唐沢卓郎

唐沢卓郎(1)

『こんにちは!』


 卓郎がベンチに座っていると若い男のキャラクターから声を掛けられた。


 卓郎は新しいサンプルを探す為に出会い系の公園に来ていた。なかなか思い通りの住人に出会えず、諦めかけていた所で声を掛けられたのだ。


 声を掛けてきた男は外見上非の打ち所の無いキャラクターで、卓郎はその姿を見て「ああ、これはこれは……」と声を出して微笑んだ。卓郎はキーボードの音声入力を選択しているので、生の声は相手に届かない。


「新人さんですね」


 卓郎は相手が「真実の世界」に来たばかりの住人だと見抜き、からかいたくなった。


『おお! 男からナンパされちゃったよ。あんたホモなの?』

『ええっ!』


 相手が驚きの声を上げる


『いや違いますホモじゃないです』


 マジに否定してきた。なかなか素直な人間みたいだ。


『悪い悪い、冗談だよ。新人さんか? 俺は唐沢卓郎よろしくな!』


 相手からの返答が遅い。からかい過ぎて怒らせたかと、卓郎は少し心配になった。


『どうして初心者と分かったんですか?』


 それでか。


 完璧過ぎる容姿は、作り物のようで見る者に違和感を覚えさせる。整形で作られた美形と同じだ。「真実の世界」では、かなりリアルに容姿を設定できる。それが為に初心者は容姿を過ぎる程作ってしまう。


 しかし、長くここで活動を続けている内に、自分がそう言う違和感を覚えるキャラクターと出会う。それが容姿を見つめ直すきっかけになり、少しずつ本来の自分に似せてくるのだ。まあそれでも女性は本当の自分を下回ることは絶対無いのだが。そしてここでは本来の自分に似れば似る程相手に信頼されるようになる。


『それは……』


 卓郎は理由を説明しかけて、途中で止めた。


 どうするか……。素直に教えても良いが、自分で感じる事も大切だろう。


『俺もここに来て長いからな。なんとなく分かるんだよ』


 卓郎は無難なセリフを入力した。


『それより名前は? 情報見れば分かるけど、自分で名乗るのが礼儀だぜ』

『すみません! 梶田敦也といいます。よろしくお願いします』


 第一印象通り素直そうな奴だ。サンプルはこいつで良いか。


『よし、敦也かよろしくな!』


 卓郎は敦也と握手した後、「真実の世界」を案内して回った。敦也はキャラの容姿に似合わず少年のように喜んでいる。


 未成年がこの施設に入れるはずが無いので成年に間違いがないのだが、幼く感じる敦也は社会生活に乏しいのかもしれない。


 卓郎はリアルの敦也をそんな風に想像した。


『まだまだいろいろな場所があるが、後は自分で行ってみてくれ』

『ありがとうございます。どこも本当に楽しそうですね!』

『ざっと行っただけだからな、またじっくり観て回ればもっと楽しいぞ』

『はい、そうします!』

『おっ!』


 そろそろ定時か。


『どうしました?』

『晩飯が届いたよ。俺はここに居るのは晩飯までと決めているんだ』

『そうなんですか? なぜです?』

『ちゃんと決まった時間に飯を食い、毎日シャワーを浴び、運動もして健康に注意して、少しでも長生きする為だ』

『長生き……ですか?』

『そうだ長生きするんだ。それが俺達に出来る最後の抵抗だからな』


 そう、世間から見下されているこんな施設に入っていても生きているんだ。長生きすればいい。ここにいる事を恥じる必要はない。


 誰だってほんの少しの選択を間違えば、落とし穴に嵌る事もあるのだ。少し運が悪かっただけだ。ここでの生活を楽しみ長生きすればいい。それが堕ちてしまった者が出来る最後の抵抗なんだ。


 そしてそれを手助けする事が俺の償いだ……。


 卓郎は自分に言い聞かせるように心の中でつぶやいた。


『抵抗……ですか?』

『まあ難しい事はいいや。取り敢えず友達登録してくれ。そうすればメールも送れるし、いつでも会えるから』


 卓郎は敦也と友達登録をし、「真実の世界」からログアウトした。


 パソコンの時計を見ると、定時の時間が迫っていた。卓郎は少し焦りながら入所者のデーターベースを開く。パスワードを打ち込みアクセスした。


 梶田敦也二十二歳。中学でいじめに遭い十五歳の時から引きこもり、社会復帰の希望も無く自己意思で入所。


「祐介……」


 敦也の経歴を読んだ卓郎は、辛そうな表情を浮かべて一人の男の名を呟いた。


「唐沢君」

「うわ!」


 敦也のプロフィールに思いをめぐらせていた時、不意に肩を叩かれて卓郎は驚いた。システム管理課の林課長だ。


「もう、定時なんだが残業するの? 届けが出てないんだけどね」


 定年間近で、とにかく残り少ない期間を、問題を起こさず無難に過ごそうと考えている林課長は、規則だけは人一倍うるさかった。


「いや、もう帰ります。課長の迷惑になる事はしませんよ」

「そうしてくれ。君らに残業なんて必要ないからな。リサーチ班なんて遊んでるみたいなもんだろ?」


 自分だって似たようなものだろうと卓郎は思ったが黙っておいた。


 ただでさえ窓際部署のような最低生活保障施設内でも、システム管理課リサーチ班は「本当に必要なのか?」と本人を目の前にしてまで言われる程、重要視されていない仕事だった。仕事の内容は「真実の世界」に施設の住人として入り込み、住人達の不満や関心を調査し生活の向上を計る事なのだ。



 建屋の外に出た後、卓郎はスマホを取り出し「真実の世界」のメールをチェックした。


 サンプルの住人からメールが来ることがあるので、いつでもチェック出来るようにしているのだ。


 特にメールは入っていない。


「敦也か……。ここで希望が見つかるといいが」


 卓郎はしばらく敦也を見守っていこうと決めた。

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