高橋和人(4)
外の世界に居た時の和人は、パチンコを打っていれば嫌な事も全て忘れられた。玉に集中して、演出画面に集中していれば頭の中は空っぽで、仕事や家庭のストレスを忘れ、無に出来た。
でも、思い出したくない嫌な記憶となったあの日以来、それが出来なくなった。忘れよう忘れようと必死でパチンコを打つ程、あの日の記憶は甦り、和人を責め続けた。施設に入ってからも同じで、パチンコを打てば忘れられるはずだった嫌な記憶を、打てば打つ程思い出させる事になっていた。
だが玲奈と出会い様子が変わる。玲奈が隣であれこれ話し掛けるお蔭で、その間はあの日の記憶が甦る事はなくなった。和人はそんな自分に不安を感じていた。
和人は気が付いた。あの日以来自分は忘れる為にパチンコを打っていたのではなく、忘れない為に打っていたのだと。
玲奈が隣で居てくれる事が嬉しい。だが本当にそれで良いんやろうか? あの日の記憶を思い出さず、楽しい日々を送る事なんて許されて良い筈はない。俺は罪人なんや。あの日の記憶を忘れず、心に刻み続けることが俺に出来る罪滅ぼしなんや。
毎日が楽しくなる程、和人の悩みは深くなっていった。
ある朝。和人がパチンコに行く為にログインすると、運営の公式アカウントからメールが届いていた。内容は、一週間後からパチンコ店が二十四時間営業に変更となる事。そのキャンペーンとして、一週間の間に最高の差玉(出玉引く消費玉)を獲得した一名に退所権利をプレゼントするとの事。権利は自他問わず一名のみ有効。退所後の生活支援は政府が責任を持ってサポートするとの事だった。
「マジか……。信じられへんわ……」
だが、運営からの公式メールや。政府がおふざけの冗談など言うはずがないし。
和人はネットを検索してこんな事が有り得るのか情報を探した。入所者は、デマ防止の為に外部へ情報を発信する事は禁じられていたが、閲覧する事は自由に出来る。
色々情報を探ったが、真偽は分からなかった。退所に関する法律はあるので、絶対に無理と言う事では無かったが、こんなゲームの景品で出るような物ではない。運営からの公式メールで無ければ冗談で済まされる話なのだが、和人には本当かどうか判断出来なかった。
だが、もし本当なら……。
和人の頭にある考えが閃いた。
「そうや、これや」
閃いた考えは、和人にとって決して楽しい事ではなかったが、迷いは無かった。
『キャンペーンで退所権利を貰えるって話をどう思う?』
和人は隣でパチンコを打つ卓郎に意見を聞いた。今日は久しぶりに卓郎がパチンコ屋に来ているのだ。玲奈を紹介して、今は三人並んでパチンコを打っている。
『あれは俺も……』
と一言言った後、卓郎は黙り込んだ。
完全に話の途中だったが、急に魂が抜けた状態になっている。
『おい、卓ちゃん、どないしたんや?』
和人の呼び掛けにも反応が無い。しばらく声を掛け続けたが、返答はなかった。
何かバグでもあったのか。今までに卓郎がこんな形で席を外した事はない。リアルで余程の緊急事態が起こったのかも知れないと和人は心配になった。
『トイレじゃない? お腹がピーピーなんだよ、きっと』
『なんでお前はそう言う発想すんねん。仮にそう思っても女なんやから口に出すなよ』
怜奈を咎めた和人だが、反応が無くなった理由が、本当に腹痛だったなら良いと思っていた。
『悪い、トイレ行ってた。お腹ピーピーなんだよ』
しばらくして急に卓郎が話し出した。
『ほらあ、やっぱり当たった!』
『当たるとか当たらんとかの問題違うっちゅうの』
理由がどうあれ、重大なトラブルでは無かった事で、和人は安心した。
『で、退所権利はどう思う?』
『信じられない話だが運営の公式発表だからな。信じるしかないんじゃないか』
『そやな、疑う根拠もないもんな……』
和人は卓郎に一目置いている。同年代と思われるが社交的で友達登録も多く、今まで付き合ってきた中で情報や判断も的確だったからだ。その卓郎が信じるべきだと言うので自分も信じる事に決めた。
『よっしゃ、決めた! 耐久パチンコするで。退所権利取ったる』
『えっ、和ちゃん外に出たいの?』
怜奈が意外そうに聞く。
『俺やない。権利取ったらお前が外に出るんや』
『ええっ、私が外に出るの? なんで?』
『最近お前に付き纏われて鬱陶しかったんや。だから権利を取ってお前にやるわ。政府の援助もあるからええ話やろ』
『えっ、そんな……』
玲奈は少し寂しそうな声で呟いたが、それ以上は何も言わなかった。そんな玲奈の様子に和人は胸が痛んだが、心を鬼にした。
『挑戦するのは良いけど、無理はするなよ。実際ネットゲームに集中しすぎて死んだ人間もいるんだからな』
『ああ、分かってる。無茶はせえへんよ』
卓ちゃんの心配は有難いが、多分無茶でもせな権利は取られへんやろう。今までのノウハウを使って体力の限界までやるだけや。プラス運が味方してくれれば……。玲奈の夢と俺の願いの為や無理するわ。
和人は強い気持ちで、退所権利を取りに行く決心をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます