第113話 現況調査

「――《解体》ッ」


 腰丈まで生い茂る草原の草花をまき散らし、大猪――ワイルドボアが猛然と突進してくる。

 接触する寸前に俺は半身を捻り、すれ違いざまに短剣を一閃、二閃。


『ブギィッ!?』


 片側の前脚、後ろ脚を根元から斬り飛ばされ、バランスを保てなくなったワイルドボアの巨体がもんどり打って地面に倒れ込んだ。


「っし。もいっちょ――《解体》」


 視界に浮かび上がる光の筋が指し示すのは、固い頭蓋の継ぎ目部分だ。

 そこへ、短剣を一息に突き入れる。


『ギッ――』

 

 ワイルドボアは二、三度痙攣すると、沈黙した。


「……よし、これでラストか」


 短剣を一振りして血を払うと、一息ついた。

 周囲には、これまでに仕留めた数体のワイルドボアが横たわり、遠くを見れば、見渡す限り青々と生い茂る草原が広がっている。


 上を見上げれば、底が抜けたような深い青空。

 さんさんと降り注ぐ陽光。

 いくつもの大きな雲がゆっくりと流れていく。

 心地良いそよ風が、頬を撫でてゆく。


 仕留めた魔物を視界に収めなければ、牧歌的と言っていい風景だ。


 すぐ近くに下層へと続く階段が見えていなければ、地上だと勘違いしてしまいそうになるが……俺は今、『嫉妬』の遺跡内部――その第十五階層にいる。


 コウガイと『ねね』さんをダンジョン最奥部の祭壇の広間に据える以上、冒険者たちが依頼を受け探索を始める前に俺としてもこのダンジョンの階層構造をしっかり把握しておきたかったためだ。


 ちなみにパレルモとビトラはすでにこの辺りも狩り場にしていたようだが俺自身は祭壇の広間から先に進んだことはなかったため、最初は二人に説明を求めることにしたのだが……


『かいそーこーぞー? その魔物さん、おいしーの?』


『む。階層構造? 触手とスライムひしめく深層部を除き、どの階層にも美味な魔物が多く生息している。それ以外の情報に価値があるとは思えない』


 全く要領を得なかった。


 そりゃ二人にしてみれば、マッピングにも罠にも興味はないだろう。

 単純に戦闘力でゴリ押し可能だからな。


 そんなわけで、俺自ら出向くほかなかったのだ。


「しかし、ここは広いな」


 明らかにこの階層は想定される階層構造と上下左右の遠近感が一致していない。他の階層もこのような自然地形が存在する階層もあるが、ほとんどは小一時間程度で踏破可能な広さだった。


 だが、ここは地平線が見えるほど広い。

 おそらく、時空の歪みが生じていると思われる。


 だがまあ、大規模なダンジョンならば一階層か二階層程度なら、ままある現象だ。気に留めるほどのものでもない。

 気持ちいい景色を楽しみながら狩りができるし。


 ちなみにここからさらに上層、十階層目までの探索も終了している。

 第十階層と第十一階層をつなぐ通路の端には、ダンジョンの自己修復作用の影響を受けないよう魔術処理されたタグが打ち込まれていたから、すでにグレン商会の探索部隊が到達しているようだ。


 このため、それより上はあえて探索するまでもないだろう。

 その気になればギルド経由で情報を確認できるだろうからな。



 これで一通りこの『嫉妬』の遺跡を攻略したことになるわけだが、このダンジョンを一言で言い表すならば、


 『探索者を絡め取り、じわじわと死に至らしめる蜘蛛の巣のようなダンジョン』


 である。


 階層の深度は四十三階層。

 パレルモのいた『貪食』の遺跡が五十階層、ビトラの『怠惰』が四十階層だから、ちょうどその間だな。

 標準的なダンジョンの倍以上の深度を持つから、当然その分難易度は高くなる。


 とはいうものの、上層部から中層部の途中までは、階層構造はシンプルで罠もほとんど存在せず、探索難易度はかなり低めだ。


 出現する魔物もときおり大型の蟲型魔物と遭遇することがあるものの、総じて獣型が多く、倒しやすい。

 ルーキー冒険者でも、かなりの深度を稼げるはずだ。


 これが中層部の半ばまで続く。


 ここまではいい。


 だが、中層部の後半部分に突入すると、ダンジョンはその様相をがらりと変化させ、その禍々しい牙をあらわにする。


 中層部に差し掛かった時点で徐々に凶悪な罠が増えていくのでおかしいと気付く冒険者がいるだろうが、このダンジョンの本領はここからだ。


 中層後半から最下層である祭壇の広間から十階層ほどの深層部分は、毒持ちの触手型魔物に腐食性スライム、それに宝箱に擬態して獲物を待ち伏せする『ミミック』などがひしめき、状態異常付与型の罠が大量に仕掛けられるようになる。


 俺たちのように毒や麻痺がほぼ無効ならそれらも何の障害にもならないが(服や装備品に気を付ける必要はあるが)、通常ならば相当に実力のある冒険者パーティーでも、最深部まで到達するのはかなり難しいはずだ。


