128 怪奇俳優の誕生⑤
やがて劇団の次の作品の宣伝ポスターが街角に貼られる様になった。
「何? これ、吸精鬼の話よね?」
「ウリー様、そんな役をするの?」
「……どうなのかしら、あのお話を壊さなければいいけど……」
「会場は『123』?! あそこって、喫茶室じゃなかったの?」
等々。
黒と赤のみ使ったポスターには、凝ったタイトルロゴと雑誌掲載時の挿絵画家が書き下ろした絵。
無論「123」入り口にもそれは貼られていた。
「ここで演るんですの? ではチケットもここで手に入るのですか?」
客達は問いかけた。
「無論でございます。お支払いの際にお申し付けいただけたらご用意致します」
この様な会話が店内のあちこちで見受けられた。
そう、今回はチケット販売の方法も広げてみたのだ。
「会場が会場だし、劇団の直売りより気楽に入手できるのではない?」
エンジュの提案だった。
そもそも「友」に連載されていた作品なのだ。
ここでこの単行本の売り上げも伸ばさないでどうする、抱き合わせで増刷! と彼女は息巻いていた。
そして当の主役様は。
「いやぁ面白くなってきたなあ」
「呑気ですねえ」
人目がいつもより増えていたにもかかわらず、「123」でテンダーとお茶をしていたのだった。
「そらまあ、キミの作ってくれたシャツのおかげで身体の調子が良くってなあ」
「やっぱり!」
「やっぱり、なんだ?」
「だってそれまでのシャツを手に取った時、普通のものよりずっしり来ましたもの。これはちょっと疲れるだろうな、と」
「うん、俺もこんなものだと思っていたんだけど、かなりびっくりした」
こくこくとヒドゥンは頷いた。
「凄いな服ってのは」
「そう言ってもらえると嬉しいです。ところで今回の衣装はどんな感じなんですか?」
「下はキミのシャツでいいけど、まあ今回は少年の形の化け物だからな。それなりに」
にやりと彼は口の端を上げた。
「良い席で見るといいよ」
「うーん、その良い席ってのが今一つ今回は分からないんですが」
テンダーはふっと視線を宙に流した。
「そもそも私どういう舞台になるのか想像が付かないし」
「うん、じゃあまあ、キミは何処に居ても大丈夫ってことで」
そう言って彼は、チケットではなく一枚のカードを渡した。
「これ」
「関係者証明カード。会場の何処にでも行けるし、舞台裏も行ける。要するにその日の公演中は団員と同じ範囲を動けるって奴」
「いいんですか!」
「そもそもキミ、俺の関係者だし」
そう言えばそうだった、とテンダーは今更の様に思った。
*
そして初日。
テンダーは貰ったカードを胸に付け、喫茶室に夜の部が始まるかなり前からやってきていた。
「先生!」
「来たわよ、私のあの話がどうなるか楽しみ」
カナン女史は名前のついた予約席へと息子と共に付いた。
「ポーレさんも後で来るって言ってたわ」
「ええ、今朝は結構自分で作った服を色々ひっくり返してああでもないこうでもないとやってました」
「貴女は…… 格別その必要を感じないのかしら? ああ違うわね、いつも以上に動きやすそう。東の島国にこういう感じのがあったかしら?」
そう、女史が言う様にこの日のテンダーの格好はひたすら移動のしやすさに重点を置いたものだった。
踝までのスカート――に見えるが、実は股が割れている。
「せっかくの関係者カードを貰ったんですもの。あちこち移動して場面ごとに通路のいい場所に行こうと思って」
まあ、と女史は微笑んだ。
「母はずっと楽しみにしていたんですよ」
息子のエイザンも穏やかな笑みを浮かべる。
「ええ。あれを演じられる人が居ると思わなかったから」
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