藍玉の付喪神
化野 佳和
第1話
この国は、八百万の神がおわす国である。
日常では目にする機会などないような、神社の御神体はもちろんのこと、普段は見慣れている草木や、毎日履く靴に至るまで、ありとあらゆるものに神は宿っている。
それは、目に見えない言葉でさえも。
たとえ欠けた茶碗ですらも、粗末に扱ってはいけない。
何事にも感謝の念を忘れず、日々を過ごすことが大切なのだ。
ものを大切に。
そうしていれば、そこには神が宿る。
宿った神は持ち主を護ってくれる。だからないがしろにしてはいけない。
しかし、ものが溢れるこの時代、いったい誰がこのことを知っているだろうか。
ものに力が宿るなど、ましてや神が宿るなど。いったい誰が信じていようか。
自分を護ることで精いっぱいの時代の中で、一つのものを大切にしている者がいる。
肌身離さず持っているそれは、必ず持ち主を護るだろう。
最期の役目を果たすその時まで、大切にしてほしい。
そしてどうか、自分のことも同じくらい大切にしてほしい。
雀が鳴いている。
鶴岡麻紀は、明るい部屋の天井をぼーっと見つめた。
寝室の中がまぶしくて、ぎゅっと目を閉じながら左手を額に当てると、目尻に冷たいものが当たる。天然石の腕輪だ。
頭の中に霞がかかっていて何事もうまく理解が出来ないまま、部屋の時計に目をやると、まだ七時を過ぎたところだった。
目覚ましの音よりも早く、麻紀は目を覚ました。
目覚ましを設定している時刻は七時半だが、今年に入ってから目覚ましの音を聞いて起きた試しがない。
麻紀は身体を起こさない。できればこのまま、布団から出たくないというのが本音だ。
太陽の光と熱が、網戸越しに部屋に入ってくる。
麻紀はもう一度眼を閉じた。
このまま目覚ましが鳴るまで寝てしまえたら。
そう思うのだが、もし寝過ごしてしまったらどうしようと不安に駆られて、眠ることができない。
目を開けて時計を見る。
まだ十分も経っていなかった。
麻紀は携帯の電源を入れて、おもむろにゲームを始めた。
時折ちらりと部屋の時計を見る。
少しゲームに夢中になりかけたところで、携帯の目覚ましが鳴る。
それを即座に切ってまたゲームを始める。
時折部屋の時計を見る。
やっと八時になった。
麻紀はひどくのろのろとした動きで身体を起こす。
腰まである長い髪がまとわりつく。
それにも構わず、麻紀は仕方なく立ち上がって木製の簪で髪をまとめると、一階へ下りる。
簡単な身支度を整えると台所の隣の部屋へ行き、仕事で着る服を引っ掴む。
服を持ったまま二階の寝室へと階段を上がる途中、胃がむかむかしてくる。
着替えるために一旦ベッドに腰掛けると吐き気がせりあがってきた。
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