第23話
それから麻紀は園田に抱えられるようにして店に入り、そのまま休憩室に運ばれた。
園田に運ばれて椅子に座らされ、ぐったりしている麻紀を見て、最後に出勤してきた店長が目を丸くした。
店長が何か話しかけているが耳鳴りがひどくて聞こえず、おまけにめまいで視界も悪いので、麻紀は店長の顔があるであろう方に顔を向け、目を細めて首を傾げた。
麻紀が聞こえていないことに気づいた店長は、口を大きく開けながら休憩室を後にした。
後日判ったことだが、そのとき店長は社長夫人に声を荒げたようだ。
麻紀がこうなったのはお前のせいだと。
すると社長夫人は閉口し、社長は思い当たる節があるのか、店長と目を合わせなかったらしい。
涼しい店内で落ち着いてきた麻紀の視界は、少しずついろんなものを認識し始めた。
近くに人影があったのでよく観察すると、それは園田だった。
園田は一部始終を廊下の影から見ていた。
お前が一番に怒鳴られろ、と麻紀は呆れた。
ようやくめまいも耳鳴りも治まった麻紀は、のろのろと立ち上がり廊下の影から様子を窺っている園田の横を通り過ぎ、怒鳴り終わって自席に着いてもなお、いらいらと貧乏ゆすりをしている店長の前を通り過ぎ、こちらを見もしない社長夫人を無視して、何とも思っていないように振る舞う社長に早退する旨を伝えた。
社長は快く承諾し、麻紀はまた店長の前を通り過ぎ、園田の横を通り過ぎてかばんを取りだしてタイムカードを切った。
タイムカードの時刻は、まだ就業時刻前だった。
かばんを持ってフロアに出ると、皆から見える位置で麻紀は振り返った。
戸惑った視線を向ける園田、心配そうな店長、ただ視線を向ける社長、決して目を合わせない社長夫人。
それらが一望できることを確認して、麻紀はお先に失礼します、と頭を下げてなんとか帰宅した。
次の日の八月最終日、麻紀はさすがに欠勤した。
社長に電話すると、はいはいと聞いているのかいないのか判らない返事をして、早々に電話を切られた。
関わりたくないとでも言うように。
それからは、早退したり欠勤したりの繰り返しでもうどうにもならなくなったので、何度目かの早退をした水曜日、麻紀は病院に行った。
症状を伝えると、身長と体重を測るように言われて従った。
五十キロ近くあった体重は四十一キロにまで落ちていた。
その結果を受付に報告して順番を待つ。
目が冴えているような、眠いような、よくわからない心地でいると番号を呼ばれ、診察室に入る。
「これね、僕の領分じゃないな」
麻紀は内科の先生が何を言っているのか解らず、きょとんとした。
「君のような症状はストレスのせいだよ。一応内科の病名で言うと、過敏性大腸炎。でもこれはその症状の本当の名前じゃないの」
「過敏性大腸炎……」
「この病院、心療内科があるのは知ってる?」
「はい」
「申し訳ないけど火曜日しかやってないんだよね。一応腸の調子を整える薬出しとくから、心療内科の診察日までなんとかがまんしておいて。どうしてもだめだったら仕事行っちゃだめだよ」
「あ、はい……」
ありがとうございました、と診察室を出て診察券が戻ってくるのを待つ。
麻紀は笑いが込み上げてきた。
麻紀は人目を気にすることなく素直に笑った。
周りに座っている数人から驚かれたが、今の麻紀にはそんなことはどうでもいい。
専門ではない内科の先生に心療内科を薦められた。
それほど明らからしい。
ほら見たことか!
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