幕間2 ヘリテージュはサロンを開く

 テンダーが卒業した年のことだ。



 この頃、ヘリテージュには縁談がやってきた。

 と言っても、元々ほぼ婚約者であろう、という相手との話が本決まりになったというだけである。

 相手は帝国においても十しか無い公爵家の次男である。

 のちのち伯爵家を継ぐことになっている同じ歳の青年だった。

 軍関係の上級学校に行っている彼は、とりあえず先に結婚してしまおう、という話をもちかけてきた。


「あらまあ、これまた何故ですの?」


 ヘリテージュは幼馴染みでもある相手に躊躇なく尋ねた。


「ばたついている時にした方が、結婚は楽」


 かっちりした制服の襟を寛げ、丸テーブルで頬杖をついた彼はヘリテージュにぼそっと言った。

 丸いレンズの眼鏡の下の目が鬱陶しそうに半分伏せられている。


「あー……」


 彼女は大きく頷いた。

 軍関係の上級学校は、士官候補生を排出する場所だ。

 技術士官ルートとはいえ、功績次第でいつ現場に持っていかれるのか分からないのが軍関係だった。


「そうねえ、だったら今のうちに家庭を持っておく方が安心、ってのあるわよね。……って、向こうの大陸や島国とか何処かできなくさい話があるの?」

「今のところは大丈夫だと思う。国内の方は我々の管轄ではないし…… まあきなくさい話があっても無くても、技術は日進月歩、向こうの大陸ではどうか、とかの出向をするのは結構俺達だったりする可能性も大だし」

「だったら私はさっさと貴方と結婚して、新たな家で好きに暮らさせてもらった方がいいのかしら。それでいい?」

「無論。そもそも君は俺が居ても居なくても退屈はしないだろ?」

「そりゃあね」


 くすくす、とヘリテージュは笑った。

 彼は知っている。

 この婚約者は昔からともかく人の輪を作るのが上手い。

 女学生時代もそれで友人達を巻き込んで自治組織の幹部をやっていたのだ。

 そこまで人の輪に夢中になれない、結婚しても仕事三昧になることが分かっている彼は、できるだけ彼女が好きにできる環境であればいいと思っていた。

 無論彼にしたところで、それが自分にとってマイナスにはならない、という計算の上だ。


「じゃあ式はどうする?」

「そうねえ。親密な人々にのみ開かれる、という感じの方がいいんじゃなくって?」

「あー、解った。君、そこに呼ぶの、お偉い小母様方より友達を呼びたいんだな」

「うーん、それだけじゃないんだけど」


 ヘリテージュには考えがあった。

 夜会お茶会は帝都の富裕層の中ではいつでも何処でも行われている。

 だが彼女はそれでは飽き足らなかった。

 様々な分野の人々を自分が定期的に主催する場所で呼んで引き合わせて、化学反応が起きるのが見たいのだ。


「昔は結構あったらしいんだけどね。サロンって」



 しばらくしてそれぞれの身内と友人だけを呼んだ式が公爵家敷地内で行われた。


「え? 何で貴女が」

「まあお久しぶり!」


 テンダーやセレ、エンジュといったその頃の帝都住まいの者達は当然だが、辺境からリューミンやキリューテリャまでもがやってきていた。

 しかもそれだけではない。

 第五でかつて出会った者達、たとえば現在帝国劇場の舞台女優として活躍しているマリナ・イリギタンだったり、その他画家や演奏家、第四の総代リスティン・サギーシャなども呼ばれていた。

 知り合い同士は「何で!」とばかりに驚きつつも、その場での再会を喜び、連絡先を交換していたりも。

 この時顔を合わせた者達は、結婚式の主役のヘリテージュから一種の通行証の様なものをもらった。



 結婚してトリオル侯爵令嬢からリッテカド伯爵夫人となったヘリテージュは、自宅でサロンを開く様になった。


 そこには、第五出身の女優俳優、画家、演奏家から紹介された新進気鋭の芸術家だの。

 論文を出して帝国学術院から博士号をもらったセレの知り合いの科学者技術者、エンジュの雑誌に執筆している小説家や詩人達、キリューテリャやリューミンが送り出した有能な辺境からの留学生などが集う様になった。

 普段はそうそう顔を合わせることの無い分野の者達が出会うことによって、ここでも才能の化学反応が起きた。

 例えば新しい繊維素材で作られた布や、乱反射する照明の原理などが演劇の舞台装置に反映したり。

 ヘリテージュの夫の同期や後輩の軍人から小説のネタを拾う書き手であったり。

 そしてまた、彼等彼女等のあちこちからやって来る姿、軍服や作業服といったものに美を見いだすテンダーも居たのだ。

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