5話 【呼び出し手】と山奥の泉

 生きていくためには食料も勿論だけど、水も必要だ。

 それも、飲んでも腹を壊さない綺麗な水が。

 と言うわけで、俺はまず山の頂上付近にある湧き水が出ている場所を目指しているのだけど……。


(傾斜のキツい山道を荷車引いて移動するの、思ってたより体力が要るな……!)


 俺は水を入れる樽や甕を乗せた荷車を引いて、坂道を登っていた。

 山の頂上までは荷車が通れる道も限られているので大きく迂回して行くことになる。

 直線距離にしてみれば、結構な道のりになるだろう。


 ……すると当然、俺もそこそこ疲れてくる訳でして。

 汗を流す俺に、ローアとフィアナは各々声をかけてくれた。


「お兄ちゃん、すごい汗だけどほんとうに大丈夫……?」


「ご主人さま、辛かったら代わろうか?」


「いや、これくらいは俺に任せてくれ……!」


 というか、これくらいのことやらなきゃ俺は完全にお荷物だ。

 範囲は分からないものの、ただでさえ【呼び出し手】の副産物で俺の声が周囲の魔物にダダ漏れなのだ。

 魔物が出たら二人の力を借りるとしても、それ以外の生活面では俺が率先してやっていきたい。


「でもご主人さま、無理は禁物だぞ? アタシたちはご主人さまの力になりたくてここにいるんだし。それにローアから聞いたけど、ダークコボルトから手痛くやられた後なんでしょ? 傷が痛むなら、本当に無理はよしてくれよな」


 フィアナは少し心配そうにそう聞いてきた。


「本当に大丈夫だから、そんな顔するなって。それに、丁度いいリハビリだ」


 このまま山で暮らすなら、体力だってある程度は必要になる。

 ならこの程度、軽くこなしていかなくては。


「むー、お兄ちゃんがそう言うなら止めないけど……待って」


「うん、どうした?」


 ローアが止まったので、俺もフィアナも一緒に足を止めた。

 そしてローアはあたりの様子を窺うように眺めてから、小さな声で言った。


「もうすぐ、魔物がこっちに来るよ。足音が聞こえてきたの。きっと、お兄ちゃんに引き付けられたんだと思う」


「昨日の今日でまたか……。数は分かるか?」


「お、アタシにも聞こえるようになってきた。ざっと大きいのが五匹ってところかなっと」


 話し終えると、ローアとフィアナは光と炎を纏ってドラゴンと不死鳥の姿になった。

 その直後、道脇の木々をなぎ倒して巨大な影が現れた。


『GUOOOO……!!!』


 二足歩行の体躯は俺の数倍以上で、小屋にも届きそうなくらいに大きい。

 口には乱杭歯が生え、人間を鷲掴みにできる手には丸太のような棍棒。

 体色は暗い緑で……って、この魔物は!


