163 次の一手を探して②久しぶりのお茶で
「いやキミ、疲れてる様だなあ」
久しぶりに会ったヒドゥンは開口一番頬杖ついていた顔を上げ、目を大きく広げてそう言った。
「え? そんなに酷いですか?」
「123」の向かいの席に座ると、テンダーは慌ててコンパクトを開いた。
近年よく使われる様になった携帯用の白粉入れである。
「使うか使わんかはキミの自由だけど」と、前の年の誕生日に目の前の男が手渡ししてくれたものだった。
なので大概こういうお茶をする時には持っていく。
このコンパクトの意匠もテンダーは気に入っていた。
落ち着いたシャンパン色のベースに、鉱物の結晶を連続した模様にしている表面。
色も模様にもひんやりとした美しさがある。
――そしてそれを広げた時の自分ときたら!
「忙しいのは良いことななんですよ! 本当に!」
「うん、まあそれはそれとしてだな、ちゃんと寝なさいよ」
「ね、寝てはいますが」
「化粧で隠さないだけキミはいいけど。劇団だとまあ皆隠すから唐突にぶっ倒れたりするしなあ」
「そこまで!」
「うん。下手に隠せてしまうからなあ。役者でもその他の連中でも――あ、そう言えば、タンダのところに弟子入りしてた子、今度帝都内の美粧院に移ることになったな。絵の子も確か、第五でがんばってるようだし…… 若いっていいなあ」
「そんな遠い目しないで下さいよ、一つしか違わないんですから!」
んー、と言いながら彼はソーダ水をすすった。
「や、でもホント、もうじき三十だし。肌の張りがだんだん落ちてくの分かるしなあ…… ほうれい線が出てきたら俺どうしよ。こう、髪の毛引っ張って、シワ伸ばししよか」
思わずテンダーは吹き出した。
「シワができても大丈夫な役あるでしょうに! 最近はどういう役が?」
「うん、またここ借りて、久しぶりに先生の作品でな、自動人形の話を劇にさせてもらって」
それからしばらくその劇の内容についてヒドゥンは楽しそうにテンダーに話した。
内容はかなりおどろおどろしいものなのだが、何故かこの口調で語られると怖さが何処かに行ってしまう。
ポーレあたりに言わせると、「そこが怖いんですよねえ」らしい。
何でも平然と怖いことをにこやかにさらっと言ってしまう辺りが怖さを感じるのだとか。
それをまた平然と楽しく受け取る自分も何処かネジが飛んでいるのだろうな、とテンダーは思う。
「で、その自動人形の動きがなかなかなあ」
「難しいですか」
「難しいけど、面白いな」
そういう時に垣間見せる不敵さが面白いのだ。
「新しく見せるって言えば、キミのとこも宣伝上手くいってるじゃない」
「去年まではちょっと大変でしたけど。最初に着て歩いてもらうひと達にはただで上げて歩いてもらったので」
「けどまあ、皆がキミのとこの買い出せば、それを着た子等がまた街に繰り出すし、『画報』とかでも写真で取り上げるしなあ。何にしろ、軌道に乗るまでが大変だなあ」
「そうなんですよ。で、二台目の縫製機械の方も上手く動き出したし、新しい子も熱心だし……」
「軌道に乗ってもやっぱりスタッフとか知り合いに着てもらう?」
「そこのところがやや迷うんですよねえ」
流れを止めた彼に、彼女は軽く苦笑する。
「外に出てもらっていると仕事にならないってこともあるし。だけど今中心に売ってる服はともかく、一つ先の季節にどうか、というのも見せて、予約を取っておきたいな、とも思うし」
ふうん、とヒドゥンは言うと、腕と足を組み、少しの間考え込んだ。
その間にテンダーは周囲を見渡す。
自分のところの服を着ている女性は増えた。
だが、それでも「123」に来る全てではない。
半分以上がそうなれば。少なくともこの店に来る様な人々は。
「なあ、ここで、服の発表会したらどうかな?」
「え?」
服の発表会。
それはさすがにテンダーには想像ができないものだった。
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