126 怪奇俳優の誕生③
「おー! 腕が動きやすい!」
完成した上下を身に付けたヒドゥンは腕をぐるぐると回しつつ、テンダーに満面の笑みを向けた。
「本当に大丈夫ですか?」
「うん、いつも一番小さい奴を直してもらっていたからな。そうするとどうしても背中や腕回りが一番着心地が悪い」
「下は大丈夫ですか?」
「下はな。もともと腰を詰めて裾を曲げるだけでも結構履けたから。ただ綺麗な線を保つことができなかったから、それは凄く嬉しい」
テンダーはそれを聞いてほっとした。
「だったらこの先は型紙がちゃんとありますから、いつでも何着でも作りますよ」
「うん、でも今はこれでいい。あ、シャツは数枚欲しいけど」
「え、それでいいんですか?」
「一つの舞台の時期が終わった時に一着。今回のは、次に臨むための戦闘服として欲しかった」
「戦闘服」
「公演の千秋楽の後には大概パーティがあるんだけどな。今まで俺は衣装のままで出る様にしてた。まあ出資者の意向もあるけどな…… 俺に夢見てる客のためもあるしな。詰め詰めの服じゃ」
彼は首を横に振った。
「けどこれからは色んな役をやっていくことになるし、さすがにその衣装じゃパーティは無理っていうのも多そうだし。だから俺が舞台でない人前での戦闘服としての上下が欲しかったんだ」
「そうでしたか」
テンダーは頷いた。
実際のところ、仮縫いにも何度か通った。
そしてその都度微調整。
繰り返した結果に満足してもらえたテンダーは本気で嬉しかった。
「だから今度のパーティにはキミも来て欲しい」
「私が?」
「キミ、俺の婚約者だよな?」
「そう言えばそうでしたね」
仕事モードに入っていたのですっかりその間頭から抜け落ちていた。
仮縫いの行った際の衣装部屋では、テンダーの真剣さから「婚約者って言うよりやっぱり職人だわね」という声が耳に入ってきたものだった。
「キミも実家に伝えておいた方が良くないか?」
「そうですね…… いえ、まだ言わない方がいいかと」
「何で?」
「まずはそちらの舞台の成功が先でしょう?」
確かに、と彼も頷いた。
そう、ヒドゥンにとっては女装俳優という色物から、実力派へと立ち位置を変更させる大事な局面だ。
無論女装俳優も相当な実力は必要だ。
だが世間はそうは見ない。
彼の努力の半分も気付かない――気付けないだろう。
服を作っている間に「最後の舞台」もあったのでテンダーは手を止めて観に行っていた。
何で今まで見なかったんだろう、と彼女は本気で悔やんだ。
学生時代のそれどころではなかった。
役どころはいつもはヒロインではない、と聞いていた。
だがこの最後の舞台はヒロイン役を演じていた。
舞台の上の彼は、身体のラインをパッドであちこち矯正した重い衣装を身に付けているにも関わらず、そんなことはまるで感じさせなかった。
低い声も、柔らかく発声することによって気にならなかった。
そして何より、その動き。
靴に羽根でもつけているのではないかと思うほどの足取り、迫ってくる恋人役から身をかわす時にはくるくると身を翻す。
その都度スカートが広がって――髪が揺れて――
「……凄く…… 綺麗……」
テンダーはその場で思わずつぶやいたくらいだった。
*
「まあ貴女はもともとそういうところあったからねえ」
ヘリテージュは自宅のサロンでそう言って笑った。
「そういうところ?」
「綺麗なもの好きでしょ。その背景がどういうものであっても。揺れるもの、きらきらしたもの、可愛い――は、ちょっと違うわね」
「それは貴女も一緒じゃない」
いえいえ、とヘリテージュは集っていた女優達に近付いた。
「私が好きな綺麗さはどちらかというとこういう感じ」
「あら、こういう呼ばわりは無いんじゃなくて?」
「艶やかな花の如し。でもテンダーの好きな綺麗さってそこじゃないのよね。どっかいびつなところも混じってるのよ」
言われてみれば。
「でも、だからこそ今のこの服とか考えられるのでしょう?」
マリナのこの日の服はテンダーが作ったものだった。
彼女の華やかさに負けない、だけど形はシンプル。
「テンダー嬢の服は、自由なのよね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます