第104話 ギルマスvs魔物カリー
依頼を終えギルドに戻るころには、すっかり日が落ちていた。
依頼の受付カウンターはすでに閉じられており、ギルド内は閑散としている。
せいぜい併設酒場から酔っ払いどもの笑い声がときおり聞こえてくるくらいだ。
依頼は達成済みなので一直線に依頼達成報告用のカウンターまで進む。
こちらは深夜まで空いている。
そこでは、受付嬢とアーロンが何やら話し込んでいた。
「おうライノ、帰ってきたか。報告を聞こう」
こちらの姿をみるなり、手招きをしてくる。
どうやら俺を待っていたようだ。
パレルモとビトラを待機所の長椅子に座らせ、アーロンの元へ向かった。
「で、どうだった」
「あんたの言う通りだったよ。あの武器は危険だな」
ルンドグレーン武具工房から発行された、親方の署名入り『依頼達成証明書』をカウンターに出しながら答える。
「ふむ。そうか、やはりか。……おいレナ、これはリラに回しておいてくれ。裏にいるはずだ」
アーロンは『依頼達成証明書』を受け取ると、一瞥してから受付嬢に渡した。
「承知しました」
いかにも仕事のできそうな感じの受付嬢は書類を受け取ると、バックヤードに姿を消した。
「書類の処理と報酬の準備に少し時間がかかる。その間にメシにしよう。お前も付き合え。そっちの嬢ちゃんたちも一緒で構わんぞ」
「ごはんっ!?」
「む。ごはん」
「メシ」の単語が聞こえたのか、パレルモとビトラが同時にババッ! と振り向いた。腹が減っているのは分かるが、反応早すぎだろ。
たしかに、この依頼の処理が終わってから夕食にする予定だったから仕方ないといえば仕方ないのだが。
「……ウチのヤツら、食い意地が張っててすまんな」
「いいってことよ。素直なヤツは男だろうが女だろうが嫌いじゃない。最近の冒険者は
「……あんたに言われるまでもない」
アーロンが俺の肩にガシッと腕を回してそんなことを言ってくる。
ニヤニヤ顔だから、からかっているつもりなんだろう。
だが、不思議と悪い気はしなかった。
そんなわけで俺たち三人はアーロンの執務室で、依頼の報告がてら、夕食を取ることになった。
◇
「よし、適当にかけてくれ。まずはメシだ。依頼から帰ったばかりで腹が減っているだろうからな。……実は俺も働きづめでクタクタでな」
とてもそうは見えない顔色とガタイだが、俺たちが腰掛けるのを待たずに応接用の椅子にどっかと体重を預けていたりゴキゴキと首や肩を鳴らしている辺り、どうやら本当に疲れているらしい。
そういえばここのところ、ギルドが冒険者たちでごった返しているからな。
冒険者の魔物化事件などもあるし、さしものギルド長も体力が持たなかったということか。
「ほら、嬢ちゃんたちにもコイツを配ってくれ。在庫は山ほどあるから遠慮はいらんぞ」
アーロンが部屋の奥の棚から何かを取り出して、応接テーブルにごそっと置いた。どうやらこれが今夜のメインディッシュらしいが……
「……コイツは?」
「冒険者のソウルフード『行動食』だ」
「そんなドヤ顔で言わなくても知っている。俺が言いたいのは、まさかコレが夕食なのか、ということだ」
パレルモとビトラは応接用テーブルにこんもりと積まれた行動食を興味深そうに眺めているが、俺はコイツの味と食感をイヤというほど知っている。
確かに執務室で豪華な食事が出てくるとは思っていなかったが……それにしても質素に過ぎるだろ。
「なんだ、不満そうな顔だな? 手早く食事を済ませるにはこれが一番だ。ダンジョン内でも隙がないし、書類仕事中でも手が汚れない。最高だろ。……もしかしてお前、Sランクになってから舌も肥えちまったってのか?」
「ダンジョンに持っていく食料にランクは関係ないだろう! そもそも俺はFランクだ!」
「ああ、それな」
アーロンは慌てず騒がず行動食を一口囓ると、とんでもないことを言い出した。
「お前の冒険者ランクはSに戻しておいたぞ」
「……はあぁっ!?」
思わず立ち上がってしまう。
おい、なに余計なことしてんだよ!
せっかくFランクのままのんびり暮らそうと目論んでいたのが台無しだろ!
「お前ほど優秀な人材がFランクだと? お前、実はアホなのか? どこの世界に元勇者パーティー所属のFランク冒険者がいるってんだ! そもそもこれまでの勇者パーティーでの実績の話だけじゃねーぞ。交易路を妨害していた盗賊団やらバカでかい魔物をサクッと討伐したあげく、単独で冒険者狩りはとっちめるわ、魔物化した冒険者たちを軽~くボコして連行してくるわ……実績しかないわっ! ともかく……もはやお前がSランクでない理由を探す方が難しいんだよ!」
アーロンが半ギレでまくし立ててくるが、そんなことを言われても困る。
勇者パーティー時代は実績といってもサムリらが立てたものばかりだし、冒険者狩りやら魔物化冒険者の件なんかは依頼ですらない。
そんなものを実績と呼ばれても困る。
「……いや、俺はFランクで充分なんだが?」
「Sランクからの降格は、俺が許さん。
アーロンは一本目の行動食を囓り終えると、ドヤ顔でそう言い放つ。
「ふざけんな! 権限濫用だ!」
「権限の濫用だと? これはギルド全体を考えた上での、正当な権限行使だ!」
このクソギルマスめ…… なんつーヤツだ。
ここぞとばかりに権力を行使しやがって……!
しかし、こうとなってはギルドの長ともあろう者が前言を撤回するとは思えない。ここはいったん、引き下がるしかないようだ。
どのみち冒険者ギルドにおけるランク制は、無謀な低ランク冒険者が高難度依頼を受け死傷したり、失敗して依頼主に迷惑をかけないようにするための制度だ。
それにランクそのものは、自分で言い出したりギルドカードを見せびらかしたりしなければ分からないだろう。
バレないようさえ気を付ければ、日常生活に支障をきたすことはないだろう。
とはいえ、してやられたままでは俺の怒りが収まらん。
……そうだ。
いいことを思いついた。
「アーロンギルド長殿。あんたの言い分はよーく分かった。Sランクも行動食も、ありがたく頂戴しよう」
「そうかそうか、分かってくれたのならいい。俺も強制はしたくないからな」
どの口で言ってるんだ……
まあいい。
俺はテーブルの上に山のように積まれた行動食を一つ取り上げると、さらに続ける。
「パレルモ。《ひきだし》から『カリー』を出してくれ」
「ふぁうっ?」
妙にくぐもった返事が聞こえたので彼女を見やると、キョトンとした表情で何かを頬張っているのが見えた。
いや、何かじゃない。
テーブルの上に積まれているモノといえば、一つしかない。
すでに彼女の前のテーブルには、クシャクシャの包み紙が何枚も散らばっていた。
「…………」
ビトラを見る。
一瞬だけ目が合い、すぐに逸らされた。
彼女の前のテーブルにも、何枚もの包み紙が散らばっていた。
コイツら、行動食をいったい何本食べたんだ……
まあ…このさい、それはいい。
「パレルモ、『カリー』だ」
「ふぁふぁっふぁ!」
「喋るのは口の中のモノを呑み込んでからな?」
「……ごくん。はーい。でも、いいのー?」
パレルモは、知らない人間に自分の魔術を見せることを躊躇しているらしい。
「問題ない。たしか、
「……! そうだったね!」
俺の意図を察してくれたらしく、パレルモはアーロンに自分の手元が見えないようにしながら床に置いた自分の荷物から――もとい《ひきだし》から、カリーの入った容器を取り出した。
これは俺が密かに『彷徨える黒猫亭』のレシピを元にハーブやスパイスの配合の研究を重ねた『魔物肉カリー』だ。
具材には、獣臭さが強いものの旨味が強いグリフィン肉を使っている。
クツクツと五時間たっぷり煮込んだその肉は、舌で押せば口の中でホロホロと崩れるほど柔らかい。もちろん味は絶品に一言に尽きる。
通常ならばパンかライスでいただくのだが……今日は行動食がその替わりだ。
「――《火焔》」
俺はパレルモから容器を受け取ると、出力を最小限にまで絞った火焔魔術で容器を包み込み加熱した。
容器は耐火性のうえ、特殊な魔術処理により内部全体に効率よく熱を伝える構造になっている。この過程は五秒ほどで完了した。
容器の蓋を開けると、
「よし、できたな。パレルモ、ビトラ、それをコイツに浸けて食べたらもっと美味いぞ」
「おーっ、やたっ!」
「む。これは」
パレルモとビトラが我先にと容器に行動食を突っ込み、カリーをすくうように浸してゆく。少々行儀が悪いが、ここは屋敷や飲食店のテーブルではない。
それでもここはギルド長の執務室ではあるが、行動食を食べるのなら実質ダンジョンである。階層主はアーロンだ。
ダンジョン内ならば、多少の不作法は許されるのだ。
「あむっ、はむっ。んん~~っ!」
「む。美味……」
二人が顔が至福の表情へと変化する。
なかなか好評のようだな。
俺も頂くとするか。
腹が減っているのは二人と同じだからな。
俺は行動食をカリーに浸し、さらに肉をすくうようにして持ち上げると、一気に口に運んだ。
「……うむ」
ちょっとした思いつきだったが、これは美味い。
少し辛めのカリーにグリフィン肉の旨味がしっかりと溶け出しており、それが行動食の歯ごたえと薄塩味にマッチしている。
もともと行動食の主原料は芋だからこういう食べ方は合うとは思っていたのだが、なかなかどうして、これは存外に良い組み合わせかもしれない。
「おい、それはなんだ」
三人で夢中でカリーと行動食を食べていると、声がした。
顔を上げると、
「なにって……行動食だが?」
「そっちじゃねえ! さっき銀髪の嬢ちゃんが出した、その容器の中身だよ。それ、『彷徨える黒猫亭』のカリーだろ! そんなモノがあるなら先に言えよ!」
「ギルド長殿は手早く食べられて、手も汚れない方がいいんじゃないのか? こっちはそうはいかんぞ?」
「ぐぬぬ……」
まあだからといってカリーを食べさせない理由にはならないのだが、ちょっとした意趣返しというヤツだ。
「クソ、分かったよ! 舌がどうだの、バカにしたことは謝る。降参だ。だから、俺にもカリーを食わせろ! いや、食わせてくれ!」
アーロンはしばらく自分の手元にある囓りかけの行動食と俺たちのカリーとを恨みがましい目で交互に見比べていたが、やがて観念したらしく両手を挙げそう叫んだ。
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