 まあ、迎え撃つ側としては冒険者たちにはさっさと脱落してもらえると非常にありがたいのだが……ダンジョン内で連中が大量に死ぬのはさすがに夢見が悪すぎる。

 面倒だが、何か最低限の対処はしておくべきだろう。


 しかしここまで殺意が高いダンジョンだと、逆にナンタイらが一体どうやって最奥部まで到達するつもりなのか、興味が尽きないところではある。


 まあ、高ランク冒険者を何人も護衛として雇うと考えるのが自然か。

 そいつらも、ヤツの目的から考えると結局は捨て駒要員になるだろうが……




「ライノー! こっちも終わったよー」


「む。こちらの群れも殲滅完了」


 物思いにふけりながらワイルドボアの解体処理をしていると、パレルモとビトラが草をかき分け駆け寄ってきた。

 どうやら周囲にいた魔物は無事掃討できたようだ。


「二人ともお疲れさん。首尾はどうだ?」


「みてみてライノ! ウサギさん、たいりょーだよ! 今夜は兎鍋にしよー!」


 パレルモはそれはもうホクホクとした顔だ。

 《ひきだし》からさきほど狩りまくったと思しきアサルトラビットを何体も何体も取り出しては、元気よく草むらに並べてゆく。


 どの兎さんも、キレイに頭部が切断されてますね……


「よ、よくやったパレルモ。血抜きと解体は後で俺がやるから、とりあえずウサギさんは《ひきだし》内にしまっておこうか」


 俺とて冒険者だ。

 先ほどの戦闘で魔物をバラバラに斬り刻んで仕留めている以上とても人のことを言えたものじゃない。


 だが、である。


 前提として、パレルモは儚げな雰囲気の銀髪美少女だ。


 そんな彼女が『首無しウサギさん』と『その頭部』をそれぞれ両手で掲げつつ満面の笑みを浮かべている(しかも足元には同じような首無しウサギさんが何体も並んでいる)様子は、どう言い繕っても『悪夢』以外の何物でもない。


 まあ、当の本人無邪気に今晩のご飯に夢を馳せながら、キュルル、と可愛らしくお腹を鳴らしているだけなのだが。


「む。ライノライノ。私の成果も見て」


 パレルモの所業に若干引いていると、ビトラが俺の腕をツンツンとつついてきた。

 彼女もなにやら頬を紅潮させ、得意げな様子だ。

 どうやら褒めて欲しいらしい。


「ビ、ビトラさんは何を仕留めてきたのかなー?」


 俺をつついた方と反対側の手には、何やらツタのようなものを握りしめている。

 おそらく彼女が創り出した植物だろう。 

 仕留めた魔物を捕縛でもしているのだろうか。


 ツタは草むらの奥へと続いており、その二十歩ほど向こう側がザワザワと蠢いている。


 どうやら生け捕りのようだが、腰丈ほどある草のせいで全容は窺い知れない。

 かなりの大物らしいが……


 うん、イヤな予感しかしませんね!


「む。パレルモの狩り方では鮮度が落ちてしまう。私はそのような雑な仕事はしない」


 むふんとしたドヤ顔で、ビトラは手に持ったツタをぐいっと引っ張った。

 反応なし。


「む。もしかして、抵抗している? む……んっ」


 ぐい! ぐい! とツタを強く引っ張ると、草むらのざわめきが大きくなった。


 ――そして。


『キシャアアァァッッ!!』


 奇怪な叫び声とともに、何か大きな黒い影が草むらから躍り出てきた!

 この緑色の細長い胴体、逆三角形の小ぶりな頭部に鎌状の前腕部、それに人間の身長を優に超える巨体は……


 大型の蟲型魔物――キラーマンティスだ!


 蟲型魔物、それも大型種――それを自覚した瞬間、背筋に怖気が走る。

 クソ! 何となくこうなる気がしていた!


「――か、《解体》!!」


 バスッ! バスッ! バスッ!


 キラーマンティスが繰り出す鎌状の前腕部を身を沈めて躱し、スキルを発動した短剣で何度も斬り刻む。


『ギッ――』


 キラーマンティスが体節ごとに分離し、草むらにドサドサと落ちた。

 すでに動く気配はない。


 だが、まだだ。まだ不十分だ。


 俺はさきほど解体したばかりのワイルドボアの脂肪層を素早く掴み上げると、短剣で細かく切れ目を入れつつキラーマンティスの残骸に付着するように投げ付ける。


 そして……


「――《火焔》ッ!」


 ボンッ!


 最近ちょっとだけ鍛錬したお陰で出せるようになった拳大の火球が脂肪にまみれたキラーマンティスの残骸に着弾し、激しく炎上する。


「ふう。敵は灰燼と帰した」


 あっという間に燃え尽きたキラーマンティスの残骸を確認し、俺は額に浮かんだ汗をグッと拭い取る。

 とてもすがすがしい気分だ。


「むむぅ……せっかくの魔物が……」


「ああ~蟲さんが……」


 二人して悲しそうな顔をするが、蟲型魔物は食い物じゃないからな。

 迅速な焼却処分が相当である。


「む……でも、どうして。動けないよう、きちんとツタで縛ったはず」


 ビトラが珍しく納得のいかない顔をしている。


「見ろ。コイツは前腕部がカミソリみたいな鋭い刃になっているだろ。直接的な捕縛は無理だ。せめて、魔術による拘束か、太めの鋼鎖じゃないとダメだな」


「む、確かに。……無念」


「もう捕まえないでくれよ? 頼まれてもアレは調理しないからな」


「む。約束はできない」


「……そんなむくれた顔をしてもダメだからな」


「む……」


 とりあえず、そんな感じで『嫉妬』の遺跡調査は完了した。


 あとは、ギルドの依頼で殺到する冒険者たちを、どうふるい落としてナンタイとヴィルヘルミーナだけを最奥部まで誘導するか、だが……


 ここはまあ、屋敷に戻ってから考えればいいだろう。

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