梶田敦也と中島千尋(2)

 朝起きると千尋さんからメールが届いていた。送信時間は午前一時。内容からすぐに返事が出来れば良かったが、パソコンはオフにしていたので気が付かなかった。

敦也は慌てて千尋に返信する。


(メールの返信が遅れてすみません。パソコンをオフにしていて気が付きませんでした。これからは気を付けます)


 返信の内容は無難なものだった。


 もっと気の利いた、好意を感じさせる言葉を書けば良いのだが、敦也はどうしてもそこまで踏み込めなかった。


 深夜の一時にあの内容のメールは、どう考えても俺に気が有るとしか思えない。


 本当に女性だと信じていいのだろうか?

仮に千尋さんがもし本当の女性だとして、しかも好意を持ってくれているとしたら、俺はどうすれば良いのか?


 里香は俺の中で初恋の相手。永遠の女性だ。今でも里香を変わらず愛している。千尋さんとこのままデートを続ける事は裏切りにならないのだろうか……。


 そう思いつつも、敦也はまた千尋とデートに出掛ける。心に迷いや疑いを抱えながら。



 何度目かのデートで、敦也は千尋の買い物に付き合う事になっていた。


 待ち合わせの百貨店の前に時間通りに着いたが、千尋はまだ来ていない。敦也はしばらく待っていたが、千尋は中々来なかった。


 そう言えば前にもこんな事があったな。里香は「デートに遅れる女の子」をやってみたかったと言っていたが、千尋さんも同じ気持ちなのだろうか?


 敦也は里香の事を思い出し、優しい気持ちになった。


 笑顔で千尋さんを迎えよう。あの時と同じように。


『遅くなってごめんなさい。服を選ぶのに時間が掛かっちゃって』


 千尋は三十分遅れでやって来た。


 「いや今来たところ」と言おうとして、敦也は画面に映る千尋の姿を見て驚き、言葉が出ない。千尋は黒のジャケットに白いTシャツ、ロールアップしたデニムを着ていた。


『その服装は……』


 それだけ言うのがやっとだった。敦也が驚いた千尋の服装は、敦也とのデートで里香が購入した物と同じだったのだ。


『何? 似合ってない? 気に入っているんだけどなぁ』


 私は卑怯な手を使ったのかもしれない。


 時間通りに来る事は出来たのに、里香と同じようにわざとデートに遅刻した。しかも服装は敦也君とのデートで里香が買った物と同じアイテムを選んだ。今の私の姿に里香の思い出が重なるようにして。


 敦也の里香に対する想いを、自分に書き換えるのではなく、重ね合わせる。千尋がもう一度、里香と同じように愛して欲しいと思い考えた事だった。


『い、いや、良く似合ってる』


 こんな偶然があるのか。千尋さんが着ている服は、里香が俺とのデートで買った物と同じだ。秋物なのでまだ早いからと結局一度も着たところを見た事が無かった。こんな形で見ることになるなんて……。しかも凄く似合っている。


 敦也は不思議な気持ちで千尋の姿を眺めていた。


 その後、二人は買い物に行った。服や部屋のアイテムなど、お互いに意見を出し合いながら楽しい時間を過ごした。


 買い物が終わり、千尋の提案で二人はカフェで休憩していた。このカフェは里香と敦也が良く利用していた店だ。


『今日は買い物に付き合ってくれてありがとう。服は人に意見を聞いて買うのが好きなんだ』

『俺、センス無いから参考にならないかも』

『えー、そんな事ないよ。いい服が買えて嬉しいよ』


 もう何度目かのデートだが、まだ敦也の態度がどこかよそよそしいと千尋は感じていた。里香の時ほど、簡単に二人の仲が縮まってこない気がしていた。


 二人の仲を深める為に、千尋はもう一歩踏み込む決心をする。


『それから、今日は遅れて来てごめんなさい』

『いや、謝らなくて良いよ。全然気にしてないから』


 敦也がそう言うだろう事は、千尋には分かっていた。


『本当は時間通りに行けたけど、デートに遅刻する女子をやって見たかったの。本当にごめんなさい』


 千尋は里香の言葉まで使い、イメージを重ねようとした。だが、敦也からの返事がない。キャラの表情からは敦也の気持ちが分からず、千尋はやり過ぎたかと不安になってきた。


 千尋の言葉を聞いて、敦也はもう偶然とは思えなかった。頭の中が混乱し、里香が生まれ変わってまた自分の前に現れてくれたのだ、と言う非現実的な事まで考えてしまう。


 でも、里香は死んだ訳じゃない。


 実際は男が……だとしたら千尋さんも……。


 敦也は目の前にいる千尋が悪意を持って自分を騙そうとしているとは思えなかった。だが、目の前にいるのは作られたキャラで実物を見ている訳ではない事も分かっている。


 これ以上千尋さんに深入りするのは止めよう。里香の思い出を抱いて生きていけば、もう傷付かなくて済む。


 でも……。それで良いのか?


 敦也はまた堂々巡りの思考に陥り、デートを続けられる気持ちではなくなった。


『ごめん。少し疲れたので今日はログアウトします。本当にごめんなさい』


 敦也はそう言うと、「真実の世界」からログアウトした。



 敦也が消えた後、一人取り残された千尋は動揺した。明らかに逆効果だったのだ。


 千尋はログアウトした後、不安な気持ちを紛らわすようにシャワーを浴びた。狭いシャワー室。便座に座りながらシャワーを浴びる。


「やり過ぎたのかな……」


 シャワーの雫に別の雫が混ざる。


 どうすれば良いの? いっその事自分が里香だと話せばいいの? どうすれば里香と同じように愛して貰えるんだろう。


 シャワー室から出て服を着ると、千尋は布団の上に、仰向けに寝転んだ。


 自業自得だと分かっていても、上手く進展しない敦也との関係を思うと辛い。

千尋はいつの間にか泣きながら眠っていた。

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