3話 【呼び出し手】と第二の神獣
ローアがやって来た次の日。
「怪我もしてるし荷物の整理とかは明日にするか」と昨晩ローアと話した俺は、とりあえず昼近くまで眠る予定……だったんだけども。
「ご主人さま、アタシがやって来たからにはもう安心だ! これから先は、大船に乗ったつもりでいてくれよな!」
朝一番にバーン! と小屋へ飛び込んで来た元気一杯の女の子を見ながら、俺は起き抜けにベッドの上で首をひねっていた。
女の子は腰までかかる長い赤髪に、澄んだ空色の瞳をしていた。
それに見たところ同い年くらいだけど、スタイルも顔立ちも胸も、全部が全部街に居た誰よりも良くって……うん。
「えーと、どちらさま?」
こんな可愛い知り合い、間違いなく俺にいやしない。
それと「ご主人さま」とか言ってるし人違いで訪ねて来たんじゃないのかって状態だ。
だがしかし、女の子は「その疑問待っていました!」と言わんばかりに答えた。
「ふっふっふ、誰と聞かれちゃ答えてやるのが世の情け! アタシは不死鳥族の紅一点、フィアナ・フェネクス! 昨日ご主人さまの声を聞いて、まっすぐにここへ飛んで来たのさ!」
「不死鳥族……? というより俺の声って、もしかして……」
昨日も似たような話をした気がすると思った矢先、目の前の少女は自身の体を炎に包んで一瞬で変身した。
……いや、部屋の中で発火するのやめろください燃えてしまいます。
ストレートにそう言おうとしたものの、昨日のローアの時みたく俺は少女の変身した姿に目を奪われていた。
その姿は、美しい朱色の羽毛を持った人間大ほどの鳥。
そして体の各所から炎が吹き出ていて、如何にも只者ではないといった雰囲気だった。
その姿は確かに、おとぎ話なんかで神獣として伝えられている不死鳥そのままだった。
「そう、ご主人さまの持つ【呼び出し手】スキルの力さ。その『こんなところで終わってたまるか!』って熱い思い、アタシにもよく伝わって来た。だから人間族との古い盟約、気に入った【呼び出し手】の力になるってやつに従い、海を越えてアタシが助けに来たって訳!」
「う……海ぃ!?」
待て待て、この山から海って歩いて十日以上かかると思うんだが。
それをひとっ飛びで一晩か。
いやはや、不死鳥ってメチャクチャ速く飛べるんだな……ついでに俺のスキルって海の向こうまで届いてたのか。
そりゃ近くの魔物なんていくらでも寄って来る訳だ。
「うん、海だよ! ……ってご主人さま、驚き方がどうも普通だね。何というか、もっと飛び上がるほどびっくりするものだと……。それにこの様子じゃ事件も昨日のうちに解決したようだし、遅すぎたのかなぁ……」
何故か残念そうにしながら人間の姿に戻ったフィアナ。
うーむ、昨日飛び上がるほどびっくりしたから今日はそれほどというか。
人間、慣れって怖いものだと思う。
と、腕を組んで考えてたら、俺の上にかぶさっていた毛布がもぞもぞと動いた。
えっまさか……。
「ふあぁ……おはよ、お兄ちゃん。朝から誰とお話ししてるのー?」
大きなあくびをしてぴょこりと毛布の中から出て来たのは、やっぱりローアだった。
眠たそうにしながら俺の胸にピトッと張り付いて来たローアに、俺は少し焦り気味に言った。
「ロ、ローア、隣の部屋のベッドで寝ていた筈じゃ!?」
「うみゅ? ……寝ぼけてたから、よく覚えてなーい」
俺は微笑みながらそう言うローアの様子から確信した。
この子、確信犯である!
「それで、そこにいるお姉ちゃんは……あれっ? もしかして鳥さん??」
俺の膝の上に収まりながら目を丸くするローア。
一方、押しかけてきたフィアナと言えば、
「え、ええええええっと……もしかしてご主人様、お楽しみだった!?」
何か顔を赤くして、どうにもおかしなことを口走っていた。
「いや待って、その言い方は色々マズい!」
ローアは可愛いけど明らかに見た目年下、子供!!
