第131話 崩壊
教会下のダンジョンに入ると、内部はすでに崩壊寸前だった。
さきほど襲ってきた魔物たちも、すでにいない。
おそらくそれすら維持できないほど、ダンジョンが衰退しているのだ。
こちらの一押しがあれば、術式はすぐにでも消失するだろう。
「よくも、やってくれたわねぇ……」
霊廟の入り口に立つと、ヴィルヘルミーナが棺の影から姿を現した。
こちらを睨み付ける目は怒りに満ちているが、息は上がり足取りもおぼつかない。かなり衰弱しているようだ。
よく見れば手を術式に一部に触れたままなので、遺跡の魔力の代わりに自分の魔力を注ぎ込んでいたのだろう。
まあ、さしもの魔王の巫女でも焼け石に水、といった様子だが。
「ああ。遺跡の魔力が供給源だと分かったからな。止めさせてもらった」
「よくも……! ――《解除》」
ヴィルヘルミーナがこちらに向かって手をかざすと同時に、虚空から無数の武器が出現した。それが、俺たちに向かっていっせいに放たれる。
「危ねえっ!」
「ひゃんっ!?」
とっさにパレルモを抱きかかえると、霊廟から通路に転がり込むように退避。
次の瞬間、俺たちのすぐ上をいくつもの風切り音が通り抜けてゆく。
――ガガガガガッ!
「危ねー……」
倒れたまま通路の奥を見れば、突き当たりの壁に無数の武器が突き刺さっているのが見えた。
槍や剣、錫杖なんてものもある。
コウガイの話を思い出す。
ヴィルヘルミーナは確か、《封印》とかいう能力を持っていると語っていた。
どうやらヴィルヘルミーナは術式から魔物を召喚するだけでなく、パレルモの《ひきだし》のように、亜空間に武器を隠し持っているらしい。
おまけに、そのまま投擲することもできるようだ。
あれらはナンタイの打った魔武具だろう。
だとすると、どんな効果が付与されているのか分からない。
ならば、かすり傷を負うのもあまりよろしくないな。
正直な感想を言えばあんな使い方があるというのは驚きだが、現実に使ってくる以上対処するしかない。
となれば……
「ラ、ライノー……お、重いよー」
耳元で声が聞こえ、意識が現実に引き戻される。
気付けば、パレルモの顔が、すぐ目の前に見えた。
鼻と鼻がくっつきそうな距離だ。
攻撃を回避するさいにパレルモに覆い被さるような格好になってしまっていたらしい。
「す、すまん。すぐにどく」
転がるようにして、慌てて脇にどく。
しばらく体重をかけたままになっていたせいか、彼女の顔がうっ血してしまっている。
「……パレルモ、大丈夫か?」
「……ウ、ウン? ワタシ、ダイジョブダヨー?」
寝転んだままのパレルモが、俺の言葉にこくりと頷く。
だが、なぜか俺と反対側を向いたまま目を合わせてくれない。
つーか、なんだそのカタコトは。
「ここは危ない。奥にさがるぞ」
「う、うん! ……はあ……」
次の攻撃が来ないうちに、通路の奥に隠れる。
背後でパレルモのため息が聞こえた気がする。
……やはり怒っているようだ。
かなり勢いよく押し倒したからな。
あとでもう一度謝っておくか。
◇
「……さて、どうしたものか」
俺は通路の壁に背を預けたまま、ちらりと霊廟側を見やる。
ここは部屋からは死角になっており、武器が届かない。
だが顔を半分だけ出して、様子を伺おうとすると――
――ガガッ!
「おっと」
ものすごい勢いで武器が飛んできた。
慌てて顔を引っ込める。
見れば、今度は
どちらも石造りの壁面深くに突き刺さり、ビイイィィン……と柄の部分が震えている。かなりの威力だ。
もしかすりでもすれば、毒や呪いを受ける前に顔が吹っ飛んでしまうだろう。
それから二度三度と霊廟の様子を伺ってみるが、そのたびに武具が飛んでくる。
これでは先に進むことができない。
ここからだと相手の攻撃は届かないが、俺たちも攻撃を仕掛けることができない。完全に膠着状態だ。
相手の手札を考えてみる。
術式の維持が手一杯なのだろう。魔物の召喚は今のところない。
他にも手札を隠している可能性もあるが、少なくとも遠距離攻撃の手段は武器射出だけとみて良いだろう。
この状況で出し惜しみをするとは考えにくいからな。
となれば、俺が先行して飛来する武器を《時間展延》で全て捌きつつ、攻撃が途切れた瞬間に背後からパレルモが空間断裂魔術をぶちかますのが最善策か。
かなりの魔力を消費することになるが、背に腹はかえられない。
……よし。
そうと決まれば、あとは実行するだけだ。
「よし、パレルモ。そろそろ反撃の時間だ」
手短に、概要を伝える。
「う、うん、りょーかい!」
「よし、じゃあいくぞ。――今だ!」
タイミングを見計らい、通路の死角から飛び出す。
「させないわぁっ!」
ヴィルヘルミーナが叫ぶ。
一瞬だけ彼女の鬼気迫るような表情が視認できたが、それもすぐに幾十振もの長剣、大剣、曲刀に戦槌に埋め尽くされ見えなくなった。
それらが、俺たちをバラバラに引き裂かんと殺到してくる。
「――《時間展延》」
だが、魔武具といっても所詮はただの武具だ。
物量も威力も凄まじいものがあるが、当たらなければどうということもない。
魔剣の類いといえども、俺たちを追尾してくるわけでもないしな。
ギギンッ! ギギギンッ!
