158 新しい店③新しい服はこうやって見せよう 

 工房に戻ると、改めてその生地をテンダーとポーレは二人してよくよく眺めた。


「とりあえず今の時期には少し厚めね」

「秋にはよさげですが」

「……だとすると、今何かしらの形を考えて作っておく?」

「でも今これで作ると見ていても暑いですよ?」


 ふむ、とテンダーは考え込む。

 手にした伸縮性の高い生地は、細いとはいえみっしり編み込まれたものである。

 気温が高くなるこれからの時期にはまだ新しい意匠として店頭に出すことはできないだろう。


「何となくイメージはあるんだけど…… でもまだ暑いわね」

「そうそう。まずは夏の服ですよ。セレ様にはまずこっちの生地を頼んだ方が良いのでは?」


 それは織りの中の縮みが入った、やや固めではあるが薄い生地だった。


「そうね。まずはこっちで……」


 テンダーは幾つかの柄見本を見ながら口籠もった。

 この生地に関しては染めが容易らしく、色柄とも様々なパタンがある様だった。

 セレはついでに、と生地帳を渡していったのだ。

 手を止めたのは、一つの格子柄の見本ページだった。

 白地に淡い色の糸を縦横組み合わせるだけの、ごくごくありふれた柄ではあるのだが。


「どうしました?」

「……サミューリンが帰ってきたらちょっと協力してもらいましょうか」



 その日、カメリアの「塾」から戻ってきたサミューリンは帰るやいなや、着替える間も無く「まあまあまあ」と作業場に連れ込まれた。


「ど、どうしたんですか一体」

「いえね、貴女の夏の服を作ろうと思って」


 にこにこと笑顔をたたえ、テンダーは巻き尺をサミューリンの前に持ち出す。


「私の? いえ、わざわざそんな」

「無論わざわざじゃないわ。それなりに使い道があるの」


 え、と言う間もなくサミューリンはさっさっ、と立たされ、上着を剥ぎ取られ、服作りに必要な箇所の採寸をされてしまった。

 唖然としているサミューリンにテンダーは真剣な表情になって問いかける。


「それでね、この生地を使おうと思うんだけど、どの色がいい?」

「え、私の好みですか?」

「そう。やっぱり着て楽しい方がいいわよね。それに貴女帝都の夏は初めてでしょう? 向こうと違ってこっちの方が暑いし」


 それを言われるとサミューリンはやや不安になる。

 北西辺境領の領都とこの帝都では、地形も違えば緯度も違う。

 しかも石造りの帝都だ。

 森や湖の多い故郷とは気温以外の違いも多いだろう。

 自分が持ち込んだ服では快適に過ごせないかもしれない。

 生地見本に触れてみると、白地の格子縞という単純な柄ではあるが、表面がぼこぼことしている。そして織りが軽い。


「好きな色…… って言うか、夏ですし、涼しそうな森や湖の緑や青とか……」

「そうよね、じゃあこの辺り」

「あ、でもその補色もこの格子だといいですねえ」


 ポーレも口を挟む。


「じゃあこの青と紺、それに緑の三種類」

「で、補色の赤系とかも入れてー」


 果たして自分の意見とは、とサミューリンは一瞬目眩がした。


「あ、あの、そんな色とりどりのもの」

「いいのいいのちゃんと使い道があるんだから。それに作る形は同じだし」


 はあ、とサミューリンは頷くしかなかった。



 それから数日。

 新しい服と帽子を身に付け、わざわざイリッカとリーカを「123」に呼び寄せたサミューリンの姿は。


「え、可愛い!」


 あああああ言うな言うなとばかりにサミューリンはテーブルに突っ伏した。

 上下つなぎのスカートが足元で揺れている。腰のリボンが椅子に押されてしまわないか心配だ。


「……夏には半袖のブラウスを着てもらう、と言われた」 

「あ、先輩、上は軽いブラウスなんですね! ちょっと待って、この切り返し、上下繋がっている様に見えて、外れる様になっているんですね!」

「あ、この帽子のリボンも共布なのね」

「そっちはポーレ様が考えて」

「うわ!」


 さて十代の女の子というものは何だかんだ言って集まると姦しい。

 自然、視線が集まるというものだ。 


「……あら、確かに涼しそうね」

「おや、あれって工房の娘さん達?」


 そんな風にちらちらと噂する女性客達。


「で、テンダー様から伝言。貴女達のも作るから帰りに連れて来いって」


 行く行く、という二人にサミューリンは能天気め、と内心つぶやいた。

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