる。
「この部分だけ残して欲しいの」
それでもテンダーが持ち上げた量はかなり多い。
「……何故そこだお残しに?」
「残した分を三つ編みにして頭にぐるりと回すなり、後ろで丸めてしまえばそれっぽくなるのではなくて? それに、うちの服はどんどん軽く軽くしようとしているのに、作っている私がいつまでもこの重い髪のままでもどうかと思うの」
「……でも、髪の重さなど」
「昔、学生の頃、皆で一斉に短くしたことがあったのだけど」
懐かしき寮生活よ。
「その時は皆で一斉にそうしたので、本当にすっぱり切ってしまったのよ。そうしたら本当に軽くって! でも学校以外の場所でなかなかそれはできなくって」
それはそうだろう、と美粧師は思う。
彼女自身はテンダー程の量ではないが、常に毎日自身の長い髪を結ってから仕事に出ているのだ。
「今はもう逆に変わったことをした方がいっそ宣伝にもなるし。……ただ、その格好で買い出しに出るのはちょっと、と思うから、その後ろの毛は何というか……」
「保険ですか?」
リラはそう言葉を補足した。
「そうそれ。一応一部分長いところがあれば、それで取り繕うこともできるだろうし」
「……いえ、ちょっと面白いかもしれませんね」
うんうん、とリラは頷く。
「私達美粧師の仕事は髪結いと化粧が基本です。髪質によって結う形を色々考えてはみますし、似合う飾りを選ぶことも致しますが、切るのはあくまで長さを揃える時だけですが…… 切った後の形をもっと多様にするというのもありですわね。いえ、『画報』で、草原の部族の女性が細かい三つ編みを沢山作っているのとか面白いなあ、と思ってやってみたいなあ、と思うことが私にもあるのですよ。ですが、やっぱりその格好で市場には行けないと…… そうですね、保険ですか」
途中から独り言になってしまっていたが、やはり新進気鋭同士通じ合うものはある様だった。
「ようございます。それと、切った分で髢を作るというのはどうでしょう?」
「その辺りはお任せするわ。それと、まとめないとふわふわ広がって仕方ないから」
「ええ、上の辺りは梳いてやや量を減らすことも考えてみましょう」
共犯者の笑みが鏡の中に映った。
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