145 再び北西辺境領へ②~その頃男達は

「しっかし、お前本当にテンダー嬢と婚約してるのか?」


 ファン医師に問われて「ほよ?」とすっとんきょうな声をヒドゥンは上げた。


「してるよー。そうは見えないかもしれないけど」

「色気もへったくれもねえなあ。もうどっちも無茶苦茶若いって訳でもねえのに」


 言いながらファン医師は持参したコーヒー豆をがりがりと挽く。


「好きだねえ先生」

「茶ばかりじゃなあ」

「普段俺等には飲み過ぎは胃を壊すとかよく言ってる癖になあ」


 ガリガリガリ。


「お前は呑まないのかよ」

「あ、ごめん」


 許して、とにこりと彼は笑った。


「……全くなあ、お前は本当に自分の顔の使い道を知ってるよなあ」

「そら、俺の武器だし」

「小さいのもだよな。お前の家の連中からしたら、あり得ない小ささだ。だからこそ早くから家を出たんだろ?」

「お察し通り」

「そういうことはテンダー嬢は知ってるのか?」

「具体的には言ってないけどね。でも、ま、だいたい家族からは好かれてないってことは読み取ってくれてるよ」

「そういう会話しているのは聞いたことないが」

「そら、そういうことはお手紙で話すんだよ。俺等、ずっとお手紙交換やってたからね」


 くすくす、と彼は笑った。


「俺等はどっちも欠けてるしな。欠けてるから居心地がいいんだ。あとはまあ、お互いの虫除けというのもあるしな」

「……それでいいのか?」


 弾き終わった豆をファン医師は持ち手のついたネル袋に入れる。そしてそれを携帯式の抽出用スタンドに置いたポットの上に掛ける。


「ちょっと湯、取ってくるわ」

「ポットはあるけど?」

「沸かし立てがいいんだよ」


 そう言ってファン医師は出ていった。


 ヒドゥンはテンダーの家に同行していって「やっぱりな」と感じていた。

 ああ、ここもか、と。

 母親に対し殆ど他人の口調で糾弾する彼女を見て、自分もおそらくはそうしたかったのだろう、と思う。

 父親の血など一滴も入っていない。この身体が示している、一目瞭然。

 誰もそう言葉にすることは無かった。

 だが何かと家庭教師に玩具にされた事実。

 無論発覚した時には家庭教師は即刻追い出されたが、その一方で常に両親の視線は「お前が悪い」と子供に対し訴えていた。

 そうか自分が悪いのか。でも何故?

 その理由もやはり自分で見つけてしまった。

 テンダーにおけるフィリアの様な乳母も居たことは居た。

 だが彼女はフィリアと違って、家庭教師のつく頃には既に解雇されていた。

 執事を初めとする召使い達の扱いは丁寧だった。

 が、彼等彼女達の囁きはあちこちで聞こえてきた。

 その中に答えを導きだすことは簡単だった。

 なるほど自分は父上の実子ではないんだな。

 いつまで経っても兄達の様に背が伸びる訳でもない、筋肉がつく訳でもない。

 髪や目の色ともかく、顔だち、骨格、そんなものが父親だけでなく、父方の祖父母、伯父叔父の誰にも似ていない。

 一方で、ふと盗み見た母親の若い頃の写真帳の中に、何処か自分と似た男の姿があった。

 それが最終的な答えだ、と彼は思った。

 だから早くから学校の寮に入った。

 中等教育を受ける段階では、第五高等学校だったことをいいことに、帰る必要が無いとばかりにひたすら寮と仲間の家に入り浸った。

 そしてそのまま、劇団へと入った。

 テンダーと出会ったのは、そんな風にある程度以上のことをあきらめてしまった頃のことだった。

 合同祭の支度によくやって来た彼女の態度や言葉に何処か自分と似たものを感じた。

 そして、男子の中でも下心がありそうな者には敏感に反応して逃げようとしていた。

 ああ成る程、と彼は何かしら納得した。

 それで文通しような、ということにしたのだ。

 興味深い。たぶん同類。

 だからこそ、近づき過ぎてはいけない。ある程度の距離を取ることでお互いに率直な思いを話せる。

 そう彼は思ったのだ。


 やがてポットに湯沸かしから湧き立ての湯を汲んできたファン医師が戻ってきた。


「おお~」

「このポットから入れるのはなかなか苦労がなー!」


 そう言いつつもネル袋からぽたりぽたりと落ちるコーヒーに、彼等はにっと笑みを交わした。

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