第3話 父の面影

「どうぞ」


促されソファーに腰掛ける。

レオン王子の立ち居振舞いや所作はとても優雅で美しい。

さすがは次期国王になる人物だ。


「レオン王子、今回のご依頼ですが本当に私で良いのですか?」


葵が尋ねる。

本当は、竜が依頼された仕事だったからだ。


「勿論です。Mr.リュウから話は聞いていますよ。とても優秀だと。」


「・・・・。」


一瞬黙り込む葵を見るとレオン王子が真剣な顔つきで言う。


「Mr.リュウの事は残念だったね・・。」


「・・・お気遣いありがとうございます。レオン王子。でも、私達のような仕事をしている以上起こり得る事ですから。」


葵は笑顔で答えた。


「それでは、ボディーガードは明日からという事で大丈夫でしょうか?」


「ええ。」


「ところで、プライベートとはいえアルミナ国の王子が来日しているんですから日本の警察が警備には付かないのですか?」


「・・・実は空港で待ち伏せされましてね。先程まで居たのですが、丁重にお断りしましたよ。まぁ、彼等も諦めてない様子でしたがね。」


「そう・・ですか・・・。」


「それでも、僕はMiss.セラの事を信頼しています。ですから、お願い出来ますか?」


「わかりました。では、宜しくお願いしますレオン王子。」


葵は立ち上がり部屋を出ようとするが、レオン王子に呼び止められる。


「僕の事はレオンと呼んでくれ。僕もアオイと呼んでも良いかな?それから、敬語もなしだ。OK?」


「ええ、勿論良いですよ。それじゃ、レオンまた明日。」


葵はレオンの部屋を後にした。





********





BAR HARBORバー ハーバー

葵は店の前に居た。

ドアを開け店内を見回すと、迷う事なく一番奥の席に近付いた。


「ご無沙汰して申し訳ありませんでした。藤堂さん。」


そこには、身なりの良い中年の男性が葵の事を待っていた。


「葵・・・大きくなったね。君の母親の若い頃にそっくりだ。」


目を細めて葵を見つめた。


「日本に来てすぐにご挨拶にお伺いするべきでしたのに遅くなってごめんなさい。」


「いいんだ。色々忙しかったんだろう?こうして会えて嬉しいよ。」


まるで娘を見るような眼差しだ。


「藤堂さん。パスポートの件ありがとうございました。お陰で日本に来ることが出来ました。」


「あれ位の事どうってことはないよ。もっと早くに連絡をくれても良かったんだよ?」


パスポートを『世良葵』として取得するための書類などを藤堂は手配してくれたのだ。


「それで、日本の桜は見れたかい?」


「はい。とても美しくて日本に来て本当に良かったです。」


「そうか。このまま日本に居るのか?」


「・・・まだ、わかりません。今、仕事があるので暫くは滞在しますが。」


「私としては、このまま日本に居て欲しいね。君の事は小さい時から知っている。私にとっては娘の様な存在だ。だからもっと私の事を頼って欲しい。」


「藤堂さん・・ありがとうございます。小さい頃沢山遊んでくれましたよね?」


葵は昔を懐かしむ様に言った。


「倉橋は唯一心を許せる友人だったからね。・・・あの飛行機事故は本当に残念だった。でも、君だけでも生き残ってくれて良かった。」


「・・・・。」


「君はあの飛行機事故をどう思っているんだ?」


「・・・わかりません。」


「真実が知りたいとは思わないかい?」


「知っても・・私にはどうする事も出来ませんから・・。それに『憎しみに染まってはいけない。』父の最期の言葉なんです。」


「そうか・・・。倉橋は良い娘を持ったね。」


藤堂は葵の頭を優しく撫でてくれた。

まるで、父親に甘やかされているような感覚になって心が暖かくなった。

竜が死んでしまって、一人ぼっちになってからずっと張りつめていた。

思わず涙が溢れそうになる。

まだ、自分の事をこんなに慈しんでくれる人が居る事が嬉しかった。


「何かあれば何時でも連絡しておいで力になるから。それと、この店は色々と融通が効くから使うといい。」


「はい。ありがとうございます藤堂さん。」




藤堂と別れた葵は公園で桜を見つめていた。


(お父さん、お母さん日本に帰ってきたよ。昔、藤堂さんと皆で桜を見たよね?あの頃は幸せだったな。でも、私は何も知らなかったんだ・・。)


葵の心の中にどす黒い感情が燻る。


(駄目だ!お父さんの最期の言葉・・・。私は本当はどうしたいんだろう?)


先程の藤堂の言葉を思い出す。


「真実・・か。っつ、そんなの今更知ってもっ!」


自分の感情がわからなくなった。

ため息をついて、もう一度桜を見上げた。

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