……やましいことは一切してない、これはマジである。
「ええと、ご主人さまって? ……もしかして、鳥さんもお兄ちゃんの声を聞いて来たの?」
「鳥さんって……お前この感じ、まさかドラゴン!? ……ってことは、そっちも?」
「「……」」
ローアとフィアナは揃って首を縦に動かし、それからお互いをじーっと見つめていた。
石像のように、両方とも動かない。
「えーと、二人ともどうかしたのか?」
あまり雰囲気がよろしくないような気がして、俺は恐る恐るといったように話しかけた。
……次の瞬間。
「「とおっ!!!」」
二人は同時に飛び出し、宙で取っ組み合い出した。
すると当然、二人は重力に従い床に向かう訳でして。
「おい危ないぞ!? ……ぐえぇぇ!?」
「お、お兄ちゃん!?」
「ご主人さまー!?」
俺は二人をかばう形で床に飛び出し、二人の下敷きになって伸びたのだった。
……二人とも軽かったからよかったけど、普通の大人をかばってたら骨の一、二本くらい折れてたかも。
それくらいの衝撃に襲われた俺は、しばらく床で大の字になっているのだった。
***
「で、どうして二人とも突然取っ組み合ったんだ」
「「……ごめんなさい」」
しょげた神獣二人をベッドに正座させて、俺は仁王立ちで話していた。
「……実は、ドラゴンと不死鳥って仲が悪くって」
「悪くて?」
「お互いを見たら殴りたくなる仲って言うか。空の覇権を争って何千年って言うか」
「なるほど……」
二人の事情は大体分かった。
異なる種族の魔物同士が出くわしたら、縄張り争いになることはままある話だ。
要するに、二人はそんな感じに種族間の仲が悪いと。
「でもだからって、いきなり取っ組み合われちゃ俺が困る。人間の姿だったからまだしも、ドラゴンと不死鳥が本気で喧嘩したら小屋が吹っ飛びかねない」
「「ごめんなさい……」」
二人は本気で悪かったと思っている様子なので、ひとまず叱るのはここまでにする。
次は、事情聴取……というより、さっきから気になってることについてだ。
「フィアナは俺を助けに来てくれたって言ってたけど、どうして俺をご主人さま、なんてふうに呼ぶんだ? ちなみに俺の名前はマグって言うから、名前でいいのに」
するとフィアナは、首を横に振った。
「それはいけないよ。アタシたち不死鳥族のしきたりで、自分が心を認めた【呼び出し手】の力を持った人間が現れたら、その人に仕えなきゃいけないの。だからご主人さまって呼んでいるってわけ」
「俺の心を認めたって、それは?」
フィアナは俺の胸にペタッと片手を置いて、もう片方の手でサムズアップした。
「それはもちろんご主人さまのココから伝わってくる、純粋に『生きたい!』って願う強くて熱い心をだよ! 最近の人間は物欲金欲性欲塗れって感じだけど、ご主人さまはそうじゃない。純粋にこの先に進みたいっていうか、そんな感じの思いだったから。『そこまでまっすぐ生きることを望むなら、アタシが力を貸さずに誰が貸してやるのさ!』って思ってたんだけど……」
フィアナはちらりと、自分の真横に座るローアを見つめた。
「まさか先客がいたとはね、はぁ……」
「ふーんだ。わたしこそ、まさか他のドラゴンどころか鳥さんが来るなんて思ってもなかったよ」
ため息をつくフィアナに、拗ねたような物言いのローア。
二人とも困ったような雰囲気を醸し出していて、俺は後ろ頭をかいた。
「その、ローアもフィアナも力を貸してくれるって言うのは嬉しい。俺だって、ローアやフィアナたち神獣の力を借りなきゃこの先厳しいかもって、正直思ってる。だから欲張りなようだけど二人とも一緒にって言うのは……難しいのか?」
「うーん……」
ローアはため息をついて、それから俺にピタッと張り付きながら言った。
「わたしはいいよ? せっかくお兄ちゃんに会えたんだから、すぐに帰るなんてつまらないもの。それに昨日の夜に食べさせてもらった食事も美味しかったし、この家の寝床もふかふかだったし。わたしは我慢してあげるわ、お母さんたちほど頭も硬くないから」
「ローア、ありがとう。それでフィアナの方は、どうだ?」
「う、ううぅ……。アタシはあまり気乗りしないけど、しきたりもあるし……ここで下がったらそこのちびドラに負けた気もするし。いいさ、我慢してあげる!」
「フィアナ……!」
これで手を貸してくれる神獣が二人。
外れスキルのお陰であの世までまっしぐらって雰囲気だったけど、本当にどうにかなりそうだ……!
「ただしっ、条件がある!!」
「条件?」
フィアナは俺のそばまで寄って来て、力強く言った。
「そこのちびドラみたく、アタシも撫でたりぎゅってすること! そこのちびドラにやってあげてアタシにやらないなんてこと、今後はナシ! ……何か、負けた気がするからっ!!!」
ハタから見ればとんでもないこと言ってるように見えるかもしれないけど、さっき説明を聞いた俺としては「なるほど、種族的な意味でドラゴンのローアに負けたくないのか」と納得できた。
少しでもローアに劣る扱いをして欲しくない、要するにそういうことなら。
「分かった、了解したよ。俺もこれから色々助けてもらうんだし、それくらいなら全力でやる」
俺の命もかかっているんだし、ローアに負けない扱いをってことなら、俺も真面目にやらなければ。
俺はローアにやったように、ぎゅっとフィアナを抱きしめた。
するとフィアナは「ふあっ!?」っと声を出した。
「ごめん、痛かった?」
「いや、そんなんじゃ……。でも、人間の体っていいな。こうやって抱きしめてもらうと、暖かくていい気分。不死鳥の体は自由に飛べるけど、こういうことはできないから」
フィアナはそれからすんすん、と俺の胸のあたりで鼻を動かして、ぎゅーと抱きしめ返して来てから、言った。
「うんうん、これでよし。アタシもそこのちびドラに負けない待遇ってことで、これからよろしく。ご主人さま!」
ニコッと微笑むフィアナは、ローアとは別の方向で本当に可愛らしく見えた。
俺はフィアナに一つ頷き、これで一件落着……と思いきや。
「……むぅ……。鳥さんの方が、少し長かった気がする。それとわたしにはローアって名前があるんだから、鳥さんもそう呼んで」
ローアは小さくむくれて、頬を膨らませていた。
フィアナはローアの柔らかな頬を突きながら、ニッと笑った。
「だったら、アタシのことも鳥さんじゃなくてフィアナって呼びなよ、ローア」
「……分かった、フィアナ」
何はともあれ、二人とも一緒にやっていけそうでよかった。
さて、一件落着したところで朝飯にしようか。
今日は引っ越し翌日でやることも多いし、早いに越したことはないだろう。
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