「まさかトロルか!? この山のあたりにいるなんて話、聞いたことないぞ!?」


 トロル、通称人食い鬼。

 村や街に一体でも入り込めば十数人もの人間が確実に食い殺されると言われている、凶悪かつ強力な魔物だ。

 それでも都会ほど人間がいない辺境でトロルが出たなんて話、この十年遡っても聞いたことがない。

 となると、やっぱり……。


「こいつらご主人さまに引き寄せられて来たのか。なら尚更、指一本触れさせないけどな!」


 フィアナは素早く飛び上がってトロルの頭上に移動すると、翼から噴出させた炎でトロルの一体を包み込んだ。


『GUUUUU!!??』


 全身を一瞬で焦がされたトロルは、数秒後には灰になっていた。

 また、仲間がやられたことに怯んだトロルの群れを、ローアは見逃さなかった。


「隙ありだよっ!!!」


 ダークコボルトをなぎ払った時のように、ローアは光線状のブレスを口から放った。

 輝くブレスはトロル二体を飲み込み、その体を消し去った。


『GUOOOOO!!!』


 仲間がローアとフィアナにやられている間に、トロルの一体が俺に向かいドシンドシンと重たく駆けて来た。


「来るか!!」


 逃げても棍棒の餌食にされかねないと感じた俺は、反射的に長剣を引き抜いて構えた。

 こんな剣一本で倒せる相手じゃないのは分かってるが、それでも上手くやればトロルから距離を取れる時間くらいは稼げる筈だ。


 覚悟を決めたその時、視界の端に映ったフィアナが不死鳥の姿のまま笑った気がした。


「人間の身でトロルに立ち向かうその気概、ますます気に入ったよご主人さま! これを使って!!」


 フィアナが翼から放った爆炎が、俺の長剣を包んで輝いた。

 その直後、長剣の刃が赤く照り輝いて水晶のように透明なものへと変化した。


「アタシの力を練りこんだ剣、ご主人さまに力を貸してあげて!」


「フィアナ、ありがとう!」


 俺はトロルに向かい、両足に力を込めた。

 すると剣を包んでいた炎が俺の足も包み込む。

 炎は不思議と熱くない上、強い力を俺に与えてくれるようだった。


『GUUUU!!!!』


「いくぞッ!」


 俺は不死鳥の力を借りた脚力を活かし、一瞬でトロルの頭の前まで跳躍した。

 そのまま剣を振って、トロルの頭を跳ね飛ばした。


「やるじゃない、ご主人さま!」


「フィアナのおかげだよ」


 無事地面に着地した俺は、フィアナとローアの方を向く……と。


「むうぅ、フィアナにいいところ持って行かれた気がするー……」


 最後のトロルを倒したローアは人間の姿になっていたが、あまり嬉しそうにはしていなかった。

 ローアの横にいたフィアナも人間の姿になり、ローアの肩をぽんぽんと叩いた。


「気にするなよ、そう言う時もあるって」


「むーっ、納得いかなーい!」


 それからローアは山頂へ行くまでの道のり、ずっと俺に張り付きっぱなしだった。

 俺は相変わらず荷車を引きながら進んでいたので少し動きにくかったけど、ローアは軽かったのでどうにかなったのだった。


 ***


「着いたぞ、二人とも。ここが目的地だ」


 木々が多い茂って涼しげな日陰を作り出してくれている山の頂上付近。

 その場所では岩の隙間から湧き水が吹き出して美しい泉ができている。

 その光景を見たローアとフィアナは、歓声を上げていた。


 泉の水は今日もよく澄んでいて、水底まではっきり見える。

 昔、狩りに出た後はよくここで休憩していたなと少し思い出した。


「さて。今日はここから水を貰っていく。それから近くにある川で魚を獲って、帰りに山菜も採って食料を……」


 と、話している途中、ローアが泉に向かって駆け出した。


「わたし、いちばーん!!」


 ローアはぴょいっと泉に飛び込んで、ざぶーんと沈んだ。

 水しぶきが大きく散って、木漏れ日できらきらと反射した。


「あ、こらローア! ご主人さまが今から水を汲むって言ってたでしょうが!!」


「いいよいいよ。二人にはさっき戦ってもらったし、フィアナも休んでて。それにこの近くは他にも湧き水が出ているところがあるし、そこで汲めばいいから」


「うーん、ご主人さまがそう言うなら」


 俺は泉近くの湧き水が出ている場所に荷車を着け、樽や甕、それに桶を荷車から降ろしてせっせと水を汲んだ。

 その最中、ローアとフィアナの様子をちらりと見てみる。


「フィアナ、足しか浸からないの? 冷たくって気持ちいいよー!」


「バッカ! アタシは不死鳥なんだから、あんまり濡れたくないの! いざって時炎の出が悪くなるかもしれないから……って引っ張るなぁぁ!?」


「えへへ、一緒に泳ごーよ!」


 フィアナはローアに腕を捕まれ、泉の中に引きずりこまれていた。

 ……まあ人間の姿だし大丈夫だろう、多分。

 フィアナはその後、泉から顔を出し「やったなちびドラ!」とローア相手に水中追いかけっこを始めた。


 その間にも俺はせっせと水を汲んでいて、遊び疲れたローアたちが来た時にはもう十分な量の水を汲み終えていた。


「お兄ちゃん、とっても楽しかった! ここ、綺麗でいいところね」


「ああ、そうだろそうだろ。何て言ってもここは、この山で俺が一番気に入っているところで……んんっ!?」


 荷車に水の入った樽なんかを積み終えた俺はローアとフィアナの方を向いて……思わず固まってしまった。


 今更だが、ローアもフィアナも街中に出れば十人中十人が振り向く超美人さんだ。

 そんな女の子二人が、水で薄くなって肌に張り付いた服を着て立っている。


 ……要するに、ものすごく目のやり場に困る!

 特にフィアナはスタイル抜群で胸も大きいだけあって、もう直視できない……っ!!


「……ご主人さま? アタシの顔に、なんか付いてる?」


「いやいや! 別に何も!?」


 急いでそっぽを向くと、フィアナは怪しいと思ったのか俺の前に回り込んできた。


「いやいやって、その様子じゃ何かあるに決まってるじゃない。……はっきり言ってよ。アタシ、そういうよそよそしい態度は嫌いだからさ」


 むすっとしたフィアナに、俺はフィアナの体を直視しないようにしながら言った。


「フィアナ……服、どうにかならないか?」


「服? ……ああ、そういうことね」


 フィアナは濡れて張り付いた自分の服を少し引っ張るようにして見た後、何故かニヤニヤし出した。


「あれっ、もしかしてご主人さま結構ドキドキしてる?」


「……す、少しというか若干、みたいな? ともかく目のやり場に困るからもうちょっと離れて……」


「アタシは別に構わないけど? 寧ろご主人さまに好かれてるってことだろうし」


 俺がフィアナから距離を取ろうとした直後、またもやむくれたのは誰あろうローアだった。


「んむうぅ!! お兄ちゃん、わたしには何も思わないの? だったらいいもん、脱ぐもん!!」


「ちょい待ってややこしくなるから!!」


 服に手をかけたローアを、俺は必死に止めにかかった。

 すると何を思ったのか、フィアナまで服に手をかけ始めた。


「あ、ならアタシも。ローアに負けてらんないし、別に見られたって減るもんじゃ……」


「こっちのモノが削れるからやめろください!?」


 特に俺の理性とか理性とか理性とかが。

 ……結局、二人の濡れた服についてはドラゴンの力と不死鳥の力でそれぞれ新しいものを用意できることが判明したので、二人には速攻で着替えてもらった。


 いやはや、神獣の力って便利だなぁと思った瞬間だった。

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