140 さすがに元凶に話を付けに行こう③

 ヒドゥンはやや遠い目をした。


「まあ女優だけでなく男でも居たなあ。声もいい演技も上手いんだけど、どうしても自分のやりたい役につけない奴――あ、俺じゃないから」


 わかってます、とテンダーは頷く。


「俺はもう分かり易すぎるほど違いがあるから、別の道探すのが早かったけど、普通の男で痩せぎす、重量が増えても何故か筋肉で、恰幅のいい役ができない奴が居てなあ」

「服とかではごまかせないんですか?」

「これがまたこだわりの強い奴でな。あきらめも悪くて。どうしてもどうしてもその役が、というところで食い尽くしに陥ってしまったんだよな。それでもなかなか太れないという。で、病んでしまったんだけど、ファン先生にかかったら、どうも腹に虫が居たことが分かってな。そっちの薬飲んだら一気に恰幅は良くなったんだけど…… 食い尽くしの方を何とかするにはずいぶん時間がかかったな」

「そのひとは役者としては?」

「習慣がなかなか治らなかったから、今度は胃腸に来てなあ。何かと腹中心に体調崩す様になって、地方公演に連れていけなくなった」

「ああ……」

「結局役者も辞めてしまったし。ファン先生が劇団についてくれていることはもの凄くありがたいな」

「悪い予兆に気付いてくれる、と」

「そ」


 彼は軽く目を伏せた。


「で、キミはこの先妹と甥姪をどうするつもり?」

「考えてることがあるんです」


 そっか、と彼は大きく頷いた。


「手伝ってくださいますか? あの化粧担当のタンダさんもお借りしたく」

「タンダだけでいい? それともファン先生や俺も必要?」

「ヒドゥンさんがまずは一番必要ですよ。実家に出向きたいんですから。一応貴方私の婚約者ってことになってるんですから」

「そぉだったなあ」


 くす、と彼は笑った。



「これはこれはテンダー様! 突然のお帰りで…… 駅から連絡を下されば、……いや、ゲオルグは? 一緒ではないんですか? あの、あれから特に連絡が無くて心配していたのですが、坊ちゃまは……」


 実家の玄関で慌てて出迎えた執事のジョージは声を張り上げた。

 唐突な彼女の帰還に、邸内の使用人達に聞こえる様に。

 実際メイド達は即座に反応した。

 すぐに玄関に小走りでやってくる者、厨房等の裏方に知らせる者等々。

 だがその騒ぎ方は悪い雰囲気ではなかった。むしろ歓迎ムードだった。


「ゲオルグはもう少し帝都に居てもらおうと思って。考えがあるの。フィリアはあのまま帝都のポーレと一緒に暮らすことになるわ。ポーレも今では向こうで上々の働き手だし、そろそろ母親を引き取ってもいいかな、と言っていたし」

「そうでございますか。……それで、そちらの方々は…… もしや」


 小柄な若い男、そして正体も身分も不明そうな二人。


「ええ、私の今の婚約者のヒドゥン・ウリーさん。役者としての名で帝国中には知られているけど、元々子爵家の出身よ。あとの二人も私の向こうでの大切な客人だから、それ相応のお部屋を用意して頂戴ね」


 かしこまりました、とジョージはうやうやしく彼等にも礼をする。


「ところでこの家の皆は?」

「旦那様と若旦那様は領地の方です。フィリアやゲオルグからお聞きになりませんでしたか?」

「ええそれは知っているわ。でもお母様もそうなの? それにもう一人居るでしょう? 嬢ちゃまと呼ばれている子が」

「あ、はい…… え、もしや」

「皆名前を呼ばないんですもの。私まだあの子達の名前を知らないのよ。私の甥姪だし、ちょっと考えていることがあるので、あの子達のこともちゃんと知りたいわ」

「そうでございますね」


 現状の説明をするためにジョージは応接に自分を含めたお茶を運ばせた。


「まずアンジー様のお子様方ですが、坊ちゃまはテス、嬢ちゃまはシフォンというお名前です」

「ずいぶん短い名だな、あの子」

「奥様がそれでいい、と仰いまして」


 確かに、とテンダーは思った。

 二文字の名など、それこそ庶民の様だとも。

 庶民の名は大概短い。友人であるセレ・リタはいい例だ。

 それでは長ければいいのか、というと――それはそれで、時と場合によるのだ。

 テンダーやアンジーの場合はその時期の「相応の名」が貴族としては短めだった。

 時には長ければ長い程いい、という時期もあった。

 だがさすがに二文字で済ませるのは、とテンダーはむっとした。

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