俺は手に握った短剣で身体を突き刺そうと迫るものだけを軌道を逸らし、あるいは撃ち落としてゆく。
攻撃が途切れたところでスキルを解除。
ガガガガガガ――ゴゴゴ――
背後で凄まじい音が聞こえるが、俺たちには傷一つない。
「なっ……あれを受けて、なぜ生きているのぉっ!?」
その様子を確認するやいなや、ヴィルヘルミーナの顔が引きつる。
だが、それに答えてやる義理はない。
「今だ、パレルモ!」
「あいあーい! とわーっ!」
パレルモが俺の後ろからさっと飛び出し、両手を前に突き出した。
――バキン! ゴゴッ!
ガラスが砕けるような破砕音が鳴り響く。
次いで、轟音が霊廟全体を揺るがす。
よし、成功だ!
パレルモにより破壊された場所からパリパリと薄い膜が剥がれるように、霊廟に施された術式が剥離してゆく。
それと同時に、夥しい量の光の塊が次々と床や壁、それに天井から溢れ出した。
術式に捕えられていた人々の魂が解放されたのだ。
「わ、私の術式がぁっ!? そ、そんな、ウソでしょぉ……」
ヴィルヘルミーナが呆然と呟き、へなへなとへたり込んだ。
やがて光の塊は奔流と化し、俺たちの脇をすり抜けどんどんとダンジョンの外へと流れて出してゆく。
「キレイ……」
パレルモが、その様子を呆けたように眺めている。
だが、まだ最後の仕上げが残っている。
まだ、『ダンジョン拡張』の術式そのものを完全に崩壊させたわけではない。
「ダメ押しだ。パレルモ、もう一発撃ち込んだら即座に退避するぞ。……一応、出力は加減しておけよ? ダンジョンごと崩壊させたら俺たちも生き埋めだからな」
俺は術式が光を失うのを見届けてから、パレルモに声をかける。
「う、うん分かってる……よ?」
本当に大丈夫だろうか?
まあ、さっきは問題なく術式だけを破壊できたからな。
彼女の腕を信じよう。
「じゃあ、いっくよー! せーのっ」
パレルモの手から放たれた不可視の刃が今度こそ術式を完全に破壊し――
そのとき。
霊廟にへたり込んだままのヴィルヘルミーナが、ニヤリと笑った気がした。
それと同時に、真っ黒な殺気が、怖気となって俺の背中を撫でてゆく。
この感じ――なにかヤバいっ。
「パレルモッ!」
俺はほとんど無意識のうちに叫ぶと短剣を引き抜き、パレルモの前に躍り出る。
「ほわわっ!? ちょっとライノ、危な――っ!?」
――ギィン!
火花が目の前で散り、甲高い金属音が鼓膜を叩く。
同時に、凄まじい衝撃が俺の身体を襲った。
「ぐっ……」
食いしばった奥歯から、思わずうなり声が漏れた。
クソッ、重い……!
不意の攻撃だったが、咄嗟に身体能力を強化して正解だったようだ。
なんとか、受けきることができた。
「……ほう。今の一撃を受けきるか。しかも、魔剣ですらないただの短剣で」
落ち着いた声が、頭上から降ってくる。
声の主は、太刀を持った長身の男だ。
クソ、コイツ……どこから現れた?
今まで気配を殺して隠れていたのか?
「オラぁっ!」
――ギギン!
さらに身体を強化して、力づくで太刀を弾き返す。
「ふむ」
だが、手応えはあまりない。
気配がスッと離れてゆく。
どうやら受け流されたらしい。
「なるほど。お前がナンタイか」
コウガイの話どおり、外見は優男だが……その剣圧はサムリなんかとは比べものにならない。
「いかにも」
霊廟の薄闇の中、ナンタイの構える太刀がギラリと鈍く光を放った。
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